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F-35がカナダに帰還。10年の時を無駄にして次期戦闘機に再決定

JSF軍事/生き物ライター
WkipediaよりカナダF-35模型。Ahunt氏撮影、2010年8月28日

 3月29日(現地時間28日)、カナダ政府は次期戦闘機選定でロッキード・マーティン社のF-35A戦闘機を決定しました。88機の購入を目指して、アメリカ政府との調達プロセスの最終段階の交渉を開始します。 Public Services and Procurement Canada (カナダ公共事業・調達省の告知)

 なお昨年12月1日にカナダ次期戦闘機選定からボーイング社のF/A-18E戦闘機が排除された時に既に、F-35が勝利する結果は誰もが予想していました。選定には対抗馬としてSAABグリペン戦闘機がまだ残っていましたが、性能面などを考慮するとF-35が相手だと勝ち目はありませんでした。

 カナダは2012年にF-35の購入を撤回してから10年経って再びF-35を選びました。その紆余曲折の歴史は以下の通りです。

【カナダ次期戦闘機選定の主な経緯】

  • 2010年07月・・・F-35購入をハーパー政権が決定。
  • 2011年03月・・・F-35購入がカナダ政界で政治問題化。
  • 2012年12月・・・F-35決定を撤回、F-35を含めて再検討。
  • 2013年06月・・・SAABグリペンが撤退(後に復帰)。
  • 2014年12月・・・F-35再検討の報告書を発表。※1
  • 2015年11月・・・F-35除外を掲げたトルドー政権が発足。
  • 2016年12月・・・次期戦闘機までの中継ぎにF/A-18Eを暫定的に選定。
  • 2017年12月・・・中継ぎ用のF/A-18E購入を取り消し。※2
  • 2018年11月・・・ダッソー・ラファールが撤退。※3
  • 2019年07月・・・次期戦闘機選定の正式な提案依頼書を提示。
  • 2019年08月・・・エアバス・ユーロファイターが撤退。※4
  • 2021年12月・・・ボーイングF/A-18Eを候補機から完全に除外。※2

出典:カナダ次期戦闘機選定からF/A-18Eが脱落。F-35とグリペンの一騎打ちへ(2021年12月3日)

  • 2022年03月・・・F-35が次期戦闘機に決定。88機購入予定。←New

 カナダ政界は大論争の果てに10年の時を無駄にしてF-35に戻ったのです。空軍は一貫してF-35を望んでいたにもかかわらずにです。F-35除外を選挙公約に掲げて首相に当選したトルドー氏は、公約を撤回する羽目になりました。

 なおドイツと異なり、カナダは最近のロシアによるウクライナ侵略を理由として急にF-35に決めたわけではありません。2014年のロシアによるクリミアおよび東部ウクライナ侵攻の時点で、カナダはF-35に戻ろうとする強力な力が働き始めていました。カナダは自らの甘い認識が間違っていたと、この時に既に深く理解したからです。

 以下は2014年12月にカナダで秘密指定を解除されて公表された、F-35再検討の報告書の要約と解説です。

  1. 低強度紛争への介入なら候補4機種のどれを選んでも同じ
  2. 唯一の例外とはロシアとの戦争でカナダ上空が戦場となる場合
  3. 候補4機種のうち1機種が対空防衛能力で傑出している=F-35を指す

 報告書にある「カナダが他国の軍事侵略の対象となる可能性はまずない」とされている他国とは、名指しされていませんが明らかにロシアのことを指しています。つまりカナダはロシアとの本格的な戦争など起こるはずがないとタカを括っており、地域紛争レベルの小規模な海外派兵で空爆を行うならばステルス能力など必要が無い、弱い相手と戦争をするなら従来型の戦闘機でも別に構わないというのがこの報告書の内容です。

 候補4機種の中でステルス戦闘機はF-35のみです。よってこの中で対空防衛能力が傑出している1機種とはF-35であることは誰の目にも明らかです。カナダの報告書はF-35の能力が傑出してることを暗に認めていますが、その能力の高さは強い相手=ロシアでないと発揮する意味が無いとしています。この報告書は唯一の例外であるロシアとの戦争を想定したケースならば、F-35が最も有効だとしているのです。

 しかしこの報告書の大前提である「ロシアとの戦争の可能性」は皮肉にも2014年に急激に高まります。2014年に発生したロシアによるクリミア侵攻と東部ウクライナ侵攻という大事件は、この21世紀に先進国が領土を目的とした侵略戦争を行うことが有り得ると全世界に示しました。カナダの報告書は2014年末に秘密指定を解除されているので、つまりそれ以前に書かれており、ロシアが2014年に行った侵略行為が内容に反映されていません。だからロシアとの戦争などありえないなどと能天気な事を書いても許されたのでしょう。しかし今や国際情勢は激変し、カナダはNORADやNATOの一員として本土防空戦やヨーロッパ上空での戦いを考慮しなければならなくなりました。

出典:カナダは再びF-35戦闘機を選ぶのか(2019年6月27日)

 カナダは2014年に公開した報告書で、ステルス戦闘機であるF-35が性能面で傑出していること、もしロシアが戦争の相手ならばカナダ次期戦闘機はF-35一択であることを実質的に述べていました。しかしクリミア侵攻が起きる前に書いていたので、ロシアと戦う可能性はまずないだろう「極めて例外的なシナリオだ」という能天気な説明がされている内容だったのです。

 もうそのような甘い見通しは許されません。カナダはロシアと戦争を行う可能性を本格的に考慮しなければなりません。すると次期戦闘機はF-35一択であるという結論は、この2014年に公開した報告書で既に述べられていたのですから、F-35がカナダに戻って来ることは、この時に既に決定していたも同然だったと言えます。

関連:ドイツが新しい「核攻撃機」をF-35ステルス戦闘機に変更(2022年3月1日)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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