日本は冷戦時代の核戦争の脅威下でも核シェルターが全く普及して来なかったことで知られています。一般的によく引用される数字は核シェルターの販売と普及を目指す「日本核シェルター協会」が調査した数字ですが・・・

《核シェルター普及率》

スイス:100%

イスラエル:100%

ノルウェー:98%

アメリカ:82%

ロシア:78%

イギリス:67%

シンガポール:54%

韓国のソウル市:323.2%

日本:0.02%

出典:日本核シェルター協会

 しかしスイスやイスラエルはともかく、アメリカ、ロシア、イギリス、ソウルの数字には大きな違和感を覚えます。特にイギリスは冷戦時代から核シェルターの普及に不熱心だったことで広く知られており、基本方針は日本と大きな違いが無かったはずだからです。

 以下はイギリスを代表する歴史研究者のデービッド・エジャートン教授が2020年3月にガーディアン誌に寄稿したコラムを、キングス・カレッジ・ロンドンに転載されたものです。全体的な文脈はイギリス政府の新型コロナ対策に関するものですが、核シェルターの建設について比較する書き方がされています。

As with the second world war, the UK endured the cold war without building mass shelters for the population. New atomic bunkers were built only for carrying on the limited business of government, not for the people.

「第二次世界大戦と同様、イギリスは国民のために大量のシェルターを建設することなく、冷戦を耐え抜いた。」

In 1980, responding to mounting political pressure, the government published Protect and Survive, a booklet about civil defence that informed citizens about how to protect themselves during a nuclear attack. The booklet suggested things such as painting windows to reflect radiation, staying at home and finding the safest place in the house to shelter. It was both ridiculed and criticised by the CND and others as a ludicrously inadequate response to the threat of nuclear war. Rightly so. Yet these criticisms rather missed the point. The pamphlet wasn’t a serious response to the nuclear threat, but a PR exercise in light of the real policy: no shelters would be built.

「政府は1980年、高まる政治的な圧力を受けて、核攻撃から身を守るための市民防衛に関する小冊子「Protect and Survive(防護と生存)」を出版した。この冊子では、放射線を反射するための窓ガラスの塗装※、家にいること、家の中で最も安全な場所を探して避難することなどが提案されている。この冊子は、核戦争の脅威に対して、CND(イギリス核軍縮キャンペーン)やその他の団体から、馬鹿げたほど不十分な対応であると揶揄され、批判された。それはその通りである。しかし、こうした批判はむしろ重要な点を見逃していた。このパンフレットは、核の脅威への真剣な対応ではなかったが、『シェルターを作らない』という現実の政策に照らしたPRであった。」

出典:When it comes to national emergencies, Britain has a tradition of cold calculation | By Professor David Edgerton

※「Protect and Survive(防護と生存)」に書かれている窓ガラス塗装の実際の目的は核爆発時の「heat flash(熱閃光)」対策。

 デービッド・エジャートン教授はこのイギリス政府の政策を結果的に正しかったとしています。何百万トンものコンクリートがシェルターではなく建造物や道路に有効活用され、経済的に良い状態になったと評価しています。

 この考え方はともかくとして、「イギリスは核シェルター建設に不熱心だった」という事実は間違いないと言えるでしょう。すると日本核シェルター協会の主張する「イギリスの核シェルター普及率67%」という数字と整合性が付きません。67%は非常に高い数字です。何らかの間違いだと思われます。

 以下はやや古いですが2009年に投稿されたスイスインフォの記事です。スイスの核シェルター普及率は世界一であると自慢する内容で、他国と比較した数字が掲載されてあります。

In 2006, there were 300,000 shelters in Swiss dwellings, institutions and hospitals, as well as 5,100 public shelters, providing protection for a total of 8.6 million individuals – a coverage of 114 per cent.

「2006年、スイスの住居、施設、病院に30万個のシェルターがあり、5100個の公共シェルターがあり、合計860万人の保護を提供しました。これは(人口の)114%をカバーしています。」

The Swiss are undoubtedly world champions in the construction of shelters. A quick international survey is enough to demonstrate that no other country can rival it.

「スイスは、間違いなくシェルター建築の世界チャンピオンです。国際的な調査をすれば、これに匹敵する国は他に無いことがわかります。」

The closest are Sweden and Finland. But with 7.2 and 3.4 million protected places respectively (representing approximately 81 per cent and 70 per cent coverage), they are still far behind.

「最も近いのはスウェーデンとフィンランドです。しかし保護されている場所はそれぞれ720万人分、340万人分であり(約81%、70%の保護率)、まだ大きく遅れをとっています。」

The situation in other European countries does not even compare. In Austria, for example, coverage is 30 per cent, but most of the shelters do not have a ventilation system. In Germany, the national level of coverage is a mere three per cent.

「他のヨーロッパ諸国の状況とは比較になりません。例えばオーストリアでは保護率は30%ですが、ほとんどのシェルターには換気システムがありません。ドイツでは全国的な保護率は僅か3%です。」

Outside Europe, fallout shelters are common in China, South Korea, Singapore, India and elsewhere, but nowhere does coverage exceed 50 per cent. In Israel, there are shelters for two-thirds of the population, but in many cases these structures are simply concrete shells with openings, therefore not completely fallout-proof.

「ヨーロッパ以外では、中国、韓国、シンガポール、インドなどに核シェルターがありますが、保護率が50%を超えているところはありません。イスラエルでは人口の3分の2のシェルターがありますが、多くの場合、コンクリートシェルに開口部を設けただけで、完全な耐放射性降下物構造ではありません。」

出典:Bunkers for all - swissinfo (July 3, 2009)

 もしも「イギリスの核シェルター普及率67%」が事実ならば世界でも上位に入る高い数字の筈ですが、しかし実際のイギリス政府の核シェルター政策は不熱心だったことは前述のとおりです。

 また「韓国ソウル市の核シェルター普及率323.2%」も正しくはありません。323.2%という数字はソウル市が報告した数字でもあるのですが、実はこれは核シェルターではないあらゆる地下施設が含まれた数字です。

민방위대피소 지정 기준은 정부·지방자치단체 및 공공단체 소유의 지하시설(지하철역, 지하주차장, 지하차·보도, 지하상가 등)과 민간 소유시설 중 방송청취가 가능하고 60m2 이상의 면적을 갖춘 시설(아파트 지하주차장 등) 등이다.

「民間防衛避難所指定基準は、政府・地方自治団体および公共団体所有の地下施設(地下鉄駅、地下駐車場、地下車道・歩道、地下商店街など)と、民間所有施設のうち放送を聞くことが可能で60平方メートル以上を備えた施設(アパート地下駐車場など)などです。」

出典:서울 대피소 323%확보, 1000만 수용가능..대피소 위치 평소 확인해야 (2015. 08. 24.)

 この指定基準でよいなら、日本の東京の避難所(シェルター)の普及率の数字は跳ね上がる筈です。少なくとも0.02%などという数字にはならないでしょう。地下施設ならなんでもよいというならば、100%を超えている可能性もあります。

 つまり日本核シェルター協会の調べた数字は、核シェルターを売りたいがための宣伝用に大きく誇張されたものです。各国の核シェルター普及率の比較としては全く使えません。