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広島土砂災害から1年 弁護士会が250件の災害無料法律相談の分析結果を発表

岡本正銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

■広島土砂災害から1年 250件の声を教訓とするために

75人の方が亡くなった広島土砂災害から、2015年8月20日で、1年が経過しました。広島弁護士会は、8月18日に、「平成26年(2014年)8月広島市豪雨災害無料法律相談情報分析結果」を発表しました。土砂災害直後から弁護士が被災者に対して実施した、災害無料法律相談を内容ごとに類型化し、時系列や属性等の各指標で分析したものです。2014年8月から2015年5月まで行われた被災者への面談相談と電話相談の合計は250件にも及びました。報告書では、類型別の相談傾向、相談傾向の月次推移、男女別傾向、年代別傾向、より細かい区ごとの相談傾向などが示されています。たとえば、安佐北区と安佐南区でも、地域の実情を反映して相談傾向が異なっていることがわかりました。詳しい点については、ぜひ報告書をご覧いただきたいと思います。

■「不動産所有権」「工作物撤去」「生活再建支援」に関する相談が中心

相談全体の傾向を見ると、不動産所有権に関する相談、工作物責任に関する相談、生活再建支援に関する相談の割合が多くなりました。

広島豪雨災害全体の相談傾向。1 件を最大で3つに分類。合計は100%を超える。
広島豪雨災害全体の相談傾向。1 件を最大で3つに分類。合計は100%を超える。

不動産所有権に関する相談の多さは、土砂災害で土地自体が流出してしまった方が多かったことを反映しています。土地そのものを毀損したり、失ってしまった方の権利関係に関する相談です。

工作物責任とは、近隣住民同士の賠償問題やがれき撤去問題です。家屋が他人の土地などに流出してしまった場合の撤去義務や費用負担に関する問題、工作物によって相手方の財産を毀損してしまった場合の賠償などに関する相談です。

生活再建支援に関する相談(「災害関連法令」)は、住居が損壊した場合の支援策である「被災者生活再建支援金」(住居全壊の場合の基礎支援金は原則100万円)や、それらの支援を受ける前提となる「罹災(りさい)証明書」の発行に関する情報提供等を内容としています。法令解釈を述べる典型的な「法律相談」というよりは、被災された方の家庭の状況や、被災の程度に応じて、支援メニューを整理して情報提供する役割を果たすというイメージです。

いずれの法律相談類型も、土砂災害によって生活基盤を失ったという、物理的な被害状況を顕著に反映した形で、「リーガル・ニーズ」が表面化しています。

このような相談傾向は、東日本大震災の都市部の津波・地震被災地(たとえば仙台市や石巻市など)のリーガル・ニーズ(全体に占める相談の割合)と共通する傾向が見られました。(「東日本大震災無料法律相談情報分析結果」)。

■東日本大震災の教訓や災害復興支援経験が活かされた

広島土砂災害の直後から、広島弁護士会所属弁護士らが、広島市やボランティアセンターと連携することで、被災された方への「無料法律相談」を実施しました。なぜ、災害直後から弁護士が被災地の最前線で法律相談を実施することになったのでしょうか。また、その必要はあったのでしょうか。

2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、多くの弁護士が被災者への相談活動を展開しました。そのときの被災者のニーズは、津波や原子力発電所事故で生活基盤が失われた被災者であれば、まずもって「生活再建に関する情報提供」でした。また、都市部を含む地震被災地のニーズは、賃貸借に関する賃貸人と賃借人のトラブルや、近隣住民間の工作物責任に関するトラブルなど、身近な方どうしの「紛争の解決」でした。

巨大災害時に多くのリーガル・ニーズが、被災の態様に応じて発生することは、東日本大震災の支援活動をもとに、弁護士らに経験が蓄積されてきました。どのような相談が多くなるか、どのような情報をまずは提供すべきか、という点について支援の在り方に関する知恵を承継していたのです。

広島弁護士会は、災害直後に行政などから素早く情報を収集し、災害後発生から1週間で「広島弁護士会ニュース」の第1弾を作成し、支援者や被災者へ配布しました。その後、「広島弁護士会ニュース」は、第4弾まで公表され、配布されています。被災して不安になっている方々へ、生活再建のための制度がある、すなわち、希望をつなぐ制度がある、という情報を伝えることに注力したのです。

■罹災証明書など生活再建の「知恵の備え」を

広島土砂災害の相談のうち「災害関連法令」に分類された相談を詳しく見ると、「罹災証明書」の割合が相当多かったことがわかります。この「罹災証明書」とは何でしょうか。

「12 災害関連法令」のうち「罹災証明書」に関する相談事例の割合
「12 災害関連法令」のうち「罹災証明書」に関する相談事例の割合

罹災証明書は、2013年の災害対策基本法改正によって正式に法制度化された証明書で、大災害発生時に自治体から発行される、住居の損壊の程度などが記載された証明書です。この証明書をもとにして、「被災者生活再建支援金」が申請できたり、公共料金の支払減免措置が受けられたりする場合があります。東日本大震災当時は、まだ法制度化されていませんでしたが、震災後に順次自治体から発行され、その後の各種手続きの起点となりました。

東日本大震災の被災地において、弁護士は、まずは、「罹災証明書」という制度があることを、自治体や被災者に伝え、それをもとに各種支援が始まることを説明していきました。生活基盤を失うような被災をされた方の最初のニーズは、広島土砂災害の現場でも同じだったのです。

巨大災害によって生活基盤を失った被災者にとっては、生活再建のための制度の存在を知ることが重要だということが、改めて確認されました。災害後を生き抜く「知恵の備え」をすることが、防災・減災政策として重要であるということではないでしょうか。広島土砂災害で被災された方の声が、多くの分野の方によって分析され、生活再建や復興政策、さらには、将来の防災の礎となることを願います。

【参考資料】

「平成26年(2014年)8月広島市豪雨災害無料法律相談情報分析結果(第1次分析)」(2015年8月18日)/主担当:今田健太郎(弁護士)/作成協力:岡本正(弁護士)、小山治(徳島大学)

銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

「災害復興法学」創設者。鎌倉市出身。慶應義塾大学卒業。銀座パートナーズ法律事務所。弁護士。博士(法学)。気象予報士。岩手大学地域防災研究センター客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。医療経営士・マンション管理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)・防災士。内閣府上席政策調査員等の国家公務員出向経験。東日本大震災後に国や日弁連で復興政策に関与。中央大学大学院客員教授(2013-2017)、慶應義塾大学、青山学院大学、長岡技術科学大学、日本福祉大学講師。企業防災研修や教育活動に注力。主著『災害復興法学』『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』『図書館のための災害復興法学入門』。

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