12月1日、カナダ次期戦闘機選定からボーイング社のF/A-18E戦闘機が正式に除外されました。これは4年前に旅客機の販売でボーイングがカナダ企業ボンバルディアと揉めて、カナダ政府と関係が悪化したことが理由だと推測されています。

Government of Canada announces key milestone in process to replace Canada’s fighter jets | Public Services and Procurement Canada

 カナダ公共事業調達省は直接的にボーイング社のF/A-18Eが除外されたとは説明せず、除外の理由にも触れず、最終選考に残った戦闘機はロッキード・マーティン社のF-35とSAAB社のグリペンの二候補のみだと公表しました。

 カナダ次期戦闘機選定は候補機が次々と撤退ないし排除される異例の事態となっています。ラファール、ユーロファイター、F/A-18Eが候補から次々と消えてしまい、排除される筈だったF-35が再び有力候補に返り咲き、最終的に誰も予想していなかったF-35とグリペンの一騎打ちとなりました。なおグリペンは有力候補とは見做されていません。

【カナダ次期戦闘機選定の主な経緯】

  • 2010年07月・・・F-35購入をハーパー政権が決定。
  • 2011年03月・・・F-35購入がカナダ政界で政治問題化。
  • 2012年12月・・・F-35決定を撤回、F-35を含めて再検討。
  • 2013年06月・・・SAABグリペンが撤退(後に復帰)。
  • 2014年12月・・・F-35再検討の報告書を発表。※1
  • 2015年11月・・・F-35除外を掲げたトルドー政権が発足。
  • 2016年12月・・・次期戦闘機までの中継ぎにF/A-18Eを暫定的に選定。
  • 2017年12月・・・中継ぎ用のF/A-18E購入を取り消し。※2
  • 2018年11月・・・ダッソー・ラファールが撤退。※3
  • 2019年07月・・・次期戦闘機選定の正式な提案依頼書を提示。
  • 2019年08月・・・エアバス・ユーロファイターが撤退。※4
  • 2021年12月・・・ボーイングF/A-18Eを候補機から完全に除外。※2

※1・・・F-35購入を再検討し、F-35を含めた4機種(F-35、ユーロファイター、ラファール、F/A-18E)で比較した報告書。AFP通信の報道の内容を要約すると「カナダがロシアと戦う気が無いならF-35以外でも、どの機種を選んでも大した差はない」「ロシアと戦う気なら4機種のうち1機種が、特に将来の対空防衛に対抗する能力で傑出している(暗にF-35のステルス能力を指す)」というもの。

 2014年12月に報告書の秘密指定が解除されて公開されているので、それ以前に書かれている。2014年2月にロシアがウクライナ侵攻を行い、カナダがロシアと戦う危険性が急激に高まった国際情勢の変化が反映されていない可能性。

※2・・・ボーイングが「ボンバルディアはカナダ政府から違法な補助金を支給されアメリカでCシリーズ(旅客機)を不当に安い価格で販売している」と訴えてアメリカ政府がCシリーズに制裁関税を掛ける決定を行い、カナダ政府が激怒。F/A-18E戦闘機の製造会社ボーイングとの関係が悪化。

 なおボンバルディアはエアバスと提携しCシリーズはエアバスA220と改称、製造工場をアメリカ国内とすることで制裁関税は回避。

※3・・・ダッソーはフランス製戦闘機は「NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)の要件に適合する改修費用が高く付く」のでライバル機に勝てそうにないとラファールの応募の意向を取り下げ。

※4・・・エアバスは公式にはダッソーと同じくNORADへの要件適合の費用をユーロファイター応募取り下げの理由にしているが、ロイター通信の報道による証言では「要求条件がF-35に有利過ぎる」ので出来レースから撤退したという。

 ユーロファイターが撤退した理由がロイター通信の報道の通りなら、グリペンにも勝ち目がありません。そもそもカナダは2014年のF-35見直し報告書で「カナダがロシアと戦う気があるならF-35の能力が傑出している」と評価済みです。カナダが同年のロシアによるウクライナ侵攻を軽視していないならば、ロシアと戦う覚悟があるならば、次期戦闘機はF-35になるでしょう。

 F-35が否定された後の最有力候補はF/A-18Eでした。代替されるカナダ空軍の現行型の古いF/A-18Aからの更新が最も円滑に行える同じ系統機種でしたが、ボーイングが旅客機の販売についてカナダ経済に打撃を与えようとしたという理由で政治的に排除されてしまいました。しかしこれはF/A-18Eを排除する表向きの理由に過ぎないのかもしれません。

 カナダ政府がF-35戦闘機の購入を一度決定しその後に撤回した2010~2015年の間は、F-35は開発が遅延し費用が増大して計画が危ぶまれている頃でした。しかしその後に状況は劇的に改善し、カナダF-35撤回の2015年から僅か数年後の現在では大きな不具合は殆どが修正され、700機以上を製造し量産効果により機体単価も下がり、運用経費も大幅に下がってきています。

 2020年5月11日のブルームバーグの記事によると、F-35戦闘機の重大な欠陥「カテゴリー1A」に分類された不具合は全て修正され改善済みと報告されています。

 2021年6月30日のスイス次期戦闘機の決定では「F-35Aは総合的な実用性が最も高く圧倒的に安価」と評価されています。この高評価は候補4機種(ユーロファイター、ラファール、F/A-18E、F-35)の中での話ですが、機種がカナダ次期戦闘機選定と多くが被っています。

 カナダがF-35を拒否する根拠はもう既にありません。ですがF-35購入の否定はトルドー政権の重要な選挙公約でした。それを覆すとなると政治的な批判は免れません。しかし僅か数年でF-35の状況は劇的に改善され、そしてF-35が強く必要となる国際情勢の急激な変化が起きてしまった以上、公約の撤回という決断は正しいように思われます。

 ただし2014年に発生したロシアによるクリミアおよび東部ウクライナへの侵攻は、トルドー政権発足の前年の出来事です。F-35に回帰した場合、この情勢変化を選挙公約に反映させることができなかったという認識の甘さは突かれることになるでしょう。

 もしもトルドー政権があくまで当初の公約を推し進めてF-35を選ばずグリペンを選んだ場合は、軍事的な面で批判に晒されることは必至です。グリペンは候補の中でも最も小型な戦闘機で運用コストは安いのですが、性能面では限界があります。国土面積が小さな国ならば向いているのですが、広い国土のカナダには相性が悪いと見做されています。

  • グリペンE・・・自重8トン
  • F-35A・・・自重13.3トン
  • F/A-18E・・・自重14.5トン
  • CF-105・・・自重22.2トン ※1958年のカナダ国産戦闘機、不採用

 冷戦時代の初期にカナダが作ろうとした国産戦闘機アブロ・カナダCF-105アローは非常に大きな巨人戦闘機で、カナダが理想とするのは大型戦闘機であったことがよく分かります。グリペンはこれと対極にある発想の小型戦闘機で、カナダ向きではないと思われています。

 国土が広大なカナダは航続距離が長い大型戦闘機が適しており、エンジンが故障しても帰還できる確率の高い双発エンジンの戦闘機が理想的です。しかしF-35は単発エンジンですが購入できるステルス戦闘機が現在これしかないので、カナダ空軍はF-35を熱望しています。2015年12月のトルドー政権発足直後にサージャン国防相はF-35排除の拒否を表明するほど、カナダ軍内部では性能面でF-35を推す声が強いのです。

But the Liberal government backed away from the promise to freeze out the F-35 and that aircraft is now seen as a top contender in the competition as it has many supporters in the Royal Canadian Air Force.

和訳:しかし、自由党政権はF-35を排除するという公約を撤回し、カナダ空軍に多くの支持者がいることから、F-35はコンペの最有力候補と見られています。

出典:Government to decide whether to pick new fighter jet outright or ask bidders for better deal | Ottawacitizen

 それでも文民統制の元に政治的な理由でF-35以外が選ばれる可能性はあります。しかし非ステルスかつ単発エンジンのグリペンでは、空軍の不満は増大することになるでしょう。非ステルスを選ぶなら何故せめて双発エンジンのF/A-18Eかユーロファイターではなかったのだと追及されることになります。どうして候補から双発戦闘機がラファールも含め3機種もことごとく消えてしまったのか、選定の経緯が問われるでしょう。

 果たしてカナダ次期戦闘機選定の最終局面となったF-35とグリペンの一騎打ちに大どんでん返しはあるのでしょうか。結果は来年に発表されます。

【関連】カナダは再びF-35戦闘機を選ぶのか(2019年6月27日)