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ベラルーシにロシア軍が核ミサイルを置いても大して意味が無い

JSF軍事/生き物ライター
ロシア国防省公式動画よりイスカンデル短距離弾道ミサイル

 緊迫するウクライナ情勢で、ロシアは要求をNATOが呑まなければ「軍事技術的措置」を取ることもあり得ると脅迫を行っています。この「軍事技術的措置」とは何なのか一部で憶測が広がっていますが、その中に「ベラルーシに核ミサイルを配備するのではないか」という推測があります。「ロシア本国からよりも欧州への弾着時間が短くなる」という理由です。

 しかし実際にはベラルーシに核ミサイルを置いてもあまり大した意味はありません。全く意味が無いというわけではありませんが、新鮮さが無く今更で、NATOはあまり脅威には思わないでしょう。理由は幾つかあります。

  • カリーニングラードにイスカンデルを配備済み(ベルリンに届く)
  • ベラルーシからイスカンデルを発射してもベルリンに届かない
  • ベラルーシは東西500kmで、弾道ミサイルでは数分の距離

前提条件:ロシアは中距離弾道ミサイルを持っておらず、また飛行速度が遅い巡航ミサイルでは弾着時間がそもそも長過ぎるので除外すると、べラルーシに置く核ミサイルはイスカンデル短距離弾道ミサイルを想定することにします。なおイスカンデルの射程はINF条約制限内の500km未満とされていますが、NATO側はINF条約破棄以前からイスカンデルの実際の射程は700kmある違反兵器と疑っていましたので、両方の想定を行います。

Google地図より筆者作成。ベルリンから500km、700kmの半径
Google地図より筆者作成。ベルリンから500km、700kmの半径

ロシア飛び地カリーニングラード

 ロシアはベラルーシよりもNATO諸国に近い位置に飛び地カリーニングラード(リトアニアとポーランドの間)という領土を持っています。そしてカリーニングラードからはドイツの首都ベルリンがイスカンデルの射程範囲に収まります。射程500km想定だとぎりぎり、700km想定なら十分余裕があります。運用上、国境線ぎりぎりでは相手から丸見えになるので配置は非現実的です。

 本来は国境線に近い狭い場所に配置すると移動発射機が簡単に発見されてしまい発射前に撃破されてしまうので、カリーニングラードのような狭い土地に弾道ミサイルを置くのは不適当です。しかし敵から先制攻撃をされることが無いと確信し、自分が先制攻撃をする側だという想定の視点に立つと、たとえ位置が短時間で露呈しても発射準備に時間が掛からない固体燃料のミサイルならば、最初の一撃を発射する時間くらいならば確保は可能です。

 既にカリーニングラードにはロシア軍のイスカンデルが配備されています。するとベラルーシにイスカンデルを配備したところで今更ということになります。

同外相によるとイスカンデルは改良されて最大射程が700キロに延び、カリーニングラードからドイツの首都ベルリン(Berlin)が射程内に入る。同外相は、ロシアは今回の配備によって西側諸国に譲歩を迫る意図があるとの見方を示した。

出典:ロシア、カリーニングラードに弾道ミサイル NATO諸国反発:AFP(2016年10月9日)

ベラルーシからベルリンを狙えないイスカンデル

 イスカンデルをベラルーシに置いた場合、射程500km想定だとドイツの首都ベルリンには届きません。射程700kmだとぎりぎりですが、国境線ぎりぎりに配置するのは前述のように非現実的な運用です。つまりイスカンデルでベラルーシからベルリンを狙うことは非現実的です。

ベラルーシは東西500kmで、弾道ミサイルでは数分の距離

 仮に「ベラルーシに核ミサイルを配備する」利点が「ロシア本国からよりも欧州への弾着時間が短くなる」というならば、短くなった時間はどれだけで、その時間差で何が違うのかを検証しなければなりません。

 ベラルーシという国は東西500kmほどの大きさの国です。つまりベラルーシからミサイルを発射すれば、ロシア本国からミサイルを発射するよりも500km分だけ敵国に近くなります。そして弾道ミサイルで500kmとは、短距離~準中距離級ならば数分程度の飛行時間の違いです。

 例えば飛行時間6分の短距離弾道ミサイルと飛行時間9分の準中距離弾道ミサイルで、何がどう違うのでしょうか? 弾着までの時間が僅か3分短くなったからといって、どのような利点があるのでしょうか? はっきり言ってしまえば大した違いはありません。ベラルーシに核ミサイルを置いて得られる利点はあまり無いのです。

 むしろこの程度の差なら、味方の防護が厚い後方に置ける射程の長い準中距離弾道ミサイルの方が核ミサイルとしては戦略性の高いより有効な装備となるでしょう。攻撃用のミサイルは近い場所に置けば近いほど有利というわけではありません。敵戦闘機の空爆圏内に入るほど近いと運用に支障が出てしまいます。

 ただし現在ロシアは中距離弾道ミサイルを保有していないので、こういった直接比較はできません。しかしアメリカは準中距離から中距離の各種新型ミサイルを開発中なので、ロシアも近い将来に配備する可能性はあります。

 現時点では「イスカンデルはカリーニングラードに配備済みなので、ベラルーシに配備してもNATOは新たな脅威が出現したとは思わない」という面が大きいでしょう。それどころかNATOはベラルーシへのイスカンデル配備を口実に「ポーランドへの核兵器シェアリングを実施、F-35A戦闘機用のB-61戦術核爆弾の配備」というオプションを取る可能性があります。

 それはロシアにとって完全に藪蛇です。ステルス核攻撃機の最前線への出現は、イスカンデル配備と引き換えにするにはむしろロシアの方に損が多く、割に合いません。

関連記事:ウクライナ危機とキューバ危機の違い:ミサイルの射程

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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