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【性犯罪報道】自粛だけではなく「理解ある報道を」 ノウハウの蓄積を求める声も

小川たまかライター
「性暴力と報道 対話の会」が制作した「性暴力被害取材のためのガイドブック」より

■「理解ある報道を」当事者たちの声

性暴力被害の当事者と報道関係者が集まり、性犯罪報道について考える「性暴力と報道 対話の会」。2015年からスタートしたこの会では、被害者が報道関係者に知ってほしいことを共有し、より良い報道の模索が続けられている。

参考:前回記事「【性犯罪報道】何を報じるのか、報じないのか。記者の葛藤とこれから

被害を受けた当事者やその支援者が求めているのは「報道の自粛」だけでは、必ずしもない。もちろん、被害者の特定につながるような情報は報道されるべきではないし、取材での配慮も必要だ。

その一方で、性暴力に関する知識の共有や、過去にどんな事件がどのぐらい起こり、どのような再犯防止策が考えられるのなどについてを「報じてほしい」という声がある。性暴力の問題はタブーにされがちであり、未だに誤解や偏見がつきまとう問題だからこそ報道を求める声がある。何を報じるのか、報じないのか。その線引きと取材する際のノウハウの共有が必要とされている。

たとえば「性暴力と報道 対話の会」が作成した「性暴力被害取材のためのガイドブック」 の「ガイドブックの目的」には、「理解ある報道により、多くの人に性暴力の実態を知って、考えてもらえることを願っています」とある。

また、大阪で28年間にわたって活動を続ける「性暴力を許さない女の会」は、性暴力と報道に関する署名キャンペーンで 、被害者を追い詰めない報道に加え、「本当の被害者理解、被害者へのサポートになる報道」「報道の誤りを正すような、性暴力被害者をサポートする立場に立つ『有識者』を迎えた企画」を求めた。

「報道の自粛」だけではなく、「理解ある報道」を求める人たちの声。しかし、これにメディアが応えられているかといえば、現時点でそうではないのだろう。

■大手メディアでも「性暴力に関して取材ノウハウが蓄積されていない」

ある大手テレビ局の報道関係者から「自分の局では、(事件報道以外で)性犯罪を取り扱ったことがほぼない」と聞き、驚いたことがある。特集を組むなどして社会問題として取り扱ったことがないということだ。

「性暴力被害取材のためのガイドブック」では、TV報道局関係者からの下記のような声も紹介されている。

「性犯罪被害に関する取材は、ひと言でいうと『ハードルが高い』と感じる」

「性犯罪は難しい、視聴率がとれない、一般の人は興味がない…などといって表現をおさえたり、放送しなかったり」

「性犯罪被害にあった当事者の方に直接お話を聞きたいと思っても、どうアプローチしていいのかわからない。(略)一方で、上司からは放送するにはインタビューが必須だと言われる」

出典:性暴力被害取材のためのガイドブック

何人かのメディア関係者からは、大手メディアであっても「性犯罪取材についてのノウハウが蓄積されていない」という声が聞かれた。

取材対象者探し、取材前のアプローチ、取材、制作、確認作業など、全ての工程で、丁寧な配慮が求められる。そのノウハウがないのに取材を行い、何か問題を起こしてしまわないか。そう考えて及び腰になることが実際にあるのが現状のようだ。

■依存症の背景に性虐待があった

こうした中で、すでに性暴力に関する取材を行っているメディア関係者の話を聞くことは一定の意味があると感じている。今回は、NHK大阪放送局制作部の河野泉洋(こうの・いずみ)ディレクターに話を聞いた。

NHK教育の福祉情報番組「ハートをつなごう」では、2010年1月 に性暴力被害特集の第1弾を放送。被害当事者の体験談を元にしたVTRや、『性犯罪被害にあうということ』の著者である小林美佳さんや精神科医の小西聖子さんと被害当事者たちがスタジオで対話する様子が反響を呼んだ。第2弾(2011年11月放送)では男性被害者、第3弾(2012年1月放送)では家庭内での性虐待がテーマとなっている。

「ハートをつなごう」に続く番組となった「ハートネットTV」(2012年4月~)でも、性暴力被害を取り上げてきた。

当時の番組紹介には下記のように書かれていた。

『ハートをつなごう』ではこれまで摂食障害、自傷癖などさまざまな依存症に悩む人たちの声を取り上げてきました。その背景には何があるのか。生きづらさを切々と訴える多くのメールにある共通項があることに気付きました。それは“性暴力被害”の経験があるということです

河野ディレクターは現在、障害者情報バラエティー「バリバラ」を担当している。「ハートをつなごう」の制作担当となり、依存症取材を行ったことが性暴力取材のきっかけとなった。

「僕が最初に取材した依存症の方が性虐待の被害者でした。今の自分なら、それがその人の生きづらさの根幹だろうとわかるのですが、その当時は無知で、せっかく勇気を出して話してくださったのに、うまく受け止めることができなかった。最悪な取材をしてしまったという思いがあります」

その後も取材を続けるうちに、あるとき、支援施設の女性代表者から呼び出され、「いつまで病気の取材をしてるの?」と言われたという。

「『河野君さあ、もっと勉強しなよ』と。それはつまり、依存症の人の症状だけを撮るのではなく、なぜ彼らが依存症になったのかを考えてみるということ。依存症の人たちは、それぞれの葛藤があって底つき体験をしていたりと、極めてドラマティックな人生を歩みます。その部分を取り上げるのは簡単だけど、そうではないだろうと。素面でいられない事情があるからアルコールや薬物、何かに依存する。そこを僕もわかり始めた頃に、そう言われました」

その後、性暴力や性虐待の特集を自ら企画し、番組を制作した。

■「放送後、頼れる人がそばにいるか」

「ハートをつなごう」の番組制作の基本的な流れは、取材可能な被害当事者を探す→被害当事者への聞き取り取材(数回)→当事者の撮影(ロケ)→撮影したVTRをスタジオで参加者と見る→その様子を撮影→編集して放送。

取材・制作にあたって河野ディレクターが注意していることはいくつかあるという。

たとえば、当事者に取材する際のシチュエーションは、本人の希望を聞くようにした。自宅が落ち着く人、公園のように開けた場所で話したい人、周りの話声も聞こえるようなカフェがいい人、カラオケの個室やNHKの会議室を希望する人。その人が「ここでなら話せる」という場所で取材を行った。

ロケを行う際には、女性スタッフを入れる配慮も。

「ロケは基本的にカメラマン、音声担当、僕の3人で行います。カメラマンは男性が多いので、音声担当についてはなるべく女性スタッフに来てもらうようにしました。カメラマンもなるべく、年長の方ではなく若くて華奢なタイプに。特に性虐待の場合は年長の男性から被害を受けていることが多かったからです。被害当事者が男性の場合でも」

さらに、最も気を付けて確認したことについてこう言う。

「その人に現在頼れる人がそばにいるかどうか。取材にOKしてくださっているとはいえ、被害体験を話すのはストレスになることです。また取材時に問題なかったとしても、番組が放送されたときに精神的に崩れてしまうことはあり得ます。そうなったときに自分は支援の専門職ではないので何かできるわけではありません。同居している人がいるか、支援を受けているか、適切な医療機関とつながっているか、異変に気付ける人がそばにいるかを確認するようにしていました」

被害当事者らが制作した「性暴力被害取材のためのガイドブック」には、被害者が取材を受ける際の注意についても記述がある。その中で「被害者が取材を受けるときの確認リスト」には、被害者が取材や報道後に自らのケアを行う必要が書かれている。

たとえば「取材後は様々な影響があると思います。自分の気持ちを文字や絵で表現する、信頼できる人や仲間と話す、セラピーを受けるなどをして自分自身のケアに務めましょう」「周囲の人が否定的な反応をするかもしれません。一人で抱え込まず、仲間や信頼できる人に気持ちを聴いてもらいましょう」など。

河野ディレクターの言うように、たとえ取材を了承したとはいえ、取材後にどのような気持ちになるかは本人にもわからない。その不安やケアが必要な場合があると知っておくことも取材側の責任ではないかと感じた。

■海外メディアのノウハウを学ぶ勉強会も

「性暴力と報道 対話の会」では今後、BBCニュースの性暴力取材のノウハウを学ぶ勉強会も予定されている。当事者の一人がBBCから取材を受けた際に、その取材方法が「日本とは違う」と感じたことから企画された勉強会だ。

日本では前述した通り、後々問題となることを恐れて報道を控える現状もあるようだが、BBCでは取材において報道側と被害当事者の誤解や行き違いが起こりづらい手段が確立されているという印象を受けたという。

前述した「性暴力被害取材のためのガイドブック」で、TV報道局関係者は、性暴力取材の困難さを書いた後、こう綴ってもいる。

しかし、そこで諦めてはいけない。性犯罪とはどんな犯罪なのか、「トラウマ」とは何か。どんな取材でも共通すると思うが、大切なのは「相手のことを理解しようとする」こと、その1点に尽きると思う。特に性犯罪の取材は「配慮」とともに、ある程度の「知識」が必要だとも感じる。個人的には、「性犯罪=尊厳を奪われる犯罪」ときちんと理解できたとき、取材の糸口が見えた気がした。

出典:性暴力被害取材のためのガイドブック

性暴力において「理解ある報道」とは、どのようなものか。現場での模索は続いている。

(関連記事)

■前回記事では西日本新聞の久記者に取材

【性犯罪報道】何を報じるのか、報じないのか。記者の葛藤とこれから(ヤフーニュース個人/2016年12月27日)

■「性暴力と報道対話の会」の様子やガイドブックについて

<性暴力>当事者と記者が協議 被害の実態、伝え方指針公表(毎日新聞/2017年1月9日)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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