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ロシア自身が劣化ウラン弾を保有して誇示している事実

JSF軍事/生き物ライター
2020年、モスクワの軍事パレードでのT-80BVM戦車(写真:ロシア国防省)

 3月20日、イギリス国防省のゴールディ閣外大臣がウクライナに供与するチャレンジャー2戦車の弾薬に付いての議会の質問に「劣化ウラン弾を含む」と回答し、ロシアがこれに反発しました。ただし実はロシア自身も劣化ウラン弾を保有しており、この反発の姿勢は世論誘導を目的とした宣伝戦のポーズです。

 そもそも過去にロシア国営タス通信の記事ではロシア軍の劣化ウラン弾を自慢していた上に、使用は国際法に違反しないと説明していました。

「ロシアの近代化されたT-80BVM戦車は劣化ウラン弾を発射する能力を備えた」タス通信(2018年12月20日)

Мураховский сообщил, что применение снарядов с обеденным ураном не нарушает никаких международных соглашений.

「ムラホフスキーは、劣化ウラン弾の使用は国際協定に違反していないと述べた。」

出典:Модернизированный Т-80БВМ сможет стрелять снарядами с обедненным ураном | ТАСС | 20 декабря 2018

125mm戦車砲用APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)

  • 3БМ48 «Свинец» (3BM46「スヴィニェツ」) ※劣化ウラン
  • 3БМ59 «Свинец-1» (3BM59「スヴィニェツ1」) ※劣化ウラン
  • 3БМ60 «Свинец-2» (3BM60「スヴィニェツ2」) ※タングステン

 T-80BVM戦車は近代化改装で「スヴィニェツ1」「スヴィニェツ2」徹甲弾が使えるようになりました。この砲弾は弾芯が長くなっているので、対応した自動装填装置に改修されていないと使えなかったのです。なお無印スヴィニェツは従来型の自動装填装置で撃てる最大限の長さです。

 ただしタス通信のこの記事ではスヴィニェツ1がタングステンでスヴィニェツ2が劣化ウランと書かれてありますが、どうも誤記載なのか逆のようで、他の資料ではスヴィニェツ1が劣化ウランでスヴィニェツ2がタングステンと分類するものがほとんどです。

 なお貫通力は一般的に劣化ウランの方が10~20%ほど高くなりますが、弾着時の速度が速くなるとタングステンとの差がほとんど変わらなくなる傾向があり、主砲の設計次第で優位性があるかどうかは変わって来ます。

 ロシア軍の戦車砲用徹甲弾で最新のものは「Вакуум(ヴァクーム)」ですが、弾芯がかなり長くなっているので最新鋭のT-14戦車用の主砲「2A82-1M」でしか発射できません。T-14は生産数が少なくウクライナにはまだ未投入です。(ヴァクーム1は劣化ウラン、ヴァクーム2はタングステン)

追記:T-90M戦車にも2A82-1M砲を搭載する計画があり試験を行っていましたが、対応した自動装填装置の実装に技術的な問題が生じたのか量産車には現在まで未採用で、2А46М-5砲のまま。

 戦線に投入されている現行の配備済みの戦車が使える中で比較的新しい徹甲弾は、「Свинец(スヴィニェツ)」の他には「Лекало(レカロ)」、少し古いものだと「Манго(マンゴー)」、「Вант(ヴァント)」などがあります。おそらくロシア軍の徹甲弾の備蓄の主力はタングステン製のマンゴーです。なおヴァントは劣化ウラン弾です。

 もしも重装甲のチャレンジャー2やレオパルト2といった西側戦車に対して古いマンゴー以下の徹甲弾では歯が立たないとなった場合、ロシア軍は比較的新型の徹甲弾を積極的に投入することになりますが、その中に劣化ウラン弾であるスヴィニェツ1が入ることが十分に予想されます。あるいは既にウクライナ軍の旧ソ連製戦車を相手に使用している可能性もありますが、まだ確認されていません。

国連による劣化ウラン弾の環境への影響の評価

 劣化ウランは放射性物質ですが重金属としての特性を利用した徹甲弾として使用されます。このため放射性物質としての危険性を懸念する声がありましたが、国連環境計画(UNEP)の現地調査では深刻な影響は認められないと発表されています。

It is highly unlikely that a reported increase in the risk of cancer could be associated with the residues of depleted uranium (DU) munitions used during the war in Bosnia and Herzegovina in the mid-1990s, according to a new report published by the United Nation's Environment Programme (UNEP).

「1990年代半ばにボスニア・ヘルツェゴビナで起きた戦争で使用された劣化ウラン(DU)弾の残留物と、報告されている発癌リスクの上昇が関連する可能性は極めて低いことが、国連環境計画(UNEP)が発表した新しい報告書により明らかになりました。」

出典:Depleted Uranium in Bosnia-Herzegovina | IAEA | March 27, 2003

Depleted Uranium - UNODA ※UNODA(国連軍縮部)による劣化ウラン問題の報告まとめ。WHO(世界保健機関)、UNEP(国連環境計画)、IAEA(国際原子力機関)、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)などを含む。

 UNEPによる現地調査の時点(2002年)では放射能及び有害物質による深刻なリスクは無いとしつつ、将来に与える影響について継続監視すべきとしていましたが、20年経過しますが現在のところ深刻な影響の報告は出ていません。

 なお調査では劣化ウランについて放射性物質としての危険性よりも重金属の化学毒性の方が懸念されていますが、それも含めて深刻な健康への影響の報告は国連からはまだありません。

 このためイギリス政府はウクライナに劣化ウラン弾を送ることに大きな問題は無いと認識しているようです。貫通威力が同等に近いタングステン弾を保有しているにもかかわらず劣化ウラン弾も含めて送るとしているのは、世論の反対を気にしていないのでしょう。

 一方でロシアは自身も劣化ウラン弾を保有しているにも拘らず劣化ウラン弾批判を始めました。西側の世論を焚きつける事を狙っています。ロシアは過去にアメリカの白リン弾の使用を批判していながら、ウクライナの戦場で自身が焼夷兵器(9M22S)を大量に使用するという矛盾した真似をしています。劣化ウラン弾でも矛盾など全く気にしていないのです。

 もしもロシアが「劣化ウランについて深刻な影響があるとは報告されていないが、念のために使用は控えるべきだ。我々も保有しているが使用しない」と言うのであればまだ理解できるのですが、彼らがそのようなことを言う筈も無く、期待できないでしょう。

 このままではウクライナの戦場で双方の戦車が劣化ウラン弾を撃ち合う未来が待っています。

プーチン:ロシアは数十万発の劣化ウラン弾を持っている

Путин: у России есть сотни тысяч снарядов с обедненным ураном | RTVI | 25.03.2023 (2023年3月25日、テレビチャンネル「ロシア24」のインタビューより)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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