Yahoo!ニュース

[令和2年7月豪雨]生活再建の一歩を踏み出す「希望」の法制度情報を得よう

岡本正銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)
くま弁ニュース~令和2年熊本南部豪雨災害編(第1号)~(筆者撮影)

■令和2年7月豪雨

 令和2年7月3日からの大雨による災害(令和2年7月豪雨と命名)により、九州地方や中部地方など広範囲に甚大な被害が発生しています。被災された方にお見舞いを申し上げるとともに、最前線で救援救護活動を担っている皆様に敬意を表します。

 被害状況や政府対応については、「内閣府(防災担当)」のウェブサイトで随時更新されています。また、重要な政府からの発信もまとまっているので、支援に関わる方などは新たな情報を効率的に得られるはずです。この記事では、災害からの生活再建を果たすために必要となる、お金とくらしを支援する法律や制度の情報を厳選してご紹介します。

■まずは罹災証明書を知る

 「罹災証明書」(りさいしょうめいしょ)とは、災害による住宅の被害の程度を証明するために被災者の申請に基づいて自治体が発行する証明書です(内閣府防災ウェブサイト)。

 被災者であることや被害の程度が一目瞭然となり、被災者生活再建支援金の支給要件の判断などにも利用されます。重要なのは、この罹災証明制度を知ったうえで、行政の窓口で手続きが開始されたら自ら申請を行うことです(自治体も被災しているので、災害直後にすぐに手続きが始まるとは限りません)。生活再建への「最初の希望となる第一歩」といえるかもしれません。なお、被害状況については片付けや撤去前に写真撮影しておくことをお勧めします。実際に証明書を受け取れるのは被害認定作業後になります。

 罹災証明書の住宅被害認定は「全壊」「大規模半壊」「半壊」「準半壊」「一部損壊(準半壊に至らない)」に区分される運用です。もし不服があれば、申請によって「第二次調査」を受けることができます。さらに「再調査」の余地もあります。詳しくは自治体窓口へ問い合わせや専門家への相談をお勧めします(参考『罹災証明書の被害認定、写真撮影も忘れずに』)。

■災害救助法が広範囲で適用

 7月4日以降、各自治体への災害救助法適用が順次発表され、7月8日の時点で、6県 51市町村に適用されるに至っています(→7月29日現在で9県98市町村)。このような災害では、国や関係機関からいっせいに支援情報の発信も行われます。いずれも「生活再建のための希望」となる重要な情報です。今の段階から知っておいてほしい制度です。

(1)自然災害債務整理ガイドライン

 自然災害債務整理ガイドラインは、これまで支払ってきた借金(ローン)が災害の影響で支払えなくなった個人が利用できる制度です。一定の条件のもと、ある程度の財産を手元に残しながら既存のローンの減免を行える手続きです。

 利用開始には、メインバンク等へガイドラインの利用開始意思を明確に伝える必要があります。法的な破産手続に類似していますが、信用情報登録などのデメリットを回避できるという優れた利点があります。制度の詳細は「東日本大震災・自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関」のウェブサイトでご確認ください。

 すでに財務省から金融機関へ「災害時の金融上の特別措置」が発信されており、金融機関は被災者に対して、「「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」の手続き、利用による効果等の説明を含め、同ガイドラインの利用に係る相談に適切に応ずること」と明記もされています。

 ガイドラインの要件は複雑なので、弁護士の無料法律相談窓口にまずは相談することをお勧めしたいと思います。なお、災害救助法の適用をきっかけに利用できるようになりますが、住所が災害救助法適用地域内でなくても使える制度です(参考『破産ではない被災ローン減免制度』)。

(2)応急修理制度

 災害救助法の適用により「応急修理制度」が利用できるようになります。罹災証明書により「半壊」以上の被害を受けた住宅の応急修理サービスを受けることができる制度です。基準は、「半壊以上」で約60万円相当、「準半壊」で30万円相当です(2019年10月改定の基準)。

 注意したいのは、自ら業者を手配して先に修理したあとでこの制度を利用しても、基準となるお金の給付を受けられるというわけではないということです。あくまで、現実の修理という救援を受ける仕組みだからです。また、応急修理制度を利用すると、仮設住宅などの利用ができなくなるのがこれまでの運用です。このような運用には批判も多くありますが(総務省「災害時の「住まい確保」等に関する行政評価・監視-被災者の生活再建支援の視点から-<結果に基づく勧告>」でもその不合理を指摘しています。)、制度の柔軟な運用が実現するかどうかは、この記事の時点ではまだ判明しません。「修理するか」「仮設住宅へ入居するか」の選択は得られる支援やかかる費用などを考慮しながら、焦らず、慎重に判断する必要があります(参考『災害救助法の応急修理、利用は見通し持って』

(3)中小企業向け支援

 被災した中小企業向けの支援情報は「被災中小企業者等支援策ガイドブック」にまとまっています。随時更新が予定されていますので、最新情報へのアクセスをお願いします。「特別相談窓口の開設」「日本政策金融公庫の災害復旧貸付」「セーフティネット保証」「小規模企業共済制度の災害時貸付」などの支援策の説明があります。

 企業向け支援には現金給付支援に乏しいなどの課題が指摘されていますが、まずは相談窓口へ連絡を取って、利用できる制度がないかを確認することをお勧めしたいと思います。「資金を確保する」「支払いを抑制する」「労働者の雇用を維持する」「現状や事業の状態を広く情報発信する」という視点が「事業継続」(BC)のために重要だと考えます。

■貴重品を紛失した場合

 カード類、様々な証明書や契約書類を紛失したり、自宅へ戻ることができず手元になかったりする場合でも、関係者は柔軟な対応をとることが通常です。まずは身の安全を確保することが最優先です。

(1) 健康保険証等

 平常時は、医療・介護の保険証を窓口などに提示できない場合、自己負担分(1割から3割)を超える医療介護費用などをいったんは負担しなければなりません。大規模災害時には、提示ができなくても、氏名、生年月日、連絡先(電話番号等)、被用者保険の被保険者にあっては事業所名、国民健康保険又は後期高齢者医療制度の被保険者にあっては住所(国民健康保険組合の被保険者については、これらに加えて、組合名)を申し立てることにより保険診療を受けることができます(厚生労働省「令和2年7月3日からの大雨による災害に伴う被災者に係る被保険者証等の提示等について」)。他の公費負担医療も同様です(参考『保険証をなくしても保険診療を受けられる』)。

(2)通帳やキャッシュカード等

 通帳やキャッシュカードは再発行できますから、心配には及びません。また、過去の大規模災害時には、手元に身分証明書、銀行印、カード類がなくても、口頭や他の書類で本人確認をすることで、預貯金を引き出せるなどの対応を金融機関で行ってきた実績があります。

 今回の災害を受け、財務省は金融機関へ「預金証書、通帳を紛失した場合でも、災害被災者の被災状況等を踏まえた確認方法をもって預金者であることを確認して払戻しに応ずること。」と連絡しています(「金融上の特別措置」)。まずは窓口で相談してみましょう(参考『通帳やカードなしでも預貯金は引き出せる』)。

■弁護士等専門家の相談窓口に遠慮なくお問合せを

 これまで弁護士たちは、災害が発生した場合に被災者や被災事業者向けの無料相談を多数手がけてきました。一人で悩むことなく、行政や専門家の相談窓口で情報を収集するつもりで、まずは問い合わせてみることをお勧めしたいと思います。

 たとえば、熊本県弁護士会(鹿瀬島正剛会長)は「令和2年7月熊本県南部豪雨災害に関する会長談話」を7月7日に発表し、「当会は、平成28年に発生した熊本地震における被災者支援に現在も取り組んでおりますが、この度の豪雨災害においても、過去の支援活動で培った経験を活かし、日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会、全国の単位弁護士会、自治体、他士業団体、ボランティア団体等と連携・協力しながら、被災者に寄り添う支援活動を行ってまいります。」と力強いメッセージを発信しています。

 また、同日のうちに「くま弁ニュース~令和2年熊本南部豪雨災害編(第1号)~」(2020年7月7日付)を作成し、被災者への情報提供支援を開始しています。

 くま弁ニュースでは、「困りごと無料相談のご案内」の窓口情報からはじまり、「土砂撤去は無理をせずに」「片付け前に自宅の写真撮影を」「り災証明書の申請を」「自宅修理は急がずに」「当面の生活費に困っている方」「まずは保険の契約内容の確認を」「住宅ローン等の支払いが難しい場合には」「敷地内に流れ着いたものは」「税金の減免について」「水害による紛失物について」など、これまでの被災者支援経験をもとにして、災害直後の不安を取り除く情報が記述されています。記事の最後は「必ず生活再建はできます!」という勇気をもらえるメッセージも。ちなみに、多少アレンジはありますが、私たちはこれらの初期の情報発信を『災害直後の弁護士からの10カ条』と呼んでいます。今後とも各県弁護士会の発信が支援情報を収集するきっかけになるはずです。

くま弁ニュース第1号(表)
くま弁ニュース第1号(表)
くま弁ニュース第1号(裏)
くま弁ニュース第1号(裏)

■今後注目すべき情報

 被害実態が明らかになるにつれて、今回紹介した「自然災害債務整理ガイドライン」「災害救助法」に基づく支援のほかに、住宅被害やその後の再建手法に応じてお金(最大300万円)が支給される「被災者生活再建支援制度」や、法律で定められた期限の延長などが認められる「特定非常災害特別措置法」の情報が、国や自治体から発信されると見込まれます。制度の名前だけでも覚えておいて、ぜひ情報を得るアンテナを張っていてください。すこし未来の手続きの情報を「知る」ことが絶望することなく一歩を踏みだす「希望」となると信じます。

(参考文献)

岡本正『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』(弘文堂2020年)

岡本正『災害復興法学2』(慶應義塾大学2018年)

中村健人・岡本正『自治体職員のための災害救援法務ハンドブック―備え、初動、応急から復旧、復興まで』(第一法規2019年)

室崎益輝・幸田雅治・佐々木晶二・岡本 正『自治体の機動力を上げる 先例・通知に学ぶ大規模災害への自主的対応術』(第一法規2019年)

銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

「災害復興法学」創設者。鎌倉市出身。慶應義塾大学卒業。銀座パートナーズ法律事務所。弁護士。博士(法学)。気象予報士。岩手大学地域防災研究センター客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。医療経営士・マンション管理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)・防災士。内閣府上席政策調査員等の国家公務員出向経験。東日本大震災後に国や日弁連で復興政策に関与。中央大学大学院客員教授(2013-2017)、慶應義塾大学、青山学院大学、長岡技術科学大学、日本福祉大学講師。企業防災研修や教育活動に注力。主著『災害復興法学』『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』『図書館のための災害復興法学入門』。

岡本正の最近の記事