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兵器のカタログスペックをそのまま信用してはならない理由

JSF軍事/生き物ライター
ロッキード社より・F-35は航続距離2800km「より上」、作戦半径1390km

 一般の商品と異なり、兵器のカタログスペックはそのまま信用してはいけません。というのも、敵に性能を知られていないほうが有利に戦えるので数値を誤魔化すケースがよくあるからです。

F-35戦闘機の航続距離は2200kmではない

 代表的な例はF-35戦闘機の航続距離の数値です。アメリカ空軍の公式発表では以下のようになっていますが、この記述には罠が仕込まれています。

Range: More than 1,350 miles with internal fuel (1,200+ nautical miles), unlimited with aerial refueling

(和訳)航続距離:機内燃料だけで1350マイルより上(1200海里+)、空中給油で無制限

出典:F-35A Lightning II | U.S. Air Force

 1350マイルは2170kmです。これをもってF-35戦闘機の航続距離は約2200kmと紹介されることが多く、日本の航空自衛隊も公式サイトでそのように表記しています。しかし「約2200km」では間違いになるのです。航空自衛隊はアメリカ空軍の記述をそのまま写しておらず、肝心な部分を書き忘れる記載ミスを犯しています。

航空自衛隊よりF-35A戦闘機のスペック表
航空自衛隊よりF-35A戦闘機のスペック表

主要装備 F-35A | 航空自衛隊より、航続距離の記述は間違い。

「~より上」「~以上」と書いておけば2倍でも3倍でも嘘ではない

 アメリカ空軍が公式サイトに掲載したF-35戦闘機の航続距離の表記には「more than(より上)」という記述があります。「greater than」、あるいは「+」や「>」といった記号でも似たような意味になりますが、「より上」とか「以上」などと書いておけば実際の数値が2倍でも3倍でも幾ら上回ろうと嘘は吐いていないということになります。実はF-35戦闘機の本当の最大航続距離は2200kmどころではなく、4000~5000kmあるいはそれより長い距離を機内燃料だけで飛べると推定されているのです。

 つまり「約2200km」ではアウトであり「>2200km」ならばセーフとなります。この表現が出てきた時はアメリカ軍は本当の数値を教えるつもりが無いというサインです。

戦闘行動半径の2倍が最大航続距離は有り得ない

 戦闘行動半径(作戦半径)とは目的地まで行って「戦闘して」帰ってくるわけですから、全力で飛び回る戦闘の最中に燃料を大量消費してしまうので、最大航続距離の半分の数値になることは絶対に有り得ません。戦闘行動半径は最大航続距離の3分の1~4分の1くらいの数値になるのが普通です。

ロッキード・マーティン公式サイトよりF-35A戦闘機の航続距離と戦闘行動半径
ロッキード・マーティン公式サイトよりF-35A戦闘機の航続距離と戦闘行動半径

F-35 Weaponry | Lockheed Martinより

 製造会社であるロッキード・マーティン社はF-35戦闘機を特集した自社の公式サイトで航続距離>2800km、戦闘行動半径1390kmだと説明しています。航続距離2800kmには「>」とあるので「より上」です。また2800kmという数値は空軍の公式サイトに記載された2200kmを超えてしまっています。これは戦闘行動半径1390kmを2倍したら2780kmですから、航続距離2200kmは同時に記載したら明らかにおかしいので修正したのでしょう。

 しかし前述のように戦闘行動半径の2倍が最大航続距離ということは絶対に有り得ないので、戦闘行動半径1390kmの3~4倍が本当の最大航続距離となる筈です。ゆえにF-35戦闘機の最大航続距離は4000~5000kmはあると推定できます。それより長いかもしれません。また戦闘行動半径1390kmは他機種の戦闘機と比べても全く遜色の無い数値で、少なくともこれだけの性能を発揮できるならばF-35戦闘機の飛行可能距離が短いなどとはとても言えません。

 それでも「航続距離2200kmより上」の「より上」という部分に気付かず2200kmという数値のみを信じて、F-35戦闘機の航続距離はF-15戦闘機やF-16戦闘機の航続距離4000~5000kmより短いと思い込む人は後を絶ちません。実際には従来機と同等以上の距離を飛べるにもかかわらず・・・しかしこれはアメリカ軍の思惑通りに騙せているとも言えます。

 なおF-35戦闘機には機外に吊るす落下式増槽(ドロップタンク)が計画されていましたが開発中止されています。機内燃料だけで5000km飛べるなら必要ないと判断されたのでしょう。もしF-35戦闘機の航続距離が2200kmだというならば、増槽を用意しないのは不自然な話です。実際には増槽が必要ないほど機内燃料搭載量が多く、航続距離が長いと考えるほうが自然です。

LRASM対艦ミサイルの射程は370km「より上」

 アメリカ海軍の新型対艦ミサイル「AGM-158C LRASM」の射程について、公式発表では開発元のDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が航空専門誌にコメントした「射程200海里(370km)より上」という数値があるだけです。また「~より上」です、これが付いている時点で数値を誤魔化す気です。しかし大手メディアですら「~より上」の意味にはなかなか気付きません。

豪州は海洋での防衛能力を高めるため、同盟国の米国から長距離対艦ミサイル「AGM-158C」を約8億豪ドルで購入する計画で、射程距離を約370キロメートルとこれまでの3倍に伸ばす。

出典:豪州、中国念頭に防衛戦略見直し-今後10年で約20兆円投じる | Bloomberg

 「これまでの3倍」とはおそらく既に装備中のハープーン対艦ミサイルと新しく購入したLRASM対艦ミサイルを比べているのだと思いますが、370km「より上」には気付いていない様子です。

 なおLRASMの本当の射程はアメリカ軍からは公式発表されていないので、アメリカ議会の報告書ですら「推定」しなくてならない事態となっています。

The exact range of the LRASM has not been publicly disclosed. For this analysis, CBO used a notional range of 600 km, roughly the midpoint between the publicly disclosed lower bound of the missile (370 km) and the range of the JASSM-ER on which it is based. 

(和訳)LRASMの正確な射程は公表されていない。この分析では、CBOは射程を600kmと想定したが、これは公表されているミサイルの下限値(370km)と、それの基であるJASSM-ERの射程のほぼ中間点である。

出典:Options for Fielding Ground-Launched Long-Range Missiles (地上発射長距離ミサイルの配備オプション) - アメリカ議会予算局(CBO)、PDF資料

 このアメリカ議会予算局の資料は、陸軍に地上発射型のJASSM-ER、LRASM、SM-6を装備させた場合を想定した効果と費用の見積もりが記載された2020年2月に提出された報告書です。

 LRASMは射程200海里(370km)より上と軍から発表されただけ、つまり370kmとはLRASMの最大射程の下限値です。そしてLRASMの原型であるJASSM-ER空中発射巡航ミサイルは射程500海里(925km)と公表済み、そこで対艦捜索用レーダーの搭載などで重量とスペースが取られて燃料の搭載量が減り、射程が若干落ちたと想定して中間くらいに数値を設定しています。つまり600kmという数値には明確な根拠がありません。

 軍からこっそりLRASMの射程の本当の数値を教えられて表向きは推測としているのか、あるいは軍事誌が推定した数値をそのまま掲載しているのか、議会予算局が独自に推定したのか、実際のところは分かりません。

 あるいはただ飛ぶだけなら原型のJASSM-ERと同じく925km飛べるが、移動する水上目標の索敵の為に蛇行飛行を想定し、有効射程に余裕を見て600kmとしている可能性もあります。亜音速のLRASMでもし900km飛ぶなら1時間くらい掛かってしまうので、目標の艦船は数十kmは移動しているので、探しに行く必要が出てきます。

 このようにアメリカ軍はF-35戦闘機の航続距離やLRASM対艦ミサイルの射程に「より上」と付けて公表し、本当の能力を隠そうとしています。こういった兵器のカタログスペック数値の偽装発表は常態化しており、むしろわざわざ「より上」と分かりやすいヒントを付けてくれるアメリカ軍は各国の軍隊の中では正直な部類かもしれません。どの国の兵器でも、カタログスペックの数値は正しいことも書かれてあれば間違ったことも書かれてあります。そのまま当局やメーカーの発表を鵜呑みにするのではなく、それが本当に正しいのか検証し推定する作業が必要になります。

 なお性能秘匿のために兵器のカタログスペック数値を低く見せる偽装のほかに、議会の予算を通す目的や輸出兵器の誇大広告で数値を高く見せる偽装もあります。

ロシア製の爆撃照準装置SVP-24(СВП-24)は「精密誘導爆弾並みの精度で無誘導爆弾を使用できる」とされていますが、これは明らかに事実ではありません。喧伝されるCEP数mという数字は宣伝目的の誇大広告と受け取るべきでしょう。

というのも、母機側の照準装置がいくら正確に機能したとしても、いざ爆弾投下時に母機の姿勢が乱れると誤差が生じてしまいます。投下後に風向きや風量が変化しても誤差が生じます。無誘導の自由落下爆弾では投下後に修正が効かないのです。投下高度が高ければ高いほど大きく外れてしまう結果になります。

これが精密誘導爆弾ならば操舵翼を動かして修正が効くので、母機の姿勢が乱れたり風向きや風量が変化しようと問題が無く、投下高度が高ければ高いほど修正する余裕が生まれて命中精度が高まります。無誘導の自由落下爆弾と決定的に違う部分がこれです。仮に「正確な照準装置で無誘導爆弾を落とす」場合と「正確な精密誘導爆弾を大雑把に落とす」場合を比べた場合、精密誘導爆弾の方は最後まで誘導を続けられるため、命中精度はこちらの方が上になります。機械の構造的な特性の問題で、この差は基本的に埋まりません。

つまり「精密誘導爆弾並みの精度で無誘導爆弾を使用できる」という謳い文句は有り得ないのです。風の変化が無く母機の姿勢も乱れない理想的な状態なら精度を近付けることは可能であっても、戦場で使う以上は望むべくもありません。風は変化し、対空砲火は撃ち上がり、過酷な状況が待ち受けています。

出典:SVP-24照準装置:筆者の外部ブログ

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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