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「HELLO WORLD」「バビロン」野崎まどのSF世界

大森望SF翻訳家、書評家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 伊藤智彦監督の劇場アニメ「HELLO WORLD」が、9月20日に公開初日を迎えた。

 主人公の男子高校生・堅書直実(CV北村匠海)は優柔不断で引っこみ思案な性格のSF小説好き。もちろん彼女なんかいた試しはないが、とつぜんあらわれた10年後の自分と名乗る男(CV松坂桃李)の熱血指導を受けつつ、同じ図書委員でスーパークールな美少女・一行瑠璃(CV浜辺美波)との男女交際を目指して奮闘することに……。

 直実の部屋の本棚には、グレッグ・イーガン『順列都市』『ビット・プレイヤー』やフィリップ・K・ディック『マイノリティ・リポート』などなど、青い背表紙のハヤカワ文庫SF(通称・青背)が並び、海外SFの名作にオマージュを捧げるかたちになっているが、この映画の脚本を担当したのが野崎まど(※崎は正しくは「たちさき」)。

 その脚本をみずからノベライズした小説版『HELLO WORLD』も、集英社文庫から、映画公開よりひと足早く刊行されている。

 ここではその野崎まどのSF作家としての仕事と、必読の著書を紹介したい。

 野崎まどは、2009年、電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞した『[映] アムリタ』でメディアワース文庫からデビュー。受賞作は、学生の自主映画撮影話に"人間の心を操作する映像"というSFネタをからめたエレガントなサスペンス。新人とは思えない余裕たっぷりの書きっぷりと洗練されたスタイルが光っていた。

 以後、同文庫から『死なない生徒殺人事件』『小説家のつくり方』『パーフェクトフレンド』『2』『なにかのご縁』などを、電撃文庫から短編集『野崎まど劇場』を刊行。

 その後、SF読者のあいだで一気に名声を高め、SF作家としての地位を確立したのが、2013年、ハヤカワ文庫JAで書き下ろした初の本格SF『know』

 舞台となるのは2081年の京都。「HELLO WORLD」の京都と同様、現実の市営バスやランドマークが多数登場し、京都SFとしても楽しい。

 脳をネットワークに接続し情報処理速度を飛躍的に高める技術(電子葉)が一般化し、情報格差イコール社会格差となっている。情報庁に勤めるエリート官僚の御野・連レルは、失踪した恩師の道終・常イチ(みちお・じょういち)がシステムに隠した手がかりを追って、14歳の美少女、道終・知ルと出会う。常イチが独自に開発した量子葉を搭載した知ルは、超越的な情報処理能力を持つ存在だった……。

 萌え要素をちりばめながらライトノベル方向には傾斜せず、最後でいきなり大ネタにジャンプする。このあたりのセンスも『HELLO WORLD』に通底するかもしれない。その現代的なスタイルと発想がSF読者に高く評価され、「ベストSF2013」にランクインし、日本SF大賞候補にも選ばれた。

 ちなみに『HELLO WORLD』プロデューサーの武井克弘氏(東宝)によれば、『know』を読んでみたところ「これがとんでもない傑作だったので居ても立っても居られずアプローチした」ことが映画『HELLO WORLD』の出発点だという。『know』がなければ『HELLO WORLD』もなかったわけで、名実ともに原点と言っていいだろう。

 2015年、講談社の新しい文庫レーベル、講談社タイガの創刊と同時に開幕したのが《バビロン》シリーズ。TVアニメ化されて、この10月7日から放送される。

 小説は、最初、"新域"(東京西部と神奈川北部を合体させた第二東京的な特別地区)の域長選挙を背景に、東京地検特捜部の検事・正崎善(せいざき・ぜん/CV中村 悠一)が、糖尿病治療薬アグラスの臨床試験をめぐる論文不正疑惑を追う、社会派の捜査ミステリのように開幕する。

 ところが、2巻目に入ると、“新域”の長となった齋開化(いつき・かいか/CV置鮎龍太郎)が自死の権利を認める「自殺法」を宣言。その直後、史上空前のとんでもない事件が発生し、社会のありようが一変することになる。いったい齋開化の目的はなんなのか。

 そして、その背後に見え隠れする"最悪の女"、曲世愛の正体とは……。

 3巻では、前2巻の主人公・正崎善は脇役にまわり、"考える人"の異名をとる弱冠47歳の合衆国大統領が主役に。"新域"で施行された自殺法の影響は各国に及び、米国はサミット開催を決断する……。

 小説のテーマは"死"。根源的な問題をつきつけられた人類が議論で答えを模索するドラマという意味では、「正解するカド」暗黒版。それにしてもこの先いったいどうなるのか。ますます目が離せない。

 なお、TVアニメ版には、他に、櫻井孝宏、小野賢章、M・A・O、堀内賢雄らが出演する。

 数ある野崎まど短編の中でSFのイチ押しは、「第五の地平」。『NOVA バベル+』(河出文庫)に発表されたのち、野崎まど脚本のSFアニメ「正解するカド」放送開始に合わせて刊行されたイメージ・アルバム的なアンソロジー。『誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選』(ハヤカワ文庫JA)におさめられている。

 主人公はチンギス・ハーン。宇宙空間で生育する《宇宙草》の開発により、モンゴルの民は広大な宇宙に版図を広げた。だが、チンギスは、さらにその先へと視線を定めていた……。

「正解するカド」や「HELLO WORLD」とはまたぜんぜん違うタイプの奇想が読みどころ。SF作家・野崎まどの恐るべき才能に、ぜひ驚いてほしい。

SF翻訳家、書評家

おおもり・のぞみ/Nozomi Ohmori 1961年、高知市生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家、SFアンソロジスト。責任編集の『NOVA』全10巻で第34回日本SF大賞特別賞、第45回星雲賞自由部門受賞。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、『読むのが怖い!』シリーズなど、著書に『20世紀SF1000』『新編 SF翻訳講座』『50代からのアイドル入門』『現代SF観光局』など。訳書にコニー・ウィリス『航路』『ドゥームズデイ・ブック』、劉慈欣『三体』(共訳)など多数。「ゲンロン 大森望 SF創作講座」主任講師。

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