アベノミクス失敗に備えたコンティンジェンシープランを準備せよ(2)!

オックスフォード大学 クライストチャーチカレッジ

日本の現状(財政)

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改めて、日本の現状を財政からより詳細にみてみよう。先ずは財政から見ると、状況は極めて危機的である。日本の国の借金である国債発行残高と借入金および短期証券の合計は、財務省によると2012年末で997兆円を超えている。現在は確実に1000兆円を超え、対GDP比 200%を超えているであろう。国の借金以外にも、地方公共団体の地方債を含む借金は、2011年度末で約200兆円と公表されている。但し国より会計が不明朗な地方には、大きな隠れ債務が有ると言われており(夕張市 が破綻したケースでは、公表地方債残高187億円に対し総負債はその3倍を超える599億円であった!)、実態はその2、3倍はあるのではないかと言われている。

過去、最終的に財政の破綻を招かずにそのような国家負債を返済した例としては、最近では以下の二つの例があげられる。

・1947年から28年かけて返済した英国

・1946年から28年かけて返済した米国

これらはいずれも、財政黒字(2.3-5.4%)、経済成長(2.5-3.4%)、そしてインフレ(3.4-6%)の組み合わせで、数十年を掛けて国の大きな債務を返済した例である。

但し、このいずれの例も、徹底的に破壊が進んだ第2次世界大戦終了後の経済成長、更にはベビーブームという人口ボーナスを享受する状況下であったことに、留意すべきである。現在の日本の様な、人類史上かってないスピードで少子化・高齢化が進み、社会保障費の増大とデフレギャップに悩む状況で、巨額の国家負債から脱却に成功する事は、更に困難な挑戦であることは、誰もが容易に理解可能であろう。

経済の低成長と生産年齢人口の減少により、ここまで国債の国内消化を支えて来た国内預金残高は、ここ2、3年以内に減少に転じる。郵貯や年金も同様の状況にあり、2013年から14年にかけて消化どころか、その保有する国債を売却する必要に迫られるようになることが、予想されている。これらの理由により、多くの有識者は、国債の国内消化が可能なのはあと3年程度であろうと、予測している。

そこに、原子力発電が停止しているため、電力不足や電力価格の高騰が重なり製造業の海外流出がスピードアップすれば、日本の経常収支は早期に赤字となり、国内預金残高の減少は、更に早まることになる。国債そして円の大暴落という大津波は、目を凝らしてみれば、もう既に遥か水平線に姿を現しているのかもしれない。

日本の現状(経済・金融システム)

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それでは、日本経済と金融システムの現状はどうだろう。1990年代後半の金融危機や2002年の小泉構造改革という普通の津波で、日本の経済・金融システムはそれなりに大きな被害を受けた。そのような経験により、金融システムを守るための銀行破綻や資本注入、あるいは企業の破産や再編といった事後的な対応に関する法整備はある程度進められている。

しかし、所詮は局所災害における事後処理対策のレベルであり、日本経済の根幹を担うメガバンクを中心にした金融システムは、構造的な災害に強いシステムへの転換が進んだとは未だ言い難い状況である。特に地銀や信組、信金などの地方金融機関においては、結果的に多くのリスクがしわ寄せされる状況になっている。

そもそも高度経済成長を支えた、日本型経済・金融システムと呼ばれるものの原型は、日本が中国から更には米英との戦争に向かう中、国家生産効率最大化のために作り上げた、いわゆる1940年体制と呼ばれる国家社会主義的な制度である。そのシステムのヘソにあたるのが、市場の役割を結果的に制限する、以下の二つの仕組みである。

・旧大蔵省の影響下日銀による金融統制のもと、資金を銀行に集中しそこから特定の産業や業種に資金を供給する間接金融方式を定めた日銀法。

・資本の経営に対する影響力を抑えることで、株主資本主義を抑制し会社を「公」化した会社法。

この二つの法律は、局所災害を経て改正されたが、その思想は未だに周辺の法制度、そして何より行政にあたる霞が関の官僚や国民の文化の中に色濃く残っている。小泉改革は既成の制度を壊すだけで何も築かなかった、との評が良く語られるが、私はそうは思わない。小泉改革は、1940年体制の残滓である既得権益を守る縦割り組織と事前裁量・ポジティブリスト規制による保護行政に挑んだが、その改革が道半ばに終わった結果、中途半端なまま裁量的に運営される、いかにも大災害に弱い経済・金融システムが残されてしまった、というのが私の見解である。

1940年体制の残滓がいまだ残る現在の日本において、日銀や金融庁、財務省の幹部が、マーケットへの肌感覚への理解を欠いていることは、最大のリスク要因である。金融・経済分野においてリボルビングドアによる官民交流人事が定着した欧米にとって、官民の壁が高く市場を肌感覚で知らない人間が統制する日本のシステムは、ある意味最も与しやすい相手だろう。

リーマンショックの結果、円は対ドル、ユーロ、人民元、アジア通貨の全てに対して大幅に上昇したまま長い期間放置されて来た。これは、市場を知らない当局がもたらして来た結果である。今回の地震で手傷を負った日本円が、何故高止まりしてしまったのだろう。市場と対話しながら、少しでも自国の経済にとって有利になるように金融・経済を運営していくのが、行政当局の役割であるところ、ここまでそれが出来ずに来た。今、為替を始め市場のインデックスは、アベノミクスにより急激な変化の過程にあるが、 これは単に国際的な標準から見た適正な値に回帰して行く過程であると、筆者は考える。

経済分野における、国際的な交渉を見て行こう。航空、FTA、農業、全ての交渉は、概して受け身の姿勢に基づいて行われて来た。TPP参加の議論も、ようやく議論そのものが、途に就いたところである。

政治はどうであろう。小選挙区制度においては勝敗が明確となるため、多少でもまとまった票を持つ圧力団体、例えば農協や医師会などが政治家に持つ影響力は、中選挙区制度の時代に比べ飛躍的に強くなった。中選挙区の時代、各種団体は4,5名の選挙区で1名の当選者を出す力しかなかった。それが小選挙区においては、例え1/5の票であれ当選を左右する力を持つ。つまり各種圧力団体の政治家への影響力は、中選挙区の時代に比して数倍になっていると理解出来る。現代の政治家は、当然の事ながらかつての政治家に比して、各種圧力団体への遠慮が目立ち、あるべき政策を実施する事が出来ない。地元会合に小まめに顔を出し市区議会議員にお酌をして回る国会議員、本来は既得権益を排した筈の民主党政権で、国民が目にしてきた姿である。

未曾有の大津波が押し寄せて来た際に、当局者や政治家のそのような姿勢が続くとすれば、国債の暴落と為替の大幅な円安から様々な経済災害が派生していく、つまりは陸に上がった津波が更にどんどん勢いを増して行くような状況となり、その被害は天文学的なものになる可能性が高い。