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ウクライナ危機とキューバ危機の違い:ミサイルの射程

JSF軍事/生き物ライター
アメリカ陸軍資料よりMRCタイフォン中距離ミサイルシステム

 2021年11月末から2022年2月の今現在も続いているウクライナ危機と、1962年のキューバ危機を準えて説明する動きが一部にあります。例えば駐日ロシア大使は次のようにインタビューに答えています。

ガルージン駐日ロシア大使

「もしウクライナがNATOの加盟国になるとすれば、例えばモスクワまでのミサイル到達時間が数分間まで短縮されてしまう。それは明らかに脅威ですよ」

出典:駐日ロシア大使単独インタビュー “ウクライナNATO加盟は脅威”:TBSニュース

 しかしこの説明は明らかに間違っています。何故なら、ウクライナに置いて戦術的に意味のあるアメリカ軍の攻撃用のミサイルが存在しないからです。置く意味が無いので、置く動機がありません。

モスクワからの距離と短中距離ミサイルの射程

Google地図より筆者作成。モスクワからの距離
Google地図より筆者作成。モスクワからの距離
  • 射程500km・・・PrSM短距離弾道ミサイル
  • 射程700km・・・PrSM短距離弾道ミサイル(改良型)
  • 射程1800km・・・MRCタイフォン中距離ミサイル(巡航型/弾道型)
  • 射程2775km・・・LRHWダークイーグル中距離ミサイル(極超音速)

 アメリカ軍はINF条約破棄後に中距離ミサイルの開発を進めており、近い将来に配備されます。これらのミサイルは対中国用に配備を計画しているので欧州に配備する予定はありません。しかも通常弾頭を予定しており核弾頭の搭載計画はありません。

 それでもロシアはアメリカの新しい中距離ミサイルを警戒しているのですが、そもそも中距離ミサイルを前線に近いウクライナに置く意味が無いのです。

LRHWダークイーグル中距離ミサイル(極超音速滑空兵器)

 LRHWは現在判明している限り2775kmの射程があるので、イギリスからでもモスクワに届きます。もし前進配備するとしてもドイツまでで十分でしょう。そもそもこれは対中国用であり、通常弾頭しか設定が無く核弾頭はありません。モスクワが脅える必要はありませんし、ましてやアメリカにとっても最前線のウクライナに置く意味が全くありません。

 せっかくの中距離ミサイルなのですから、もしも配備する場合は前線から遠い味方の防備が厚い安全な場所に置きます。意味も無く危険な最前線に配備する必要がありません。

MRCタイフォン中距離ミサイルシステム(巡航型/弾道型)

 MRCはドイツ東部からポーランドの範囲からでもモスクワが射程内です。しかしこちらも対中国用であり欧州に配備する計画はありませんし、核弾頭の設定もありません。

 MRCはトマホーク巡航ミサイルとSM-6弾道ミサイル型(艦対空ミサイルを対艦・対地型に改造)の2種類のミサイルを発射可能な地対地ミサイルシステムです。射程1800kmはトマホーク巡航ミサイルの有効射程で、SM-6弾道ミサイル型の射程は未発表です。

PrSM短距離弾道ミサイル

 PrSMはINF条約の範囲内で保有が許可される射程500kmの短距離弾道ミサイルとして計画されました。そしてINF条約破棄後に射程700kmに改良できる可能性が言及されています。

 赤円がモスクワから半径500km、黄円が700kmです。

Google地図より筆者作成。モスクワから半径500kmと700km
Google地図より筆者作成。モスクワから半径500kmと700km

 射程500kmのPrSM短距離弾道ミサイルだと、モスクワまで「ウクライナからは届くがバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア。NATO加盟国)からは届かない」という限定的な条件が生まれますが、国境線ギリギリ過ぎる上に範囲が非常に狭く、このような場所から発射する前提で配備するのはあまりにも非現実的です。

Google地図より筆者作成。赤円はモスクワから半径500km
Google地図より筆者作成。赤円はモスクワから半径500km

 攻撃用の短中距離ミサイルは移動して隠れながら居場所を晦ませて生存性を上げる運用です。最前線の狭い範囲に進出する運用を行った場合、敵に簡単に発見されてしまいます。本来は移動式弾道ミサイルの発射前撃破は非常に困難なのですが、ここまで条件が優しいならば短時間のうちに撃破が可能でしょう。あまりにも敵の目の前に近過ぎるのです。弾道ミサイルは最前線にある国境線ギリギリに配置すべき兵器ではありません。

 そしてPrSMが改良され射程700kmに延伸された場合、既にNATOの加盟国のラトビアからでもモスクワは射程圏内なので、わざわざウクライナに置く意味は特にありません。

 しかもモスクワ-ラトビア間とモスクワ-ウクライナ間の距離の差はせいぜい140km程度です。射程700km級の短距離弾道ミサイルで140km分の飛行距離は数十秒程度でしかありません。

「もしウクライナがNATOの加盟国になるとすれば、例えばモスクワまでのミサイル到達時間が数分間まで短縮されてしまう。それは明らかに脅威ですよ」

ガルージン駐日ロシア大使

 ガルージン大使の主張を再度見返してもおかしいと分かる筈です。既にNATOの加盟国のラトビアからでもモスクワまで数分間で飛べます。そしてウクライナに新たに置いたとしても数十秒程度しか短縮できません。つまり何も変わらないのです。ただしそれ以前の話として、NATOはラトビアやウクライナから短距離弾道ミサイルでモスクワを狙うような真似をしようと思わないでしょう。

 そもそもの話として短距離弾道ミサイルでモスクワを狙おうという発想は無謀です。PrSMには核弾頭が用意されていないので通常弾頭を撃ったところで大した意味はありません。仮に戦術核弾頭を搭載したとしても、モスクワ周辺の濃密な対空ミサイル陣地を考えると、通常の大気圏内用の防空システムであるS-400地対空ミサイルやS-300V地対空ミサイルでもほぼ撃墜されてしまうでしょう。モスクワは目標として防空網が厚すぎるので、通常の大気圏内用の防空システムを無力化できるICBMで狙った方が効率的です。(ICBMは非常に高速なため、特別な迎撃システムでないと対応不可能。)

 短距離弾道ミサイルでも飽和攻撃を狙って多数を用意すれば強力な防空網相手でも突破確率は高まりますが、発射可能範囲が狭いと多くの発射車両を進出させると目立つので発射前に撃破されやすく、少数しか進出できなければ飽和攻撃は狙えないという結論になります。

関連記事:ベラルーシにロシア軍が核ミサイルを置いても大して意味が無い ※逆の立場の視点から

「仮に戦術核弾頭を搭載したとしても」を記事UP後に追加挿入。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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