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ブラピ新作「アド・アストラ」をもっと楽しむためのSF3冊

大森望SF翻訳家、書評家
ジャパンプレミアに登場したブラッド・ピット(写真:アフロ)

 ジェームズ・グレイ監督のSF映画「アド・アストラ」。ベネチア国際映画祭のコンペティション部門で世界に初披露されて大絶賛を集め、主演のブラッド・ピットが来日して行われたジャパンプレミアもたいへんな熱量だったが、その「アド・アストラ」がいよいよ9月20日(金)に一般公開される。

 ブラッド・ピットが演じるのは、宇宙飛行士のロイ・マクブライド。彼が宇宙を目指したのは、同じ宇宙飛行士だった父親クリフォード(トミー・リー・ジョーンズ)の影響だった。地球外知的生命体の探査に人生を捧げた父は、妻と子どもを置いて宇宙に旅立つが、16年後、地球から43億キロ離れた宇宙空間で消息を絶つ。時が流れ、エリート宇宙飛行士となったロイのもとに、軍上層部から驚くべき知らせがもたらされる。「きみの父親は生きている」しかも、クリフォードは、いまや人類に対する脅威となる可能性があるという。ロイは父親を追って宇宙へと旅立つ……。

 父と息子のドラマをリアルな宇宙探査のドラマとくっつけたのが「アド・アストラ」の特徴。ちなみに題名のad astraは、ラテン語で「星々へ」(to the stars)という意味です。

 この映画をさらに深く楽しむためにお薦めしたいSF小説をいくつか紹介しよう。

●アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』(決定版)伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫SF

『アド・アストラ』におそらくいちばん大きな影響を与えているのが、スタンリー・キューブリックの名作『2001年宇宙の旅』。作中のあちこちに『2001年』へのオマージュが見てとれる。『2001年』を人間ドラマとして語り直したのが『アド・アストラ』だといってもいいだろう。

 宇宙SFの第一人者アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』は、共同脚本兼ブレーンとしてキューブリックに呼ばれた著者が、監督とのディスカッションを経てアイデアをまとめて、それをもとに(映画とは別個に)書き上げた小説。どちらも、クラーク自身の短編小説「歩哨」が出発点になっていて、大筋は変わらないが、印象はずいぶん違う。映画の後半、いったいなにが起きているか釈然としなかった人はとくに、クラークの小説を読むとモヤモヤが晴れてスッキリするのでは。『アド・アストラ』のラストも、『2001年宇宙の旅』を向こう側に置いて対比させると、より納得しやすくなるかも。

スタニスワフ・レム『ソラリス』沼野充義訳/ハヤカワ文庫SF

 SF史上最大の天才と言われるポーランドの巨匠レムが書いた異質な知性を正面から描いた、ファースト・コンタクトSFの古典。宇宙飛行士の心理的な側面がクローズアップされる点など、『アド・アストラ』にも、(『2001年』感ほどではないが)若干の『ソラリス』感がある。

『ソラリス』は、アンドレ・タルコフスキーとスティーヴン・ソダーバーグによって二度にわたって映画化され、タイプが正反対の作品になっていて、それぞれ面白いが、原作の魅力は小説を読まないとわからない。一昨年にはNHKの『100分 de 名著』でもとりあげられた折り紙付きの名著。

 本書によって、シリアスなSFに描かれる地球外知性のありようが一変。”言葉の通じない外国人”レベルの異質さだったエイリアンに、もっと根源的な意味で人間には理解できない存在かもしれないという可能性が示された。比類ない恐怖小説とも、動機探しのミステリとも、切ない悲恋物語とも読めるが、SF的な白眉は、旧版で大幅にカットされていた”ソラリス学”にまつわる蘊蓄。ものすごく真剣に構築された架空の学術体系はいま読んでも最高にスリリングだ。旧版『ソラリスの陽のもとに』は、検閲で全体の一割弱が削除されたロシア語版からの重訳だったが、現在は、ポーランド語からの完訳版が刊行されている。

●劉慈欣『三体』大森望・光吉さくら・ワンチャイ訳/早川書房

 今年7月に邦訳されるなり発売1カ月で11万部(電子書籍含む)を突破した中国発の超話題作。世界最大のSF賞とされるヒューゴー賞を英語以外で書かれた長編として初めて受賞、中国国内では3部作合わせて2100万部のメガヒットとなっている。話の中身は、ジョディ・フォスター主演で映画化されたカール・セイガンの『コンタクト』や、前述の『2001年宇宙の旅』を彷彿とさせる異星文明とのファースト・コンタクトもの。『三体』は第一作なので、この段階ではまだぜんぜん宇宙に出ていかないが、地球外知的生命体探査の長い歴史と、”宇宙へのメッセージ”によってもたらされる思いがけない可能性が描かれる。

 最後にもうひとつ、アストラつながりで、アニメ版が完結したばかりの漫画、篠原健太『彼方のアストラ』(全5巻/集英社)を紹介したい。「宇宙への往来が当たり前になった近未来で、9名の少年少女たちが惑星キャンプへと旅立つ」――という王道のSF冒険ものかと思いきや、4巻以降、驚愕の展開が待ち受ける。サプライズに満ちたSFミステリ漫画の傑作だ。ちょうどいま、SNS上で盛大にバズっているので、この機会にぜひ。

SF翻訳家、書評家

おおもり・のぞみ/Nozomi Ohmori 1961年、高知市生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家、SFアンソロジスト。責任編集の『NOVA』全10巻で第34回日本SF大賞特別賞、第45回星雲賞自由部門受賞。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、『読むのが怖い!』シリーズなど、著書に『20世紀SF1000』『新編 SF翻訳講座』『50代からのアイドル入門』『現代SF観光局』など。訳書にコニー・ウィリス『航路』『ドゥームズデイ・ブック』、劉慈欣『三体』(共訳)など多数。「ゲンロン 大森望 SF創作講座」主任講師。

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