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Kh-22巡航ミサイルは対空ミサイルで迎撃しても、完全破壊できなければそのまま落ちて来る

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナで解体されるKh-22巡航ミサイル。2004年、米国防脅威削減局より

 1月14日にロシア軍がウクライナのドニプロ市のペレモハ団地の集合住宅をミサイルで攻撃し、確認された死者は既に40人に達し、まだ行方不明者の確認は済んでおらず、さらに犠牲者が増える可能性があります。

【関連記事】ロシア軍がKh-22巡航ミサイルでウクライナのドニプロ市の集合住宅を無差別爆撃(2023年1月15日)

命中精度の悪いミサイルによる無差別攻撃

 この攻撃についてロシア側は意図的な攻撃ではなかったと釈明していますが、使用したKh-22巡航ミサイルの対地攻撃での命中精度が悪過ぎるので、このような言い訳は通らないでしょう。市街地での無差別攻撃は戦時国際法(国際人道法)で禁止されているからです。

 本来は対艦ミサイルであるKh-22には対地攻撃用に使える誘導システムが慣性航法装置(INS)くらいしかなく、対地固定目標への攻撃では半数必中界(CEP)は少なくとも100メートル以上、おそらく数百メートルになると推定されています。あまりにも命中精度が悪過ぎます。

 Kh-22に対地攻撃でのピンポイント精密誘導攻撃など望めません。このようなミサイルを人口が密集する市街地で使用するのは無差別攻撃であると見做されます。使用した時点でもう既に全てがロシアの責任なのです。

参考までに、Kh-22と同じような液体燃料ロケットエンジン型式のイギリス製の核攻撃型巡航ミサイル「ブルースティール」は射程240キロメートルでINS誘導での命中精度はCEP100メートル(ブルースティールは1970年に運用中止)。

ただしINSは飛行距離が長いほど誤差が多くなるので、最大射程600キロメートルのKh-22はこれより精度が悪くなると推定されます。

 1960年前後の古い設計のKh-22に新たにGNSS(GPSやグロナスなど)誘導装置が改修で搭載されたという話は聞きません。Kh-22から派生した後継型Kh-32でもそのような改修の話は確認できません。昨年のKh-22の対地攻撃投入開始時点ではGNSS搭載改修の可能性も疑っていたのですが、これを裏付けるロシア側の資料は発見できませんでした。

Kh-22巡航ミサイルは弾道ミサイルに近い速度で急降下する

 なおロシア側が意図的な攻撃ではなかったとする釈明は幾つかの説が流されています。

  1. 集合住宅が破壊されたのはガス爆発のせいだ
  2. ウクライナ軍の地対空ミサイルの誤射だ
  3. ロシア軍のミサイルがウクライナ軍の迎撃で軌道が大きく変わった

 このうち1のガス爆発は根拠がありませんし、破壊痕が幅は狭いが9階から2階まで粉砕する状況からは考え難いでしょう。2の誤射の可能性については、地対空ミサイルには9階建ての高層住宅を完全に崩落させるほどの凄まじい破壊力はありません。3の「迎撃でミサイルの軌道が大きく変わった」については、Kh-22巡航ミサイルが「弾道ミサイルに近い」という特性を理解すれば違うと判断できます。

湾岸戦争での対弾道ミサイル迎撃戦闘での事例

MIM-104 Patriot vs Scud/Al Hussein SRBM Operation Desert Storm

 この参考動画は湾岸戦争(1991年)でのパトリオット防空システムの対弾道ミサイル迎撃戦闘の様子です。この時のパトリオットはまだ弾道ミサイルのような高速目標に対応しておらず、近接爆破のタイミングが遅く効果が低く、命中しているように見えてもスカッド弾道ミサイルを破壊しきれず、弾体は崩壊しましたが本体から分離した弾頭はそのまま落ちて来て地上に被害が出ている様子が分かります。

湾岸戦争の対弾道ミサイル迎撃戦闘、動画のキャプチャーから
湾岸戦争の対弾道ミサイル迎撃戦闘、動画のキャプチャーから

湾岸戦争の対弾道ミサイル迎撃戦闘、動画のキャプチャーから
湾岸戦争の対弾道ミサイル迎撃戦闘、動画のキャプチャーから

 この時の戦訓を元に「最終突入段階では高空から高速で降って来る弾道ミサイルは完全に破壊しないと阻止できない」と気付いたアメリカ軍は、対抗策として体当りの直撃方式で目標を粉砕するPAC-3迎撃ミサイルをパトリオット防空システムに新しく用意します。

 そしてロシア軍のKh-22巡航ミサイルも短距離弾道ミサイルに近い速度で突入してきます。一般的な巡航ミサイルは低空を這うように飛んで来るものですが、Kh-22は違います。高高度飛行モードでは高度2万7000メートルを最大速度マッハ4.6で飛んで来るKh-22は、ウクライナ軍の防空装備では中間段階の巡航中はとても迎撃できません。迎撃が可能な機会は最終突入段階しかないでしょう。それはほぼ短距離弾道ミサイルに近い迎撃困難な高速目標です。

 つまり弾道ミサイルに近い高空から高速で急降下突入して来るKh-22は、上で説明したスカッド弾道ミサイルの迎撃と同じような問題を抱えています。弾頭部分を完全に破壊しないとそのまま落ちて来て地上被害が出てしまうのです。

 だから「ロシア軍のミサイルがウクライナ軍の迎撃で軌道が大きく変わった」ということは考え難いのです。Kh-22は迎撃ミサイルの近接爆破をものともせずに突破してそのまま落ちて来た、単に迎撃に失敗しただけで軌道はほとんど変わっていない、迎撃してもしなくても結果が同じだったと考えられます。

 もしも飛んで来た巡航ミサイルがカリブルやKh-101のような一般的な巡航ミサイルであれば、低空を水平に巡航して飛んで来るので、迎撃で撃墜すれば残骸が狙われていた地点とは全く違う場所に落下してしまうケースは十分に有り得ます。

 ですがKh-22はそのような一般的な巡航ミサイルではないので、最終突入段階での迎撃では弾道ミサイルと同様の目標だと理解する必要があるのです。

 最終突入段階のKh-22相手に「迎撃されて軌道が大きく変わった」という説明は通らず、ドニプロの集合住宅の被害の責任はロシアにあります。ペレモハ団地は高層住宅が立ち並んでいる大きな住宅街で、着弾箇所が多少ずれた程度では何処に落ちても民間人に被害が出ます。そもそも命中精度の悪過ぎるミサイルを住宅街で使用した時点で無差別攻撃であり、戦争犯罪になります。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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