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生活保護の「扶養義務の強化」は「貧困の連鎖」を生む

大西連認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長
「扶養義務の強化」は「子どもの貧困対策」の観点からも問題(写真:アフロ)

生活保護の「扶養義務の強化」は「貧困の連鎖」を生む

今朝、下記のニュースを目にしました。

朝日新聞デジタル:生活保護の「扶養義務」を調査へ

時事通信:扶養調査の実態把握へ=生活保護適正化で-厚労省

両記事によれば、

・生活保護の支給の適正化に向けた「扶養調査」の実態把握をおこなう

・不適切に扶養を逃れている場合について対応を改善させる

ことを狙いとして調査をおこなうとのことです。

また、この調査をおこなうことを自民党の部会で厚労省が明らかにしたとのこと。(時事通信の記事には「自民党内には、親族に扶養の義務や能力があるにもかかわらず、保護費を支給することは「国民の理解が得られない」との声が根強い。」との記述もあります)

端的に言うと、この調査には大きな問題があります。明らかに「扶養義務の強化」を目的としているからです。

「扶養義務の強化」をすると、例えばですが、生活保護家庭の子どもが頑張って大学に行って、卒業後に就職して初任給が出たと思ったら、役所から通知が来て親の扶養を求められる、といったことになる恐れがあるからです。

自分の親を養うのは当然だと思う人もいるでしょう。関係性にもよるでしょう。

でも、僕は「扶養義務を強化する」、そういう社会はイヤだなと思います。ある種の「呪い」とさえ思っているくらいです。(もちろん、自主的に「扶養」するのはいいと思うのですが強制的に同居しているわけでも未成年でもない家族を「扶養」させることについてです)

もちろん、「調査」くらい必要だろう、実態がわからないんだからまずやるべきだ、という意見もあると思う。しかし、この「調査」は、ある種、「結論ありき」の調査であると言えるし、「扶養義務を強化する」という方向性は、「貧困の連鎖」を拡大します。子どもの貧困対策の観点からも大きな問題があります。

以下にその理由を簡単に解説します。

生活保護の「扶養義務」とは

そもそも、生活保護の扶養義務や、記事中にでてくる「扶養調査」とはなんでしょうか。

生活保護制度は収入や資産が基準以下(国が定めた生活保護基準。東京だと単身で12万円ちょっとくらい)の状況になったときに利用できる制度です。もちろん、家族や親族からの援助が期待できる場合にはそれを活用することが求められます。

しかし、扶養「義務」といっても、「可能な範囲での援助を行う」というもので、法的に強制されるものではありません。よく誤解されがちですがが、扶養義務は生活保護の「要件」ではなく(収入や資産等の状況が生活保護基準を下回っていることが要件)、「可能であれば」というものです。

一般的に、生活保護の申請があった際に福祉事務所(自治体の生活保護の窓口)は、「扶養照会」といって、おもに申請者の2親等、場合によっては3親等の家族・親族に対して、「生活保護の申請があったこと」「申請者の扶養義務者として扶養して欲しい」という連絡をします。

とはいえ、DVや虐待など、特別な事情で家族や親族と離れて暮らす必要がある場合や、連絡を取ることが良くないと判断される場合など、申請者の状況や状態、環境によっては「扶養照会」を止めてもらうことができます

また、家族や親族の経済状況によっては、「扶養」ができないことも多いのが実情です。

2012年の「生活保護バッシング」と生活保護法の改正

2012年にお笑い芸人のお母様が生活保護を利用していたということでバッシングが起こったことを覚えている方も多いのではないでしょうか。

その後、2013年に生活保護法の改正(63年ぶりの改正)が行われ、「不正受給対策」などと同じく「扶養義務の強化」も大きな改正点となりました。

法改正された内容を要約すると、

・「扶養義務者」に対して申請があったことを、厚生労働省令で定める事情がない限りは福祉事務所が通知しなければならない。※厚生労働省令で定める事情とはDVや虐待など

・福祉事務所は「扶養義務者」に対して資産や収入の状況について報告を求めることができる。

・福祉事務所は「扶養義務者」の資産・収入等について官公署に資料の提供や報告を求めることができる。

・福祉事務所は、現在だけでなく過去(当時)の被保護者およびその「扶養義務者」の保護期間中の資産・収入等について、官公署に資料の提供や報告を求めることができる。

・官公署は上記の求めがあれば速やかに資料等の提供をおこなう

というものです。

見ていただければわかるように、「通知しなければならない」とか、「報告を求める」とか、「資料の提供をおこなう」という文言であって、強制的に徴収をするなどというものではありません

これは、ある種、当たり前なんですが、生活保護利用者の家族も困窮していることもありますし、家族の世帯の状況(子育て中とか介護をしているとか病気があるとか)も違いますから、一律に「あなたの収入はいくらですから○○円毎月送金してください」みたいに決められない、ということです。

実際にはケースバイケースで、家族が「可能な範囲」で援助をすることもあれば、それなりの収入があっても住宅ローンや子育て中などの理由を考えて、援助を求めていない場合もあります。

そして、お金の話は人間関係のこじれを生んでしまうこともありますから、各自治体でも家族関係を壊さないように、扶養義務の履行によって人間関係が断絶してしまわないように一定程度の配慮をしたうえで対応していると言っていいでしょう。※もちろん、自治体によっては個別の事情を勘案せずに「扶養調査」をしてしまうこともあります

ただ、残念ながら誰とは(どことは)言いませんが、「家族で支えあう」を至上主義とする人達からすれば、この改正はぬるいというか、甘いと考えるというのはあるでしょう。ちょうど、そういった主張をしてきた人たちの部会で今回の「調査」が発表されたというのもあながちつながりがないとは言えないでしょう。

扶養義務が「義務」になったら…。援助をし続けることのリスク

先述したように、「扶養義務」の履行は決して高くはないことが予測できます。扶養能力というのは一概に図れるものではないですし、家族関係にDVや虐待などの課題を抱え、孤立して生活保護を利用する人もいます。

そして、難しいのは、多くの場合、家族や親族が頑張って援助をはじめたとして、なかなかやめられない、というのはあります。

生活保護利用者は大きく分けて、「高齢世帯」「傷病障害世帯」「母子世帯」「その他の世帯」にわけられますが、高齢世帯が約50%、傷病障害世帯は27~28%、母子世帯は6~7%、その他の世帯は約16%となっています。(生活保護概数調査より)

この「その他世帯」は働ける年齢層の人たちですが、2009年の厚労省の調査では、世帯主の平均年齢は50代の後半とされていて、なかなか生活保護からの脱却が難しいのが実情です。

特に高齢世帯などは、収入が少し家族や親族からの援助によって助かったとしても、本人たちの収入が劇的に増加することが見込めないため(労働市場に参入できにくいため)、結果的に、援助をしつづけなければならない、ということになります。

たとえばですが、月に3万円援助をすると、年間で36万円。20年間で720万円に援助額の総額は達します。それだけの援助をするのは妥当なことだと思いますか? 親孝行な子どもだ、と思うでしょうか。

僕はその720万円を自分や自分の子どもの進学に使ったり、マイホームを買うために使ったほうがいいのではないか、とも思います。

また、援助を受けるほうも、申し訳ないという気持ちになったり、精神的なストレスを感じてしまうのではないでしょうか。

扶養義務が「義務」になったら…。「貧困の連鎖」から抜けられない

冒頭に紹介しましたが、「貧困の連鎖」の問題もあります。

生活保護家庭の大学進学については、今、さまざまな議論があって、進学しやすくなるように前進しそうです。しかし、「扶養義務の強化」をおこなうと、その効果を半減させる、もしくは、打ち消してしまう可能性もあります。

冒頭の例は極端ですが、あながち極端な話ではなくて、生活保護家庭出身の子どもなどにとって、大きな「呪い」になる可能性があるのです。せっかく「自立」しても、親の援助をし続ける。なかには虐待などをしてきた親の援助を求められることもあるかもしれません。

これは「呪い」以外の何物でもないでしょう。

極端な話を言いすぎと言われるかもだが…

極端な話を言いすぎと言われるかもしれません。そんなことないよ、ある程度以上の所得がある人が限定だよ、とか、虐待やDVなどがなかった場合だけだよ、など。

しかし、考えてみてください。ある程度以上の所得とはどのくらいでしょうか。

月に100万円稼いでいる人が月に3万円援助するのは可能かもしれませんが、では、30万円なら、20万円なら、っていう話なんです。

住宅ローンがあるとか子どもがいるとか、個別の事情も発生するわけで、なかなか一律の基準は作れない。目安は出せるかもしれませんが、個別の判断になります。(現状の「可能な範囲」というのはそういうことです)

でもそうなると、扶養義務の履行は下がるわけで、扶養義務を強化する、履行率をあげるとなると、どうしても、個別の事情を鑑みない運用にしないと成果が出ないわけです。

また、DVや虐待はその限りではない、とも言われるでしょう。これはもちろん、現行法の「可能な範囲」でも同じです。しかし、このDVや虐待というのはなかなか判断が難しいものもあります。身体的な暴力などの客観的に見えやすい暴力ではないものであった場合、それこそ、自治体等の判断が誤ってしまうこともあります。

ここも上記同様に、扶養義務を強化する、履行率をあげるとなると、どうしても、DVや虐待等の事情に対して被害を訴える側にとって厳しい判断をする可能性がでてきます。そうしないと扶養義務の履行率をあげるという成果が出ないわけです。でも、もし加害家族に連絡して何か大きな問題起きてしまったらどうするのでしょう。

毒親やDV夫に連絡されるのを恐れて、生活保護の申請をためらってしまう人がでてしまうかもしれません。それは、本末転倒です。

扶養義務の強化には反対

結論から言うと、扶養義務の強化には反対です。というか、やることに全くの良い点がないです。支援の視点からよくないどころか、行政コストもあがります。

貧困の連鎖を助長しますし、必要な人の生活保護の申請をためらわせてしまいます。

また、扶養の履行の調査をすることの意味もわかりません。前時代的だと思います。「扶養義務の強化」を狙った「調査」は行う必要はありません。

ぜひ、厚労省には再考をお願いしたいです。

認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長

1987年東京生まれ。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿での炊き出し・夜回りなどのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談支援に携わっています。また、生活保護や社会保障削減などの問題について、現場からの声を発信したり、政策提言しています。主著に『すぐそばにある貧困」』(2015年ポプラ社)。

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