一審の東京地裁で無罪判決が出た乳腺外科医による準強制わいせつ事件について、7月13日の東京高裁で逆転の有罪判決が言い渡されました。

乳腺外科医の準強制わいせつ事件、逆転有罪「懲役2年」 東京高裁(弁護士ドットコム/2020年7月13日)

 判決は原審を破棄、懲役2年。量刑の理由について裁判長は「麻酔から覚めきっていない患者に対して、診察と誤解させる態様で犯行が行われた」ことや、「被告人は一貫して犯行を否認し、反省を示していない」ことと述べました。

 一審では、被害者が麻酔後に性的幻覚を見た(いわゆるせん妄状態だった)可能性があるとされ、鑑定で被害者の左胸から被告人のDNAが検出された結果について、医師が被害者の胸を舐めたことが最有力の仮説と言えるかもしれないが、それでも手術時の会話や触診の際に唾液の飛沫が飛んだことによる可能性を否定できないとされました。

 控訴審では、検察・弁護側双方から、せん妄に関する専門家が証言者として出廷。検察側証人は「Aさんの証言は信用でき、幻覚があったとは言えない」「(医療者によるわいせつ事件は稀かのように言われているが)稀ではない」などと証言したのに対し、弁護側証人は「せん妄の典型例」と証言。

 判決では、検察側証人の証言が、弁護側証人より信頼できると判断されました。

医療従事者に考えてほしい、被告人側の供述

 この事件について、控訴審の1回目から判決まで全て傍聴してきました。一審の裁判時から、被害者にとっては大変酷な時間だったと思います。毎回、傍聴の抽選に並ぶ人の多くは被告人側(医師側)の支援者。

 裁判所前では「冤罪を許してはいけない」というスピーチが繰り返されていました。

 今日も、裁判所前では、被告人側の支援者が「満床で、カーテンで一枚仕切られているだけ、看護師が入れ替わり立ち替わり訪れる場所で、わいせつ行為が行われることは現実的ではない」といった内容を訴えていました。

 被告人側の支持者には医療関係者も多かったと思われます。私は、この事件を機に、医療関係者が考えた方が良いことは、「これでは男性医師は女性患者を診察できなくなる」といった内容ではないと思っています。

 実は一審でも「被告人の供述の信用性は慎重に判断する必要がある」とされた部分がありました。

 なぜ被害者の胸にDNAが付着したかについて、被告人側の主張は次のようなものでした。

  • 手術の当日、起床時の身支度以降は手術の直前まで手を洗わなかった
  • ニキビを潰したり、ひげを触ったりする癖がある

 手術当日の午前中には多数の患者を診察し、触診もあったのに、手術の直前まで手を洗わなかったというのは、ちょっと信じられません。一審判決でも当然「医療従事者の行動としてにわかに信じ難い内容」と断じられています。

 高裁判決では、手術中に唾液が飛散した可能性について、手術中に左胸の側にいたのは別の医師であり、この医師のDNAは検出されていないことも指摘されました。

なぜ顔入りの患部写真を撮る必要があったのか

 また、通常であれば患部のみを撮影する手術前写真について、被害者女性の場合は顔も入れた写真を複数枚撮影されていたことや、撮影記録を捜査前に消した痕跡があったこと。これを被告人を支援する医療従事者は、どのように捉えているのでしょうか。

【参考】乳腺外科医が準強制わいせつに問われた公判、無罪判決を臨床の医師たちはどう見たか(ハフポスト/2019年3月22日)

 さらに言えば、手術直後の麻酔が覚めきっていない女性患者の病床に、1人で2回訪れたことについては、医師側も認めています。被害者の証言では、1回は「看護師と入れ替わりで入ってきた」とされています。

 たとえば乳がん検診などの際に男性医師が触診を行うとき、看護師が立ち会うことが推奨されています。これは患者の不安を払拭することはもちろん、冤罪を防ぐためにも必要な措置です。

 医師が手術後の状況を見るためだったとしても、看護師を伴うことはできなかったのでしょうか。繁忙のためにそれが叶わなかったとするなら、医療界が考えなければならないのは、その状況ではないかと思います。

カルテでは「術後覚醒良好」

 被告人側の弁護士は、被害者が手術後に「ふざけんな、ぶっ殺す」と言ったという看護師の証言を法廷で繰り返しました。「病棟に響き渡るような声で」とも言っていました。

 これまでの報道では、この印象的な発言が注目を集め、被害者がせん妄だったと信じる人が多かったように思います。被害者はこの発言について「記憶にない」と言っています。

 高裁判決では、「ふざけんな、ぶっ殺す」という発言の記録がカルテには残っていないこと、さらにカルテでは被害者がせん妄状態だったとする記述もなく、むしろ「術後覚醒良好」という記載があったことを指摘しています。

 カルテに「術後覚醒良好」と書いていた看護師が、その後弁護士や病院スタッフと話したあとで「半覚醒状態だったと思う」と証言を変えたことについても、一貫した証言とは言えないと判断されました。

ネット上では「再鑑定不可能」の誤解も拡散していた

 今日の法廷では、被害者のA子さんもついたてで区切られた場所で判決を聞いていました。有罪の言い渡しの後、被告人側支援者からは軽い抗議のような声が上がり、ついたての向こうからはすすり泣きが聞こえてきました。

 A子さんにとってみれば、「手術後に担当医からわいせつ行為をされ、自分だけの証言では信用されないと思ったから通報し、証拠採取をしてもらったところDNAが検出された」という事件です。

 一審の裁判中に、弁護側はA子さんの裸の胸の写真を法廷で傍聴席からも見える場所に映そうとし、裁判長が止めたことがあったと聞きます。また、ネット上では鑑定資料が廃棄され、再鑑定が不可能であるという誤解も拡散されていました。

 被害者側を支援する弁護士が「鑑定資料を再鑑定できないかのように報道されているがそれは間違い」と会見で言及するほどでした。

 被害者側にとっては、一審判決前から一部の報道は医師側に不利な情報を載せないなど非常に一方的であり、酷なものに感じていたことと思います。

 控訴審の間も、A子さんにとって、とてもツラい時間だったと思います。本当にお疲れ様でしたと伝えたいです。

※控訴審を審理したのは朝山芳史裁判長。朝山裁判長が退官したため、読み上げを引き継ぎの細田啓介裁判長が行った。新型コロナウイルス感染症の影響により、4月の予定だった判決言い渡しが延期されていた。【訂正のお詫び】審理した裁判長のお名前に誤りがありました。お詫びして訂正します(18時40分)。

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