スマートデバイスの進化ではなく、時計としての進化を選んだ「Apple Watch」

かねてから噂のあったアップル製スマートウォッチ「Apple Watch」がようやく発表された。

製品については、既にアップル公式サイトが準備されているので、そちらをご覧頂きたい。現在発売されているスマートウォッチ群とのコンセプトの違い等について、私見を述べたい。

■スマートデバイスの進化ではなく、時計としての進化

まず、印象に残ったのが「iWatch」ではなく「Apple Watch」としたことだ。「iMac」「iTunes」「iPod」「iPhone」「iPad」と、ジョブスが復帰し「Internet時代の新しいコンピュータ・ライフ」を連想させる製品には「i」という頭文字が付いていた。当然、スマートウォッチも「iWatch」になるだろうと、誰もが考えていた。実際、アップルが「iWatch」という商標登録を行っている事実も確認されていた。(ちなみに、現段階では特許電子図書館で検索した所「Apple Watch」という商標では、検索結果が表示されなかった)

この頭文字が「i」のシリーズが登場すると、従来あった市場をねこそぎ奪っていく程の力を持っていた。しかし、なぜ今回、アップルは「i」の頭文字を付けなかったのだろうか。頭文字に「i」ではなく、「Apple」を付けた製品には「Aplle TV」があるが、TV市場を根こそぎ奪ったという程の存在にはなっていない。同様に今回の「Apple Watch」も「時計」という市場をひっくり返す程の存在には成り得ないと考えているのではないだろうか。

「i」ではなく「Apple」と頭文字が付いた製品は、従来の製品と「共存」していくプロダクト・ラインナップのように思う。つまり、アップルにとって「Apple Watch」とは、スマートデバイスの進化系の「iWatch」ではなく、「時計」の進化した「Apple Watch」という位置づけなのではないだろうか。

そういった考えは「アナログ時計の象徴」でもある「竜頭」を搭載してきたことからも、うかがえる。「アップルの考えた時計」として「時計の仲間入りをした」というメッセージを伝えたいのではないだろうか。

■他メーカの戦略にも影響を与えるだろう

これまで発売されてきた、スマートウォッチは「スマートデバイスを如何に腕に装着するか」という視点で開発されたものが多かった。どことなくSF映画に出てくるようなおもちゃっぽい物になってしまっていた。「iWatch」に関する噂も「腕輪型」の未来的なフォルムの予想デザインが出たりなど、SF的なデザインを期待する声も多かった。手首に沿って湾曲可能なディスプレイを搭載してくる等の噂もあった。

しかし、登場した「Apple Watch」は竜頭を搭載した、「時計っぽい」デザインだった。「スマートウォッチ」として如何に「新しさ」を世に訴えるかを考えていた、他社の戦略にも影響を与えることになるだろう。

アップルがこういう結論を出した背景には、「斬新なデザインのスマートウォッチはまだ、世の中に指示されない」というマーケティング上の判断を下したと考えられるからだ。

■一方で、感じる「アップルの本気」

では、アップルは「Apple Watch」に対して弱気なのだろうか?そうは思わない。SF的なデザインではなく、「時計っぽい」デザインを狙ったのは、将来的に一般層に受け入れられるための足場作りと考えられる。SF的な斬新なものを出せば一部の熱狂的なアップルファンには受け行けられるだろうが「時計」を求める一般層の市場を開拓出来るかは疑問があるからだ。

長期的に成長させていくため、「時計を求める一般層」に受け入れられる製品に成長させるために、わざとレガシーなデザインを踏襲してきたと考えられる。

スマートウォッチとしての性能もトップクラスの物を持っていると推測される。幾つかの理由を述べる。

 ・Apple Watch用に開発された独自設計のチップ

  Apple Watchには、その小いさなボディで快適なレスポンスを実現するために、独自設計のチップが採用されているという。多くのスマートウォッチは開発コストを下げるために、汎用チップを利用している。

 

 ・新しい専用OS「Watch OS」

 Apple Watchには専用OSが搭載されている。多くのスマートウォッチはAndroid等の汎用的なOSを採用し、開発コストを抑えている。

 ・ケーブルレス充電への対応

 従来型のスマートウォッチの欠点の一つに「充電のめんどくささ」が挙げられていた。特にマイクロUSBケーブルをいちいち差し込むのは結構めんどくさかった。そのためスマートウォッチの普及には「置いておくだけで充電可能」なケーブル不要の充電機能が欠かせないという意見も多くあげられていた。

 Apple Watchではケーブルレス型の充電機能が搭載されているため、「充電のめんどくささ」の問題を解消している。(但し、このタイプのものは充電インフラが整うかが課題として指摘されることも多い)

 

 ・新しいUI

  「竜頭」とも言える「デジタルクラウン」は画面のスクロールやアプリケーションの呼び出しに利用出来る。現存する多くのスマートウォッチは「スマートフォン」を意識するあまり、小さな画面でタッチ操作を強要しているが、使いやすいとは言い難い物だった。

  「Apple Watch」は「触れたか、触れていないか」の「タッチ」を認識するだけでなく、「どれ位強くおしているか」といった「圧力」も検知する。

  

  「無意識」の状態でも指示を与えられるかもしれない。そんな魔法を可能にするのが心拍数等の「バイタルサイン」を検出する機能だ。この「バイタルサイン」でアプリケーションを起動させれば、例えば心拍数が高血圧状態になった時間が一定に達すればかかりつけの医者に連絡したりといった「無意識」での「操作」が実現する。

  

  「時計」という狭い面積の上で「タッチ」だけで操作するには狭すぎたが、「デジタルクラウン」と「圧力」「バイタルサイン」を新たな入力手段にすることで、よりシンプルに多様な操作を行えるようになるだろう。

  

このように、「Apple Watch」のために開発された新たなテクノロジーを眺めていると、単なる「iPhoneの小型化」ではないことがわかる。一見すると地味だが、その地味さは「時計を求める一般層」に受け入れられるためのカモフラージュなのだ。

 

■コミュニケーションの手段を拡張するデバイス

「Apple Watch」は時計の形をした、新しいコミュニケーションを入出力するためのデバイス。そんな表現が最もしっくりくるように感じる。

その新しいコミュニケーション方法を「どう使うか」が、これから期待されるものであり、今の時点でこのデバイスを評価するのは早計だろう。例えば、「Apple Watch」でモバイル決済を行う際には、NFCとしての機能だけでなく、バイタルサインを併用することで「本人」かどうかを識別し、不正利用を防ぐ工夫がなされている。恐らく、そう遠くない未来に、Apple Watchでドアの開閉可能なBMWが登場するのではないかと考えている。

銀行の窓口の従業員3人の心拍数が突然上昇したら、警備員や警察に自動的に連絡がいく銀行も現れるかもしれない。コンシューマ向けでは、合コンの場で「誰を気に入っているか」を診断するアプリも登場するかもしれない。

未来的な「iWatch」を期待した人には物足りない発表だったかもしれないが、アップルの考えるこれからの機械と人間のコミュニケーションを考えるなら「Apple Watch」は新しい道への第一歩として、十分なデバイスではないだろうか。