アメリカ軍が発表した「ミサイル防衛見直し」の要点

アメリカ国防総省の報告書「ミサイル防衛見直し2019」表紙より

 1月17日、アメリカ国防総省はミサイル防衛見直し(MDR)を発表しました。本来ならば1年前に発表する予定でしたが、弾道ミサイル対策だけでなく極超音速滑空ミサイル対策を盛り込むために発表が遅れに遅れていました。ただし発表された内容からは極超音速滑空ミサイル対策を急ぐ様子はなく、先ずは目標を見付けて追尾するためのセンサーを配備することに主眼が置かれていました。

[PDF注意]2019 MISSILE DEFENSE REVIEW | U.S. Department of Defense

極超音速滑空兵器(HGV)への対策

 今回のMDRの主眼になると注目されていたロシアと中国で実用化間近とされる極超音速滑空兵器(HGV)への対策でしたが、実際の報告書の内容を読むと扱いは少なく、HGV対策として新たな迎撃ミサイルを開発するように急ぐ様子は無く、先ずは目標を見付けて追尾するセンサー網の構築が先だとされているのが特徴です。HGVは弾道ミサイルと異なり水平面での変針を繰り返すことが可能なので、位置を予想することが困難です。そこで宇宙空間に多数のセンサーを配置して早期に発見し追尾を行い、常に動きを把握し続けることが重要とされています。

 アメリカがHGV対策を急いでいないのは、そもそもミサイル防衛とは北朝鮮とイランに対抗する目的のものであり、ロシアや中国に対抗するものではなかったという面があります。後者に対しては核抑止力で対応するという方針があり、それは今も維持されています。現状および近い将来までに予定されているアメリカ本土防衛用迎撃ミサイル「GBI」の性能と数量では、ロシアと中国はHGVなど持ち出さなくても既存の大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけで十分に突破が可能です。つまり今はまだミサイル防衛は大国間の核抑止力のバランスを崩すものではありません。

 ロシアと中国が開発しているHGVは、実は現状では不要な兵器です。これは将来、アメリカが方針を変更してミサイル防衛で核抑止力のバランスを崩しに来た時に対応できる切り札であると考えることができます。そしてアメリカは従来の方針を変更するつもりは無いものの、将来にもし変更する時に相手の切り札に対抗できる手段を用意しておこうと動き出しました。つまり双方ともに「念の為に」新兵器を用意しようとしています。その為、緊急を要する案件ではないのであまり急いでいないのです。

多弾頭迎撃体MOKV

MDR2019より多弾頭迎撃体MOKV
MDR2019より多弾頭迎撃体MOKV

 実は今回のMDRでも紹介されている多弾頭迎撃体「MOKV」の開発計画が核抑止力のバランスを崩しかねない存在です。敵の弾道ミサイルが多弾頭化した場合に迎撃ミサイルを多弾頭化することで対応するもので、一つの迎撃ミサイルに多数の迎撃弾頭を搭載する力技の計画です。

 これは北朝鮮対策ではなくイラン対策で、イランは既に弾道ミサイルの多弾頭化(MIRV)を達成済みです。ただしイランは欧米との国際関係を保つために西欧を直撃できる射程2000km以上の弾道ミサイルを開発しないように自主規制しています。しかしもし将来、国際情勢が変化してイランが決断すれば長距離弾道ミサイルを開発して多弾頭化技術を組み合わせることは確実視されています。そのため、アメリカとしてはMOKVをもって対抗する方針を取るしかありません。しかしGBIの弾頭が全てMOKV化された場合、ロシアや中国のICBMに対抗できてしまう戦力を手にしてしまう可能性があります。

 北朝鮮やイランが弾道ミサイル技術を発展させ続けていった場合、これに釣られて対抗手段を発展させ続けていくと、何時の日にかこのような未来が訪れてしまいます。何処かで止めないと大国間の核抑止力のバランスに影響してしまうのです。

ブーストフェイズ迎撃

MDR2019よりブーストフェイズ迎撃
MDR2019よりブーストフェイズ迎撃

 MDRのもう一つの目玉は弾道ミサイルが推進剤を燃焼加速中に狙うブーストフェイズ迎撃のために、無人攻撃機にレーザー砲を搭載して撃墜しようという計画です。

 なおF-35戦闘機についてもブーストフェイズ迎撃に活用しようと言及がありますが、搭載する赤外線センサーで探知する支援目的なのか、または何らかの兵器を搭載して攻撃に向かわせるのか、具体的な兵器名の詳しい言及はありませんでした。なお過去にアメリカ軍は「NCADE」と呼ばれるブーストフェイズ迎撃用の戦闘機搭載型ミサイルを計画して迎撃試験を成功させながらも正式採用していません。これが名指しされていたわけではありませんが復活する可能性があります。

 アメリカ軍はブーストフェイズ迎撃について過去に何種類か方法を考案し幾つかは実射試験まで成功させています。しかしその上で実用的ではないと判断され、最終的に残った本命の方法が「無人攻撃機を敵国上空に乗り込ませ滞空しながら監視、弾道ミサイルが発射され次第に付近に居た無人攻撃機がレーザー砲を撃ち込む」という方法です。隠れながら逃げ回る弾道ミサイル移動発射機を発射前に発見して空爆で狩り切ることは無理なので、発射直後の派手に噴射炎を出している状態で見付けて撃墜しようという発想です。つまりこれは迎撃というよりは空爆の直接的な代替手段と認識した方が正しいでしょう。

 膨大な数の無人攻撃機を敵国上空に滞空させ続けて監視するという前提には、先ず有人攻撃機による本格的で全面的な空爆作戦を実施し敵国防空網を完全に制圧することが求められます。敵の戦闘機と地対空ミサイルを全て排除しなければなりません。これを開戦初頭に短期間のうちに実施できるのはこの世界でアメリカ軍だけです。それも相当に実力差が無いと達成できないので、北朝鮮やイランが想定されていることになり、強力な戦力を保有するロシアや中国に対してはブーストフェイズ迎撃は全く考えられていないことになります。