10月に入ってまもなく1週間が経とうとしていますが、そういえば今季のプロ野球は両リーグとも、まだ優勝へのマジックナンバーが点灯していませんね。セ・リーグはきょう6日も、ヤクルトと阪神が勝って1.0ゲーム差のまま。でも、この1週間で動きそうな気はします。

 そんな優勝争いの中、4日から始まった第1次戦力外通告。阪神タイガースでは5日、荒木郁也選手(33)、伊藤和雄投手(31)、石井将希投手(26)、鈴木翔太投手(26)、藤谷洸介選手(25)の5人に対し、来季の契約を結ばないことが伝えられました。

 先月末までに俊介選手(34)、桑原謙太朗投手(35)、中田賢一投手(39)、岩田稔投手(37)が現役引退を発表しており、これで計9人です。長らく見てきた選手も多く、惜別の念を禁じ得ません。ましてやコロナ禍にあって、顔を合わせることも、直に言葉を聞くこともできないままで…。

 荒木選手が指名された2010年のドラフト会議で阪神には

1位・榎田大樹投手(東京ガス)

2位・一二三慎太投手(東海大付属相模高)

3位・中谷将大捕手(福岡工大附属城東高)

4位・岩本輝投手(南陽工高)

5位・荒木郁也内野手(明治大)

 育成選手として

1位・阪口哲也内野手(市立和歌山高)

2位・島本浩也投手(福知山成美高)

3位・穴田真規内野手(箕面東高)

 以上8人が入団しました。榎田投手が社会人、荒木選手が大学生、他の6人は高校生という内訳。育成選手の3人も含めてではありますが、2019年の高校生5人よりも多かったんですよね。この“6人衆”はものすごく印象に残っています。

2014年6月10日のナゴヤ球場。中日の小熊投手からソロホームランを放ち、ベンチ前で迎えられる荒木選手。※撮影は相羽としえさん。
2014年6月10日のナゴヤ球場。中日の小熊投手からソロホームランを放ち、ベンチ前で迎えられる荒木選手。※撮影は相羽としえさん。

やんちゃな高校6人衆を引率?

 そして、2月の安芸キャンプ。榎田投手は宜野座キャンプメンバーに入ったため、やんちゃ盛りの6人衆を引率する役目を担ったのは…唯一の大学生だった荒木選手です。まあ仕方ないというか、そうなりますわね。

 6人衆の1人、阪口哲也さん(現在は社会人・パナソニックのコーチ)が「荒木さん、大変やったと思いますよ。僕らはすごく楽しかったですけど」と振り返るプロ初のキャンプ。『新人選手の初休日』イベントで保育園を訪問した7人は、玉入れなどで子どもたちと触れ合ったのですが「あれはメチャクチャ面白かった!僕らは…」と繰り返します。

 楽しかったんですね、“僕らは”(笑)。でも言うことを聞かない選手もいたでしょうから、引率の荒木先生の苦労やいかに!?ですよねえ。荒木選手は「周りが高校生だらけで」と苦笑していましたっけ。

 阪口さんに荒木選手の思い出を聞くと「めっちゃ足が速かった!高校生と大学生は全然違うなあと思いました」と言います。あとは「体が柔らかかった印象もありますね」と。そうなんですよ。股関節がとても柔らかかったと私も記憶しています。あとは朝、練習前にお風呂で体を温めると話していたことも。

 最後に「阪神に残っている同期入団は島本だけですね」と言った阪口さん。確かに、ことし中谷選手がソフトバンクに移籍して、荒木選手が退団。残るは島本投手1人です。「島本は長く阪神で頑張ってほしいですね」と、同級生へのエールもありました。

2011年11月20日、オーストラリアでのウインター・リーグに向けて鳴尾浜を出発する荒木選手(左)と秋山拓巳投手(右)。
2011年11月20日、オーストラリアでのウインター・リーグに向けて鳴尾浜を出発する荒木選手(左)と秋山拓巳投手(右)。

宮崎から緊急昇格、プロ初出場!

 私が忘れられない日は、荒木選手がルーキーだった2011年5月19日です。いつものウエスタン公式戦とは違う場所、違う相手、違うユニホームという状況が重なっての試合だったからかもしれませんが、鮮明に覚えています。

 まず場所。この年、5月17日(火)から22日(日)まで『みやざきサンシャインシリーズ』と銘打ち、10月のフェニックス・リーグと同じ宮崎県の各球場でファーム交流試合が開催されたのです。シーズン中に1週間まるまる滞在して試合を行うというのは初めてで新鮮でしたね。

 続いて相手。参加したのはウエスタンの3チーム(阪神、広島、ソフトバンク)と、イースタンの3チーム(巨人、ヤクルト、西武)。この6チームがそれぞれ2回戦、6試合ずつを行っています。

 最後にユニホーム。阪神はこの年、前年に続き1軍の交流戦で復刻ユニホームが採用されていました。それをファームでも着用したのです。前年と同じく濃紺の上下で、ストッキングは前年の濃紺とグレーでなく、濃紺と黄色の縞模様。これがまさにミツバチみたいで可愛かったんですよねえ!

 でもミツバチユニホームはこの年だけで、さらに『サンシャインシリーズ』もシリーズ化することなく、1年限りで終わっちゃいました。残念です。

2018年4月17日のオリックス戦(鳴尾浜)で打席に立つ荒木選手。
2018年4月17日のオリックス戦(鳴尾浜)で打席に立つ荒木選手。

 あまりに懐かしくて、前置きが非常に長くなってすみません。そんな状況下で何が忘れられないのかというと、宮崎遠征に参加していた荒木選手が急きょ1軍へ昇格したことです。

 前日の1軍交流戦(対オリックス・京セラドーム)で、平野恵一選手がホーム突入の際に捕手と交錯して左太ももを痛めました。15日の中日戦(甲子園)で右手人差し指をケガした鳥谷敬選手はDHでの出場が続いており、二遊間がいなくなるという緊急事態。

 翌20日から1軍はヤフードームでソフトバンク2連戦が予定されていて、荒木選手は19日のヤクルト戦(サンマリンスタジアム)に途中まで出場し、そのあと宮崎から福岡へ移動しました。試合前に聞いた話が取材メモに残っています。

 1軍の緊急事態、知っていましたか?「自分のことで精一杯だったので、1軍のことまで考える余裕はまったくなかったです」。いつ聞いたんですか?「きのうの夜です。そりゃもうビックリしましたよ!いや、ビビりましたよ。まさか…って」。心の準備ができなくて?「そういう問題じゃないですねえ」

 行くと決まったからにはアピールしてこないと。「コーチの方々にも言われているんですけど、一番は元気を出すこと。それと1軍選手のプレーを見て学んで来いと。その2つは実戦のベンチから見て、1軍はこういうものなんだというのを勉強してきたいと思います」

 そして「今までやってきたことを出せれば」と付け加えた荒木選手。「めっちゃ緊張していますよ!ゆうべからずっと。覚えなくちゃいけないこともいっぱいあって。サインもファームとは全然違うみたいなので…」。そ、それは大変ですね。でも最後は「一生懸命やってきます!」と元気な声でした。

2019年3月29日のウエスタン広島戦(鳴尾浜)で薮田投手から2ランを打ちました!
2019年3月29日のウエスタン広島戦(鳴尾浜)で薮田投手から2ランを打ちました!

 わりと静かに話す荒木選手ですが、この時は緊張が伝わってくるような、少し切羽詰まったような感じで、一緒にあたふたしてしまって。実はコメントを聞きながら書き止めるのを忘れ、もう一度聞き直すという失態もありました。それでも繰り返してくれた荒木選手に感謝です。

 ちなみに昇格後、20日のソフトバンク戦は8回に四球を選んだ関本賢太郎選手の代走としてプロ初出場。そのあとショートの守備に就いています。次は22日の西武戦(甲子園)で9回に同じく関本選手が右前打して、その代走で出て、ここは投手と交代する形。この年は2試合だけの出場で、打席はありません。

 とにかく内外野どこでも守れて、ことしも打席数は多くないものの試合経過を見るたびに打っているイメージです。これまでファームの平田勝男監督から「さすが荒木、さすがいい仕事をする」という褒め言葉を何度も聞きました。それに加えて、もう一つ忘れられないのが野球教室で見せる笑顔です。

 同い年の森越祐人選手と組んでいる時は、とりわけ楽しそうでしたねえ。おかわりくん2世みたいな少年のおなかを触って目をまん丸にしたり。有無を言わせず森越選手に連ティーを、しかも早打ちでさせて、ずっと笑っていた顔が最高です。

少年のおなかが気になるらしく、思わずつかんでしまった荒木選手。佐藤薬品スタジアムでの野球教室にて。
少年のおなかが気になるらしく、思わずつかんでしまった荒木選手。佐藤薬品スタジアムでの野球教室にて。

同い年の友・横山龍之介さん

 仲のいい選手と言えば、2012年まで在籍していた横山龍之介さん(現、新潟県胎内市役所職員)もそうですね。毎年、新潟県三条市でウエスタン公式戦が行われ、荒木選手も参加している時はよく食事に行っていたと聞いています。

 横山さんにも少し聞いてみました。戦力外のことは?「ニュースで知りました。非常に残念です。どこかで野球をするなら今後も活躍してもらいたいですね。野球を続けるのかどうかわかりませんが、とにかく後悔のない選択をしてほしいです!」

 現役時代は知らなかったけど、仲良しだったんですね。「野手とピッチャーだったけど、何となく気が合って。よくメシ行ったり、飲みに行ったりしていました。何を話すってわけでもなく。そんなにしゃべる方じゃないけど、一緒に飲んだりするとしゃべりますよ」

これも野球教室。こみ上げる笑いをグラブで隠す荒木選手です。
これも野球教室。こみ上げる笑いをグラブで隠す荒木選手です。

 それから横山さんは「一緒にやったのが2年だけなので…」と、さらに「僕が思っているだけで本当は違うかもしれないし…」とも前置きをしながら、語ってくれた荒木選手像はこんな感じです。

 「あまり口数は多くないけど、内に秘めているものがある。芯は強そうだと思いました」

 「守備がうまかったですね。動きも速い。どこでもこなせる。一緒にやっていて、僕が言うのも何ですけど、いい選手だなと思っていました」

 横山さんの同い年では同期入団の野原将志選手や橋本良平選手がいたけれど、彼らよりなぜか荒木選手と過ごす時間が多かったと言います。馬が合ったんでしょう。「はい。たとえば自分の調子が悪い時にも話せたりしました」。そういうネガティブな話をもできる相手だったわけですね。

 ところで、横山さんが退団するとわかった時は?「それについては特に触れず、でも察している部分はあったみたいな」

 なるほど。そういえば荒木選手って、人のこともちゃんと見ていた気がしました。「そうですね。口数が少ない割に、人のいろんなところが見えていたし、観察力もあったと思います」

 それから横山さんは「荒木って、しゃべるとおもしろいヤツですよ!」と楽しそうに教えてくれました。

 なお横山さんは胎内市役所の軟式野球チームに所属していますが、コロナ禍で官公庁の大会など軒並み中止になっていて、この2シーズンは何もできない状態だとか。でも「まだ投げていますよ~」と言っていました。そして「コロナが収まったら、早く甲子園で試合を観たいです!」と。

 荒木選手とは2018年に三条での試合があった時に食事して以来だそうです。横山さんとしては、今後どうするのか本人が決めてから、というスタンスでしょう。どんな選択であっても悔いだけは残さないでほしいと、同い年の友は願っています。いつかゆっくり思い出話ができるといいですね。

2016年6月4日、新潟県三条市にて。横山さん(左)の訪問を受けて笑顔がはじける荒木選手(右)。
2016年6月4日、新潟県三条市にて。横山さん(左)の訪問を受けて笑顔がはじける荒木選手(右)。

  <掲載写真は筆者撮影 ※を除く>