自衛隊が長射程の巡航ミサイルを必要とする背景、盾と矛の競争

アメリカ海軍航空システム軍団よりLRASM対艦ミサイル

 日本政府は12月22日に閣議決定した2018年度予算案で長射程巡航ミサイルの取得予算に22億円を計上しました。防衛省の説明では、島嶼防衛での敵艦および上陸後の敵部隊の排除を目的とする相手の脅威圏外(スタンド・オフ)から攻撃できるスタンド・オフ・ミサイルとして、F-35戦闘機用にノルウェーのコングスヴェルグ社製「JSM空対艦ミサイル」の取得費用および、F-15戦闘機用にアメリカのロッキード・マーティン社製「JASSM-ER空対地巡航ミサイル」「LRASM空対艦ミサイル」の搭載改修をする適合調査費用を計上しました。また国産開発ミサイルの要素技術研究費用として「島嶼防衛用高速滑空弾」に46億円、「島嶼防衛用新対艦誘導弾」に54億円が計上されています。

大幅に射程が伸びた対空ミサイルに対抗する為、対艦ミサイルの射程を伸ばす必要性

 なお政府は長射程巡航ミサイルを北朝鮮への敵基地攻撃に使うとは一言も説明していません。実際に亜音速で飛翔する巡航ミサイルは1000kmも飛ぶと1時間以上掛かってしまい、敵の弾道ミサイル移動発射機が発射準備しているのを見付けてから攻撃しても間に合いません。亜音速の巡航ミサイルは弾道ミサイル阻止には全く役に立たないのです。

敵基地攻撃能力としてトマホーク巡航ミサイルは必要なのか?- Y!ニュース

 つまり日本が長射程巡航ミサイルを取得する理由は説明通り、島嶼防衛で敵の対空兵器の射程圏外から発射できるスタンド・オフ攻撃を行う為です。防衛省が説明するスタンド・オフ・ミサイルとは相手の脅威圏外から攻撃できるミサイルを全て差す範囲の広い言葉で、対艦ミサイルや対地巡航ミサイルはこの中に含まれます。もし相手が機関銃でしか武装していなければ対戦車ミサイルでもスタンド・オフ攻撃が可能になるので、相手次第で変わってくる分類になります。そう、近い将来の戦場では相手が持つ艦対空ミサイルの射程が大幅に長くなることが予想され、航空自衛隊が持つASM-2空対艦ミサイル(射程約150km)では発射前に母機が撃墜されてしまう可能性が出て来ました。新しい長射程巡航ミサイルが必要になったのは、新しい長射程艦対空ミサイルに対抗する必要があるからという、とても単純な理由だったのです。

SM-6艦対空ミサイルとデータリンクによる超水平線攻撃

 海上自衛隊は新しくアメリカのレイセオン社製SM-6艦対空ミサイルを購入する予定です。従来の艦対空ミサイルは幾ら射程を伸ばしたところで、水平線の向こうに居る地球の丸みの陰に隠れた対艦ミサイルは艦載レーダーでは映らず迎撃する事は出来ませんでした。それをアメリカ海軍ではNIFC-CA(海軍統合火器管制-対空)というコンセプトの下に、データリンクによって空中に居る早期警戒機からのレーダー情報で遠隔交戦を行い、SM-6艦対空ミサイルで超水平線攻撃を行うことを可能にしました。有効射程は海軍より公式発表された数字で240km。300~500kmという幾つかの推定値もあり、公式発表の240kmでも従来型の空対艦ミサイルよりも遥かに有効射程が長い艦対空ミサイルとなります。

アメリカ海軍海洋システム軍団より、NIFC-CAを通じたSM-6艦対空ミサイルとE-2D早期警戒機の運用説明図
アメリカ海軍海洋システム軍団より、NIFC-CAを通じたSM-6艦対空ミサイルとE-2D早期警戒機の運用説明図

 中国はまだSM-6のような革新的なコンセプトの長射程艦対空ミサイルは保有していません。しかし既にアメリカは開発に成功し日本も導入する以上、中国もまた似たような艦対空ミサイルを研究し開発してくることは確実です。近い将来の戦場では従来型の対艦ミサイルは役に立たなくなる恐れがある、では新しい長射程の対艦ミサイルを用意しておこう、それがアメリカのLRASM対艦ミサイルなのです。自衛隊はこれに倣ってLRASMを取得しようとしています。

 注:ロシアのS-400地対空ミサイルシステムには40N6Eという射程400kmの迎撃ミサイルがあり、これは本来は弾道ミサイル迎撃用なのですが巡航ミサイル迎撃にも対応しており、超水平線迎撃が可能と報道されています。しかし依然として未公開のままの謎の多いミサイルであり、実戦配備されたかどうかすら不明で、他国には販売されていません。中国がS-400を購入した際にも40N6Eは付いていませんでした。

 兵器開発は常に盾と矛が競争する関係にあります。そしてもしアメリカがSM-6を開発していなかったとしても、ロシアが40N6Eを開発している以上、中国が同様の対空ミサイルを開発する事は時間の問題でしかありません。新たな盾が登場した以上は、新たな矛が必要となる。対艦攻撃を主目的とする長射程巡航ミサイルは、純粋に戦術的な要求から導入を迫られたものだと言えます。

射程1000kmの巡航ミサイルが必要になる理由

 自衛隊が取得する予定のJSM空対艦ミサイルは射程約550km、JASSM-ER空対地巡航ミサイルは射程1000km以上とされています。LRASM空対艦ミサイルはJASSM-ERを元に開発されていますが、対艦攻撃用のセンサーを追加した分だけ容量が狭まり射程が若干落ちていると考えられます。JASSM-ERは対地専用、JSMとLRASMは対艦/対地兼用です。もし仮想敵が射程数百kmの艦対空ミサイルを装備して来たとしても射程1000kmは長過ぎではないかという疑問に対しては、2つの理由が回答できます。

「高-高-低」と「低-低-低」の飛行プロファイルの違い

 巡航ミサイルは相手から見つからないように低空を這うように飛びます。しかし常に低空を飛んでいると航続距離が落ちてしまい、空気が薄く抵抗の少ない高い高度を飛んで燃費を稼ぎたい場合が出てきます。JSM空対艦ミサイルの製造元コングスヴェルグ社は550kmの射程を「高-高-低」という高度で飛ぶ飛行プロファイルの場合と説明しており、これは目標に突入する直前だけ低空飛行する方式です。JSMは「低‐低‐低」という最も見付かり難い飛行方式では射程180kmに落ちてしまいます。しかし、もし敵が目標よりも前方に早期警戒機を飛ばしていた場合「高-高-低」では見付かる危険性が高まるので、状況に応じて「低‐低‐低」で発射することも要求されます。1000km飛べるJASSM-ERも「低‐低‐低」で飛ばした場合は射程は大幅に落ちて、半分以下の300~400km程度になると推定できます。(なお航空自衛隊が現在持っているASM-2空対艦ミサイル(射程約150km)は「低‐低‐低」で発射した場合と推定されており、「高-高-低」ならば400km近い射程と考えられる。)

巡航ミサイルは蛇行しながら飛ぶ

 巡航ミサイルは真っ直ぐ飛んだりしません。水平面での動きも蛇行を繰り返しながら飛んでいきます。これは迂回機動を行い相手が予想していない側面や後ろから奇襲攻撃する目的と、そもそも速度の遅い巡航ミサイルでは弾着までに目標の敵艦が若干移動しているので、ある程度は自分で探しに行かなければならないという理由があるからです。最大射程は有効射程として使えないので、余裕を持った射程が求められます。

 なおJSM空対艦ミサイルはステルス機であるF-35戦闘機の兵倉内に収めることが出来るコンパクトな対艦ミサイルで、発射母機がステルス機なので相手に見付かり難く、相手の警戒する領域に踏み込んでから発射する事が可能です。JASSM-ERとLRASMは大きなミサイルでF-35戦闘機の兵装内には収まらず、非ステルス状態の外部吊り下げで運用するので、長射程が必要になります。