イージスアショア計画停止の理由がブースター落下問題とされる違和感

参考写真:巨大なブースターを持つナイキJ地対空ミサイル ※Wikipediaより

 6月15日、日本防衛省はイージスアショア配備計画を停止しました。理由は山口県むつみ演習場への配備は海まで最短10kmと少し遠いので「迎撃ミサイルのブースターを演習場敷地内に落とす」運用だとこれまで説明して来たものの、ソフトウェアのプログラム改修だけでは済まずハードウェアの改修まで必要と判明し、多額の費用と長い開発期間が掛かるので現実的ではないと判断されたのです。

○ しかしながら、その後、引き続き米側との協議を行い、検討を進めてきた結果、本年5月下旬、SM-3の飛翔経路をコントロールし、演習場内又は海上に確実に落下させるためには、ソフトウェアのみならず、ハードウェアを含め、システム全体の大幅な改修が必要となり、相当のコストと期間を要することが判明した。

出典:イージス・アショアの配備について:防衛省(令和2年6月15日)

イージスアショアで運用されるSM-3迎撃ミサイルは推進部分が三段式の構造で、第一段ブースター、第二段ロケットモーター、第三段ロケットモーター、そしてキネティック弾頭に分かれています。第一段ブースターはMk72と呼ばれるアメリカ製で、この部分だけで重量は約700kgもあり、推進剤を使い切っても約250kgの残骸が落ちてくることになります。Mk72ブースターの燃焼時間は約6秒です。

出典:山口県配備イージスアショアは「ブースターを発射場内に落とす」運用(2018年8月30日)

 もう一つのイージスアショア配備予定地の秋田県新屋演習場は海と隣接しているのでブースターを海に落とすのは容易であり、現状のままでも問題はありません。しかし新屋演習場は市街地と隣接しており配備反対の声が大きく、防衛省は住民への説明会で間違ったデータを提示するなど不手際が続いて配備場所の再検討に追い込まれつつありました。それに加えて山口県配備予定地でも住民への説明が間違っていたことが判明した結果、イージスアショア計画の全てが停止に追い込まれました。

ブースター落下問題を計画全体の停止理由とする違和感

 迎撃ミサイルの命中精度に関係しない、推進剤が燃え尽きて投棄されたブースターに、多額の費用と期間を掛けて高度な誘導システムを組み込むのはあまりにも馬鹿らしいという説明はよくわかります。使い捨ての固体燃料推進なので回収して再利用できないのでなおさらです。ですが、配備場所を海沿いに変更してブースターを海に落とすならば容易なのに山口県配備予定地の変更を選択せず、すでに海沿いの場所である秋田県配備予定地まで含めて計画全体を停止するという説明には違和感があります。

 実際には山口県配備予定地のブースター落下問題は計画停止を言い出す口実に使われただけで、本当の理由は防衛省の説明不手際によって秋田県配備予定地で激化している配備反対の大きな声が原因だったのではないでしょうか? 

配備を急ぐ必要があったイージスアショア

 日本のイージスアショアは北朝鮮の核ミサイルの脅威が一気に急増した2017年に配備計画が決定されています。この年に北朝鮮は火星12号、火星14号、火星15号など大型のものを含む弾道ミサイルを16回発射、緊張が最高潮に達していた時期でした。もともと、新しい弾道ミサイル防衛システムとしてTHAADかイージスアショアを購入する方針は10年近く前から検討されていたので既定路線だったとは言えますが、決定自体は急遽決まったのは明らかに北朝鮮のミサイル示威行動が原因です。特にアメリカ本土まで届く火星14号と火星15号の大陸間弾道ミサイルの登場は深刻な問題でした。アメリカの武力行使を招く原因になりかねない存在だったからです。

 イージスアショアは配備をなんとしてでも急ぐ必要がありました。沖縄県普天間基地の辺野古移転はいくら計画が遅れようと海兵隊の戦力的な意味では全く困りませんが(あくまで戦力的な話)、イージスアショアは朝鮮半島有事が起きる前に間に合わせないといけません。それなのに秋田県配備問題の不備で計画が遅れることが濃厚になったので、全て撤回して最初からミサイル防衛計画をやり直した方が早いと判断されたのではないでしょうか? 山口県配備のブースター落下問題は最後の一押しに過ぎず、本当の理由はこの辺りにあるのではないかと推測します。

残骸の落下と核爆発の被害を同列に論じる違和感

 また北朝鮮の核ミサイルを迎撃する目的で配備される弾道ミサイル防衛システムの意義と比べると、推進剤を使い切って爆発もしないブースターの落下被害は比較としては釣り合わないように思えます。核爆発の被害と残骸の落下を同列に論じる違和感はどうしても拭えません。

 例えばPAC-3迎撃ミサイルは一段式でブースターは落としませんが、終末段階で迎撃するので目標の撃破に成功しても残骸は市街地に降ってきます。しかし核爆発の被害に比べれば残骸の被害など比べ物にならないので、迎撃戦闘を行うなと非難する声は出て来ないでしょう。

迎撃戦闘でのブースター落下をあまり気にしない諸外国

 欧州イージスアショアはルーマニアとポーランドの内陸に配備され、推進部分が三段式のSM-3迎撃ミサイルは第一段ブースターだけでなく第二段ロケットや第三段ロケットの残骸が何所かの陸地に降ってきます。しかしあまり気にされていません。迎撃戦闘の意義に比べたら残骸の落下などどうでもよいことだと考えているからでしょう。

 イージスアショアと比較する候補になっていた弾道ミサイル防衛システムのTHAAD迎撃ミサイルは推進部分は一段式ですが弾頭分離式で、迎撃弾頭を切り離したらブースターが落ちてきます。これもやはりブースター落下の問題が出てきますが、アメリカでは問題視する声がありません。

 また欧州メーカーのMBDA社が開発したSAMP/T地対空ミサイルシステムのアスター迎撃ミサイルは二段式で大きなブースターが投棄されますが、配備が進むフランスやイタリアなどでブースター落下が大きな問題になったという話は聞きません。

 日本でも過去に巨大なブースターを投棄するナイキ・ハーキュリーズ地対空ミサイルの日本仕様ナイキJを配備していた時期があります。大型爆撃機迎撃用のナイキJ地対空ミサイルのブースターは重量2トンを超える大変に巨大なものでしたが、そんなものが落ちてくるのに当時は別に気にされていませんでした。一体何時から日本では地対空ミサイルの迎撃戦闘で生じるブースターの落下を気にするようになってしまったのでしょうか・・・

停止されたイージスアショア計画の代替

 こうしてイージスアショア配備計画が停止する事態となりましたが、2017年の北朝鮮ミサイル乱射でアメリカによる武力行使の可能性が増大したことに恐怖した日本政府が弾道ミサイル防衛システムの拡充を進める方針には変化がありません。代替計画には幾つか候補があります。

イージスアショアを海沿いに配備変更(反対運動の問題)

 問題がブースター落下だけなら海に落とせばいいので配備場所を海沿いに変更すれば解決しますが、本当の問題は防衛省の説明不手際による配備反対の声の激化にあるとした場合、配備予定地の変更は新しい候補地での反対運動で大きく遅れることは必至であり、急いで配備するという当初の目的が困難になることが予想されます。

発射機だけ離して海沿いに設置(反対運動の問題)

 ハワイのカウアイ島にある太平洋ミサイル試射場のイージスアショア実験施設はレーダーと発射機が約6km離れています。これはレーダーの直ぐ傍に宿舎があるからだと思われますが、これができるなら日本のイージスアショアも発射機だけ離して海沿いに設置すればブースター投棄問題を解決できます。しかし前述の新しい候補地での反対運動という問題はそのままなので、配備が遅れる可能性が高い懸念は同じになります。

カウアイ島イージスアショアのレーダーおよび発射機。Google地図より筆者作成
カウアイ島イージスアショアのレーダーおよび発射機。Google地図より筆者作成

THAADに調達を変更(ブースター落下、費用、人員、反対運動の問題)

 SM-3迎撃ミサイルのMk72ブースター落下が問題だとされてしまったので、THAAD迎撃ミサイルのブースター落下問題も解決できない以上、THAADの調達はむしろ困難になってしまいました。ブースターを空中で爆破処理したとしても残骸の破片は降ってきます。そもそも爆破処理で解決するならMk72ブースターもそうすればよいことになってしまいますが、これまでの防衛省の説明経緯では納得してもらうことは難しいでしょう。

 THAAD迎撃ミサイルは射程がSM-3のように長くないので、日本海沿岸に置いてブースターを海に投棄しつつ日本全土を守るといった運用はできません。東京を守ろうとしたら東京の周辺に置くしかなく、たとえ海沿いに配置しても北朝鮮の方向から飛んでくる弾道ミサイルを迎撃するには内陸に向かって発射する必要があり、ブースターは陸地の上空で切り離されてしまいます。

 なおTHAADは防護範囲がSM-3より狭いので日本全土の防空には7個高射隊が必要となり、調達費用はイージスアショア2基よりも大きく跳ね上がることになる上に、大量に必要となる操作要員の確保も大きな難題として立ち塞がってきます。

【参考】

THAADでSM-3を運用可能に改修(開発期間、反対運動の問題)

 THAADの火器管制装置でSM-3迎撃ミサイルを運用できるように改修すれば、実質的に車載移動式イージスアショアが出来上がります。THAADのシステムで動かすのであれば実際にはもうイージスではありませんが、既にTHAADはイージス艦とシステムを連接して遠隔射撃する実験を実施済みなので、連携は可能です。

 レーダー、火器管制装置、迎撃ミサイルなどのシステム全てが車載移動式となり、日本海の沿岸に展開すればブースター落下問題は解決できます。ただし弾道ミサイル防衛としての運用上、平時から腰を据えて配置してレーダーを稼働し24時間常時警戒が求められるので、結局は固定式のイージスアショアと同じ配備反対運動の問題はそのままです。

アメリカ海軍の特許「移動式垂直ミサイル発射機」より。SM-3含めて搭載可能
アメリカ海軍の特許「移動式垂直ミサイル発射機」より。SM-3含めて搭載可能

US8266999B1 - Mobile vertical missile launcher

アロー3に調達を変更(ブースター落下、費用、人員、反対運動の問題)

 THAADと同じ問題を全て抱えている上に、イスラエル製という政治的なネックがあります。

イージス艦の増勢(費用、人員の問題)

 イージスアショアは基本的に24時間365日稼働できるのに対し、イージス艦は船なので定期メンテナンスが必要となり年間稼働時間は半年以下の数カ月間だけとなります。つまりイージスアショア2基の代替をイージス艦で行うには最低4隻の追加が必要になります。必要数が増える上に陸上施設よりも船は高価で維持費も高くなります。また新たなイージス艦に乗せる水兵の数が全く足りないので、汎用護衛艦の数を削って充てるしか方法がなく、イージス艦を対北朝鮮BMD任務に重点運用することを考えると、海上自衛隊の自由に使える戦力はイージスアショア計画よりも減少してしまいます。

【参考】

国産の新型迎撃ミサイル(期間、費用、人員の問題)

防衛装備庁より「高高度迎撃用飛しょう体」
防衛装備庁より「高高度迎撃用飛しょう体」

 ブースター落下問題を気にする自衛隊では、一段式の迎撃ミサイルで弾道ミサイルおよび極超音速兵器をも対処可能な「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」を行っています。

 ただし本格的な開発ではなくまだ要素技術の研究の段階であり、今から本格開発するとなると実用化までに10年近くは掛かってしまいます。技術的にPAC-3とTHAADの中間のような機能を持ち、射程もそれくらいになると推定されるので、日本全土を守るには数が必要になります。

防衛装備庁より「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」
防衛装備庁より「高高度迎撃用飛しょう体技術の研究」

 イージスアショア計画停止の表向きの理由が「市街地にブースターが落下する可能性があってはならない」となってしまうと、自衛隊の地対空ミサイルは今後に渡って大きな制約を受けることになるかもしれません。ブースターを投棄する多段式ミサイルの方が射程は長くなるのに、地上配備の多段式ミサイルが採用できなくなってしまうおそれがあります。

弾道ミサイル防衛の主導権を巡る縄張り争い

 そもそもイージスアショアを陸上自衛隊が担当することになった経緯が不自然なものでした。本来は広域防空用の長射程地対空ミサイルは航空自衛隊が、野戦防空用の中射程地対空ミサイルは陸上自衛隊の担当だったので、普通に考えるならば射程が非常に長いイージスアショアは航空自衛隊が担当して然るべきでした。また欧州イージスアショアはイージスならば扱いに慣れた海軍がよいだろうと操作要員はアメリカ海軍第6艦隊の管轄となっているので、日本のイージスアショアも海上自衛隊に担当させるのは合理的な方法です。

 しかし陸上自衛隊がイージスアショアを担当するのはそういった合理的な理由が見当たりません。軍事的な合理的な理由が無いとしたら、つまりそれは自衛隊内部の政治的な駆け引きの結果である可能性が疑われます。主導権争いまたは押し付けです。

 イージスアショア配備計画が停止に追い込まれたのは配備予定地の選定を間違えた結果です。陸上自衛隊の敷地に拘ったことが問題だったのではないでしょうか。航空自衛隊の敷地や、あるいは在韓米軍THAADのように民間ゴルフ場を買い上げて配備という方法が取れなかったのは何故なのでしょうか? このあたりの検証を行わないと、配備箇所の選定でまた間違える羽目になりかねません。

【関連】市街地すぐ傍に置く必要性が低いイージスアショア配備候補地問題(2018年6月18日)