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子どもとの手つなぎ:歩行中の交通事故防止とより良い親子関係のために

大谷亮心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士
(写真:イメージマート)

 歩行者対車(ミニバイク含む)の事故について、警察庁は、12歳以下の子どもが事故に遭うケースが、2020年度に比べて2021年度は9.4%減少したと発表しました。12歳以下の歩行者対車の事故が減少した理由については、今後詳細に分析する必要がありますが、21年4月に交通の方法に関する教則が改正され、43年ぶりに手あげ横断が復活し、各所で取り組みが実践されたことも子どもの事故が減少した理由の一つと推察されます。

<手あげ横断に関する取り組みの例:京都府警察本部の合図横断>

https://news.yahoo.co.jp/byline/ohtaniakira/20210428-00235005(2022.6.12)

◆保護者の見守りと交通事故

 子どもの交通事故が減少している状況は大変素晴らしいことですが、未だに幼少期の子どもが被害に遭う例がみられます。歩行中の子どもの交通事故の理由としては、ドライバー側の原因もありますが、一つの交通事故を防ぐために何重もの対策が必要であり、ドライバーと歩行者の双方が安全な行動を遂行することが求められます。また、幼少期の子どもの場合、保護者による事故防止対策が重要であり、道路交通法の中でも、交通の頻繁な道路などにおいて、保護者などが付き添わないで6歳未満の幼児を歩行させることを禁じています。しかしながら、歩行中に保護者が子どもを適切に見守らないことによる事故も発生しています。

 公益財団法人交通事故総合分析センターの調べでは、駐車場等における交通事故をみると、歩行者側の事故原因として、6歳未満の子どもの場合、保護者などの不注意の割合が約70%を占めていると報告されています。また、保護者などの不注意として、70%が手をつないでいなかったとのデータも示されています。

 以上の統計から考えると、幼少期の子どもの交通事故をなお一層低減するためには、歩行中の子どもに対する保護者などの見守りが重要となります。

<駐車場などにおける歩行者の交通事故>

https://www.itarda.or.jp/contents/152/info115.pdf(2022.6.12)

◆手つなぎが遂行されない理由

 3歳以上10歳以下の子どもをもつ保護者865名を対象にして、ガードレールなどで歩車分離されておらず前から自動車が接近する状況を想定して、手をつながない理由について聞いたところ、「荷物をもっている時につながない」との回答が約70%を占めていました。また、「子どもが嫌がるため」と回答する保護者も約20%弱みられました(図1)。

注)(一社)日本損害保険協会自賠責運用益拠出事業(2021)による助成で得られたデータ

図1. 歩行中に手をつながない理由(著者作成)

 また、以前の調査(下記URL参照)では、歩行中に8歳前の子どもを見守る必要がないと考える保護者も少ないながらみられることも示されており、このような保護者の認識が歩行中に手つなぎを行なわない理由の一つと考えられます。

<育児としての道路上の子どもの見守り>

https://news.yahoo.co.jp/byline/ohtaniakira/20210512-00237411(2022.6.12)

◆歩行中の手つなぎの意義

 海外では、防犯や交通事故対策の一つとして、Parental Supervision(PS)の研究が行なわれています。PSの方法には、非身体的なPS(例えば、子どもに口頭で注意喚起すること)や身体的なPSがあり、手つなぎは身体的PSの一つとして位置付けられます。

 身体的なPSとしての手つなぎについては、以下のようないくつかの意義があります。

●子どもの安全確保

 歩行中に子どもと手をつなぐ意義の第一は、交通事故防止です。手をつなぐことによって、幼児が原因となる事故の多くを占める飛び出しを防ぐことができると考えられます。

 また、手をつないで保護者と接近して歩行することにより、ドライバーの見落としによる事故を低減できる可能性があります。例えば、2・3歳児の地面から肩までの長さ(肩峰高)は約70cmであり、手の長さ(上肢長)は約40cm以下ですので、2・3歳児が手をあげても約110cmの大きさとなります。大人は子どもが手をあげた時の大きさよりも高い身長ですので、大人の保護者と子どもが手をつないで接近して歩行していれば、子どもを見落とすことはあっても、ドライバーは大人を発見できる可能性があるため、幼少期の子どもの事故のリスクを低減できると推察されます。

●子どもの危険感受能力の育成

 公園の中などの比較的安全な場所では手をつながない保護者が、車が接近するような場面で手をつなぐことで、子どもが危険な状況を学習しているのではないかと指摘する研究者がいます。つまり、保護者が子どもと手をつなぐかつながないかによって、子どもは意識的もしくは無意識的に安全な場所と危険な場所を区別する弁別学習を行なっているという説です。

 この説はまだ検証されていませんが(現在調査を計画中)、もし保護者が手をつなぐか否かによって、子どもが危険な状況を学習できるのであれば、手つなぎは子どもの危険を感じる能力の育成にも役立つといった意義があると考えられます。

●より良い親子関係の確認

 子どもに過度に依存する、その時の気分によって子どもへの対応を変える、または、誰かに支えてもらいたいと感じやすい保護者は、手をつなごうとしたときに子どもに拒否されると認識しやすいといった研究結果もあります。

<保護者の傾向と子どもの手つなぎ拒否について>

https://www.jstage.jst.go.jp/article/oushinken/47/2/47_94/_article/-char/ja/(2022.06.12)

 もし保護者が認識するように、子どもが実際に手つなぎを拒否するのであれば、保護者の育児の傾向が保護者に対する子どもの行動に影響を及ぼし、さらに保護者の育児に対する考え方に変化を及ぼし、親子関係が望ましくない方向に進む可能性があります(図2)。

 このような負のトランザクション(保護者や子どもなどの様々な要因が時間の経過の中で影響を及ぼし合うこと)を解消するために、手つなぎに対する子どもの反応を具体例として考える機会とすることで、親子関係が適切な状態となっているかをチェックすることができると推察されます。また、子どもの成長や発達段階を保護者が確認できるかもしれません。

図2. 手つなぎを例とした親子関係の移り変わり(著者作成)

◆総合的な安全対策

 幼少期の子どもの交通事故防止やより良い親子関係の構築のため、歩行中の手つなぎについて記しました。手つなぎを含む子どもの見守りのポイントについては、前述の<育児としての道路上の子どもの見守り>をご参考にしてください。

 また、幼少期の子どもの交通事故防止には、保護者や子どもによる対策だけではなく、ドライバー皆さんの適切な対応も必須となります。現在、日本では、これまでのゾーン30対策(生活道路などの制限速度を30km/hとする施策)とハンプやボラードなどの物理的対策を合わせた「ゾーン30プラス」を促進することで、生活道路などへの車の進入抑制や速度抑制などを図っています。ドライバーの皆さんは、ゾーン30プラスが施行されている箇所の意味を理解し、幼少期の子どもが歩きそうな所では特に運転に注意する必要があります。さらに、交通状況や環境によっては、信号機などによる歩車分離といった規制対策も有用と考えられます

 以上のようないくつもの総合的な対策により、一人の尊い命を守ることができると言えるでしょう。

心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士

心理学の観点から、交通事故防止に関する研究に従事。特に、交通社会における子どもの発達や、交通参加者(ドライバーや歩行者など)に対する安全教育プログラムの開発と評価に関する研究が専門。最近では、道路上の保護者の監視や見守りを対象にした研究に勤しんでいる。共著に「子どものための交通安全教育入門:心理学からのアプローチ」等がある。小さい頃からの愛読書は、「星の王子様」。

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