待望の集計再開と悲願の電子化「日本ハイスコア協会」設立がもたらすものとは

2016年3月20日より待望のアーケードゲームのハイスコア集計が再開となった。

集計には新たに設立された「日本ハイスコア協会(JAPAN HIGH SCORE ASSOCIATION)」なる団体があたり、主要スタッフは元『ゲーメスト』『アルカディア』といったアーケードゲーム誌の編集部に在籍したライター、編集者が中心となって構成されている。活動内容はスコアの集計のほか過去のスコアを閲覧可能とする完全デジタルデータ化だ。

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■「日本ハイスコア協会」HP。現在はまだ過去のスコアの閲覧はできない

運営のバックアップは「ドワンゴ」「KADOKAWA」と「4Gamer.net」を運営する「ハーツユナイテッドグループ(HUG)」の3社による情報サービス提供会社「リインフォース」が行い、システムは「リインフォース」が運営するサイト「電ファミニコゲーマー」内のwikiサービスを使用する。

これによって『アルカディア』が2015年2月28日発売号で不定期刊となって以後、停止していたハイスコア集計がようやく再開したことになるわけで、これ自体は喜ばしいことだろう。実際再開からはかなりの数の申請があったという。

と書きながらこの事実にいまどれだけの意味や説得力、ニュース性があるのだろうか。今回はそのことを少し考えてみたい。

話は少し遡っていまから約20年ほど前。駆け出しのライターだった僕は『WIRED』という雑誌で原稿を書いていた。

担当編集者は僕よりも若干年上の落ち着いた印象のアルバイトの大学生で、あるとき彼からの依頼で僕はとあるコンシューマ(家庭用)ゲームのちょっとしたレビューを書いた。大した字数ではなかったけれど、90年代中盤にあったあまたのゲーム誌とは違ったアプローチで仕上げてみたいと意気込んだ僕の原稿を見て担当である彼は予想外の反応をしてみせた。

「この『ゲーム性』ってどういう意味?」

それは青天の霹靂というか、僕は軽く鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。それまでゲーム雑誌でしか仕事をしてこなかった自分にとってその反応は相当にショックだった。若輩者だった僕はゲーム雑誌のなかでは極々自然に使われている「ゲーム性」という言葉の意味を問われるとは思ってもみてなかったのだった。

聞けば彼はテレビゲームをまったく遊ばないんだそうでゲームに関する知識はまるでないという。僕はしどろもどろになりながら「ゲーム性」とはなにかを説明をしてみせた。だが自分のなかで「ゲーム性」とはなにかがまるでまとまっていない。結果として漠然と単に簡単な言葉を使って原稿をまとめることに逃げていただけだと気づかされ、随分と恥ずかしい思いをすることになった。

それ以降、僕は一般紙や幅広いジャンルを扱う媒体で専門用語を使う際、慎重になるようになった。もっと言えば過敏になったと言ってもいい。とくにゲームセンター界隈で使われる言葉は特殊なものが多いから気を使わざるを得ない。そのひとつに「ハイスコア」があった。

さほど特殊な言葉ではないかもしれない。テレビゲームで遊ぶ人であれば馴染みのある言葉だろう。だが一般的にはあまり使う機会がないように思う。あったとしても「ハイスコア」ではなく「高い点数」や「高得点」といった言い方のほうが多くの人には親しみがあるだろう。

ゆえにアーケードゲームやゲームセンター文化についての原稿を書くときには毎回自問自答してしまうのだが、尾崎豊の代表曲のひとつ「卒業」('85)ではピンボールのハイスコアを競い合うという状況が描かれていることから、インベーダーゲームがブームだった70年代後半から80年代までは自然に使われていたと考えることができる。

ただ現在、この2016年においてはどうだろうかというと少なくとも僕の耳には日常的にその言葉は聞こえてこない。

しかし、この「ハイスコア」なる言葉はある特定の人物たちとっては単に高得点を意味するだけのものではなく、特別な意味を持つ言葉へと変容する。それは地位であり勲章であり、もっと言えば名誉やアイデンティティとすら言っても過言ではない。

それは「スコアラー」と呼ばれる人たちにとっては、だ。

70、80、90年代とゲームセンターでただひたすらにハイスコアを競い合った者たち。スコア集計店舗でその腕前を鍛え上げ、スコア集計掲載誌上でその数字を競い合う、携帯電話やインターネット以前のアナログ・ネットワーク・カルチャー。

スコアを競うことを生きがいとするスコアラーたちは誰もが全国一位のスコア、まさに「ハイスコア」を目指した。そしてその座を得たものは「全イチ(全国一位の略称)」と呼ばれ、それはいま現在もなお保持者たちの頭上に絶対的なものとして輝き続けている。

一般的にはなんら特別な意味を持たない言葉と価値。しかしその言葉に特別な思い入れを抱いて執着し続ける者たち。

閉店ラッシュが続き、ほぼ新作リリースのないアーケードゲーム界。それでもスコアラーたちは過去作品にいまだ挑み続け、2016年流のアプローチを見出し、ハイスコアを更新し続けている。

これを生産的行為とするか非生産的行為とするかは意見が大きく分かれるところだろう。事実「日本ハイスコア協会」の設立、運営の難しさの多くがこの点にあるのだという。

ただひたすらに進化/発展にだけ注力するあまり、過去作品の保存を怠ってきたアーケードゲーム界のなかで、今回の「日本ハイスコア協会」設立によるスコアの完全デジタルデータ化、作品タイトル表記の統一、ケアレスミスの修正などいままでおざなりになっていた点の大幅な見直しといった行為はじつに前向きだ。

これらのアーカイブ化がスコアの歴史を未来に残していくことへの功績は大きい。たとえそれが一般の人々にとってなんら無価値なものに思えたとしても、だ。

「日本ハイスコア協会」の設立とスコア集計の再開。これにどれだけのニュース性があるかはわからない。でも2016年的アーケードゲーム界にとって重要な意味を持つ出来事であることだけは間違いない。それだけに今後の本格的な活動開始に期待したい。

ちなみに僕に「この『ゲーム性』ってどういう意味?」と問うた大学生編集者はいま「株式会社サイゾー」という会社の社長さんである。超余談。

協力:「日本ハイスコア協会」http://www.jha-arcade.com/