2022年1月25日15時過ぎ。判決を聞き終わり、弁護士らに付き添われて東京地方裁判所を出た伊藤詩織さんに向かって、「アイドル気取り!」などと罵声を浴びせ続けた女性がいた。その後、支援者に向かって簡単な挨拶を行った伊藤さんの様子を報道陣に混じって撮影しながら「はあ?」と鼻で笑う女性もいた。

 一審、控訴審とも伊藤さんの勝訴となったものの、ネット上では彼女へのデマや誹謗中傷が収まらない。裁判所を一歩出た場所で悪意の一端が表出されるのを目にし、改めて彼女のこれまでの苦難を思った。

東京地裁前、2022年1月25日/筆者撮影
東京地裁前、2022年1月25日/筆者撮影

●ネットで拡散する一方的な主張

 判決後に山口敬之さんが開いた記者会見を取材した弁護士ドットコムニュースの記事によれば、山口さん側の代理人弁護士は、弁護活動がセカンドレイプにならないよう細心の注意を払ったと説明したという。

 山口さん側の代理人は一審では1人、控訴審では別の弁護団3人が担当している。

 確かに、一審の本人尋問の際に伊藤さんに向かって、

「強姦と準強姦のどっちが深刻ですか?」

「強姦の方が深刻ではないですか?」

「私としては、強姦の方が深刻だと思う」

「それにもかかわらず、準を付け足したのは、お酒にだらしないことを隠したかったからではないですか?」

「(被害から)2日もたっていたのに混乱していたんですか?」

 といった質問を繰り返し、そのほかにも詩織さんを侮辱する内容のブログを書いたとして後日、日弁連から戒告処分を受けた一審の代理人弁護士よりは、慎重だったのかもしれない。

 ただ、伊藤さんは2021年9月の結審の際の意見陳述で「今回の控訴審で控訴人側は、いかに私が信用のおけない人物であるかを示すことにエネルギーを費やしました」と話している。

今回の控訴審で控訴人側は、いかに私が信用のおけない人物であるかを示すことにエネルギーを費やしました。例えば私が事件当時住んでいた住居は、当時の私の収入では払えないはず、そしてそのマンションのオーナーは実は愛人をたくさん囲っていた、とあたかも私がオーナーに部屋を貸してもらう等の親しい間柄にあったような印象を与えるための無根拠な主張を重ねました。実際は、マンションの部屋をシェアハウスに改造したものであり、全く高額な家賃でなく、自分で働いたお金で支払っていたのにも関わらず。  被害者に沈黙を強いる社会のアップデートを――伊藤詩織さん意見陳述全文(9月21日 東京高裁)Dialogue for People

 このような疑いをかけられた伊藤さん側の弁護士は、不動産会社から当時の賃貸借契約書を入手し(保管期間ぎりぎりだったという)、賃料が決して高額ではなかったことや、女性専用物件で男性の立ち入りにペナルティが設けられていたこと、契約書の通り仲介業者を介して賃貸契約していたものであり伊藤さんはオーナーを直接知らない、と反論している。※控訴審は結審で行われた意見陳述以外は、書面のやりとりのみ。

 都内の好立地物件に住んでいたこと、またそのオーナーに良からぬ噂があったことを彼女の信用性に結びつけようとするのは、想像力がたくましすぎる。

 また、このような主張(そしてそれが的確に反論されたこと)が、山口さんを有利にしたはずがない。

 ネット上の一部では山口さん側代理人が行ったような複数の主張が断片的に拡散し、その中では伊藤さん側代理人がどのように反論したかについてほとんど無視されている。そして、あたかも伊藤さんが信用ならない背景を持った人物で、その申告に一貫性がなく虚偽であるかのような印象操作が続けられている。

●「供述のどちらが信用できるかというところに尽きる」

 判決後に伊藤さんと弁護団が開いた記者会見の中で、弁護団の一人が一審・控訴審の判決ともに「(判決の理由は)供述のどちらが信用できるかというところに尽きる」と話した。

 伊藤さんに批判的な人は、彼女の供述に一貫性がないかのように言い立てるが、裁判で信用できないと判断されたのは山口さんの供述である。

 一審の本人尋問を聞いた印象では、当時の経緯を聞かれた山口さんが使用したベッドに矛盾のある説明をしたことは決定的だったと感じた。この事件の核心部分についての矛盾だったからだ。控訴審で「(一審判決のこの点への判断は)木を見て森を見ず」といった反論があったが、説得力のあるものではなかった。

 また同じく本人尋問で、事件当日の昼間の行動や会社から自宅待機を命じられた時期など少なくとも9点について山口さんが「記憶がない」などと答えなかったのも不自然だった。伊藤さんを批判する人は、山口さんの不自然な点については目をつぶっているかのようだ。

 判決前、控訴審では山口さんが勝訴すると確信しているかのようなツイートが複数見られた。山口さん側代理人は「少なくとも要件事実の整理に関してはほぼ原判決の審理の成果が跡形もなく上書きされたといってもよい(以下略)」と書面の中で自信を見せ、この主張にならうかのような書き込みが見られた。

 しかし判決は、合意のない性交という事実認定について一審と変わっていない。

1月25日の判決後に行われた記者会見(筆者撮影)
1月25日の判決後に行われた記者会見(筆者撮影)

●断定は伊藤さんの不利益になりかねない

 一方、ネット上で詩織さんを支持する人についても、山口さんがレイプドラッグを使ったと断定するような書き方は、控えた方が良いはずだ。

 裁判の中で伊藤さん側は、レイプドラッグが使われた点について主張していない。当時レイプドラッグについての検査を受けることができず、今となっては裏付ける証拠がないからだろう。

 控訴審判決では、伊藤さんがインタビューや著書などで「私は薬(デートレイプドラッグ)を入れられたんだと思っています」「インターネットでアメリカのサイトを検索してみると、デートレイプドラッグを入れられた場合に起きる記憶障害や吐き気の症状は、自分の身に起きたことと、驚くほど一致していた」と伝えた点について、「一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として」見た場合に、デートレイプドラッグが使われた事実を摘示すると認められ、また、真実性または真実相当性がないと判断された。

 一般の読者が読んだ場合に、「伊藤さんはレイプドラッグが使われたと思っている」ではなく、「この事件ではレイプドラッグが使われた」と受け取る人が多いと判断されたのだ。

 レイプドラッグが使われたと断定すること、あるいは伊藤さんがそう断言したかのように書くことは、伊藤さんの不利益になりかねない。

●改めて『Black Box』を読みたい

 控訴審判決が出た今、伊藤さんの著書『Black Box』を改めて読むことをおすすめしたい。

 彼女が訴えているのは、山口さんからの加害行為だけではない。性被害に遭ったときの被害者を支える検査や相談窓口など支援体制の乏しさ、病院や警察での対応の問題点、及び腰なマスコミ、残酷な過去の裁判例、性犯罪刑法を改正する必要性……。

 出版された2017年10月と今を比べ、これらの点はどう変わったのか、変わっていないのか。それをチェックする目を持つことが、彼女への支援につながるのだと私は思う。