もと阪神タイガースの森田一成さんが渡米!次の一歩は“学生”から

昨年11月9日に行われた合同トライアウト。室内でキャッチボールをする森田選手。

「ビザが下りましたよ!」

昨年まで阪神でプレーした森田一成さん(25)からの電話を受けたのは5月15日の夜。そして24日にはもうアメリカ西海岸へ出発しました。3月はじめに聞いた時は「海外へ行きますよ~」と言っていたものの、ビザの取得に時間がかかり詳細も未定だったのです。決まったら連絡してとお願いしたまま2ヶ月が過ぎ、どうなったのかあと思っていたところでした。無事にビザも下りて、さてどこへ向かったのか?

行先はカリフォルニア州フレズノ市といって、アメリカ西海岸のサンフランシスコとロサンゼルスの真ん中あたりに位置する街。そこにあるカリフォルニア州立大学付属の語学学校・フレズノ校で、まずは英語を学びます。それが主目的ではなく、本人いわく「人間的成長を求めて」の渡米。よって「最低でも1年、もしかしたら2~3年」かけて、自分が本当にやりたいもの、なすべきことなど人生の方向性を定めてくるのでしょう。

“やり切った気持ち”が背中を押した

これも合同トライアウトでの写真。準備運動中です。
これも合同トライアウトでの写真。準備運動中です。
一緒に受験した西村憲投手(現・BCリーグ石川)と。
一緒に受験した西村憲投手(現・BCリーグ石川)と。

森田一成選手は2007年の高校生ドラフト3位で阪神タイガースに入団。高校時代に痛めた右肩の影響で一時は育成契約となりながら支配下選手に戻り、1軍に初昇格した2011年には初打席でホームランを放つ快挙もあった若き大砲。しかし昨年10月28日に戦力外を通告され、タテジマのユニホームを脱ぎました。

昨年11月9日、第1回12球団合同トライアウト(静岡・草薙球場)でも彼らしいホームランを打ったのですが、実は受験前に「もう…いいかな」という言葉も口にしていました。たとえ声がかかっても、1年経ってまた同じ思いをするのは辛いと。「プロ野球の選手でいることがすべてじゃないかもと思えて。ただ、それは“やり切った感”が何よりも大きかったからです。3年でクビになると思ったのに7年もやらせてもらった」

◆そんな森田さんの、タイガースでの思い出をここに書いています。 →<レフトスタンドへ夢を運んでくれた森田一成選手 その続きは…>

◆トライアウトの結果などはこちら。 →<第1回の合同トライアウト 力を尽くしたタテジマ戦士たち>

自身を追い込むところからのスタート

なぜ海外に?という疑問については、自分の甘えを捨てるためかもしれませんね。誰も知った人がいないところへ行って、何もかも自分でやらなきゃいけない状況に身を置くことから始めたかったのでしょう。とはいえ「ハワイに一度行ったことがあるだけ」の森田さんにとっては、かなり勇気の要る決断。でも「一度しんどい思いをせんとあかん。どんな大社長でも苦労して自分の力で這い上がったんやから」と言い聞かせました。

渡航に際しての準備や現地でのライフライン確保などは、現役時代からお世話になっていた方に助けてもらったものの、暮らしていくのは1人きり。心配だなあと言ったら「これから学生!節約生活ですよ。だから痩せて帰る予定」と笑っていました。なおビザの関係で渡米がこの時期になったため、学校のオリエンテーションが日本時間の27日、授業開始は6月3日と結構バタバタです。

そういえば出発前に「飛行機、好きじゃないのになあ…」とつぶやいましたが、無事に着いてよかったですね。ロサンゼルスから車で4時間かかって到着したフレズノ市。夜9時くらいまで明るかったんですって。「チョー田舎!」という感想ながら「でも、いいとこだと思う」と森田さん。治安もよさそうだし、第一印象は合格って感じでしょう。また「メジャーリーグ、見にいきますよ。慣れたら学校で野球もやろうかな」と言っていました。いつかバットを手にした写真が届くのを楽しみにしています。

日に焼けて顔が真っ赤になった森田選手。また野球をする姿が見たいですね。
日に焼けて顔が真っ赤になった森田選手。また野球をする姿が見たいですね。

しかし便利になりましたねえ。昔は阪神から海外教育リーグ参加中の選手に国際電話をかけるのが大変で…まず本人に取り次いでもらうまでに挫けてしまった記憶もあります。でも今は携帯電話での電話やメールだけでなく、なんといってもLINEが大活躍!森田さんからも即座に返事が来ました。とりあえず時差には気をつけて連絡しないと。

ご両親は「行っといで!」と

お母さんの森田なつみさんにも昨夜、電話でお話を伺いました。決断を聞いた時はどう思われたのでしょう?「野球を続けて欲しいという気持ちはありました。でも本人が決めることなので。働くにしても、一から仕事を覚えていくのには少しでも早い方がいいというのもわかりますし」。でもまさか海外とは…。「そうですねえ。右も左も、言葉さえもわからないところへねえ。でも人間、死ぬ気になったら何でもできるってことで。もし途中で帰ってくるようなことになったとしても、若いうちの1年や2年遅れたからって、その先はずっと長いんですもんね」

実はちょっと意外でした。1人っ子の一成くんですから、それはもう心配で心配でたまらないと言われるんじゃないかと思っていたので。するとお母さんは「年内にはもう自分で決めていたみたいですよ。まず英語がしゃべれるようにしたい。そこから勉強して、スポーツに関わることができたらと。本人がやりたいのなら、それが一番」と言われます。さらに父・育夫さんも「自分の人生じゃから、悔いのないようやりなさい。行っといで!」と送り出されました。

とはいえ、いざ出発となれば寂しいもの。お母さんもウルッとされたのでは?「それがね、なんかね、全然だったんですよ~。24日のお昼に伊丹空港まで見送りにいったんですけど、みんなに『泣くわ、泣くわ』と言われながら、行ってらっしゃーい!って笑って送りました!」。あらま、それは予想外かも。「元気で帰ってきてくれたらいいや~って。薄情かなと思ったけど、信用していますから」。でも、もうひとつ「もし泣いたら、母さん泣いとった…と本人が気にするといけないので」という理由もあったみたいです。

また空港へ向かう前、岡山の自宅には幼なじみや中学と高校のお友だちが、早朝にもかかわらず手紙やお餞別を持って駆けつけてくださったとか。朝から同窓会だったわけですね。それを見た森田さんのおばあちゃんが「むこうで何かあっても、このお友だちの顔を思い出したらやっていける。大丈夫。頑張れ!」とおっしゃったと聞きました。

もし尋ねるなら少人数で何度も

節約生活と言っていますけど、ハンバーガーやコーラで安上がりに済ませることは可能ですかね。「ああ見えて、実はハンバーガー、ポテト、コーラなんて類が好きじゃないんですよ。それにそういうので、かえって太ったりして。どうするんですかね。まあ慣れたら何か送ってとか言っていましたけど。サトウのごはんとか送りますか」とお母さん。あとは大好きな叙々苑のドレッシングも送ってあげてください。「そうですね(笑)」

森田さんの最新の写真です。アメリカへ出発する日の朝、愛犬の亮ちゃんと。
森田さんの最新の写真です。アメリカへ出発する日の朝、愛犬の亮ちゃんと。

いっそ持って行かれては?と振ってみたら「行きたいです。なんだか周りのみんなが、この機会にと遊びに行く気満々なんですよ」お母さんは楽しそうでした。そこで「ツアーを組んで行かなくちゃ!」と話をしていたら森田さん(いや…ここは一成くんと呼びましょう)、一成くんは思わず「いっぺんに来るより、2~3人ずつ来て」と。確かに。大人数でワーッと行ってサーッと引き揚げてしまうのは、あとの寂しさが半端じゃないですね。少しずつで訪ねていけば一成くんは何度も楽しめます。いつ誰が行くか、ぜひ“森田ツアーズ”で取り仕切ってください。

私などには計り知れない寂しさと不安があると思いますけど、お母さんは終始明るく元気に語ってくださいました。ありがとうございます。

「楽しかった7年」を胸に

私が電話で話した時も、森田さんからは「みんな元気にしてますか?」「鳴尾浜はどんな感じ?」などの質問がありました。一緒に汗を流して戦った選手たちは気になるようです。特に同級生で仲良しだった伊藤隼太選手や、支配下から育成契約になった同じ境遇の後輩・原口選手のことは「よく話に出てきます」とお母さん。「隼太くんとは本当に仲がいいですねえ。先日も甲子園で試合があったあと、一成の壮行会をしてくれたみたいで。テレビで試合を見ていても、隼太が打った~って嬉しそうですよ。原口くんのこともよく言っています。原口君、いい子ですよねえ」

以前の記事でも書いたように、森田さんは前ファーム監督の平田勝男1軍ヘッドコーチが、今でも怖くて仕方ないのに、大好きです。これまた、お母さんいわく「テレビのナイターで阪神ベンチの映像になると『あ、平田さんが写った!写った!』と喜んでいますねえ(笑)」とのこと。そして最後に、彼が語ったこんな言葉も教えてくださいました。

「7年もやれたのは、こんな僕を使い続けてくれた平田さんのおかげ。平田さんのおかげでタイガースでの7年間は本当に楽しかった!オレの中で平田さんは一生、“監督”」

昨年9月26日、鳴尾浜でのシーズン最終戦にて。
昨年9月26日、鳴尾浜でのシーズン最終戦にて。

やり切ったという思いと感謝の気持ちを携えて、新しい一歩を踏み出した森田一成選手。私にとって、いえタイガースファンの皆さんにとっても一生、“森田選手”です。ネクストステージは決して楽な道ではありませんが、敢えて1人で闘うことを選んだ森田選手。アメリカで過ごす一瞬、一瞬が宝物になるでしょう。それはきっと誰にも負けない輝きを持っていますよ。