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電気料金上昇の理由は何か

大場紀章エネルギーアナリスト/ポスト石油戦略研究所 代表
中部電力ミライズプレスリリースの燃料費調整情報より筆者作成

一昨日の日経新聞で、「電気料金、5年で10%上昇 大手電力の火力依存続く」(後に「電気料金、5年で10%上昇 小売り自由化の恩恵乏しく」に見出し変更)という記事があり、いくつか奇妙に感じることがあったので、少し調べてみることにした。

元々の見出しでは、5年間の電気料金の上昇が10%あり、その要因は大手電力の火力依存によるものと読める。記事では東京電力、中部電力、関西電力、九州電力の4社を取り上げ、それぞれの5年間の変化率が9〜16%の上昇で、平均が12.5%としている。

日経新聞掲載のグラフからは、4社の計算基準の変更が揃う2016年末頃のモデル料金の中心値はおよそ6200円程度で、2021年9月は6750円程度である。その間、再エネ賦課金は現行のモデル料金(1ヶ月の使用量260kWh)あたり288円増えているので、単純にその2点だけ比較して言えば、過半が再エネ賦課金による増分と言える。その意味において、元の見出しは大手電力が火力発電に依存していることが、10%の電力料金上昇の主因であると読めてしまうという意味でミスリーディングだった。それに後から気がついて修正したのだろう。

しかし、事はそれほど単純ではない。電気料金や電力のコスト構造は複雑であり、2点間の電気料金の単純な変化から、「火力」と「再エネ」の「善し悪し」や「小売り自由化の恩恵」を判定しようという試み自体にそもそも無理がある。

電気料金の上昇の過半が再エネによるものと聞いて、多くの人は「ほらやっぱり再エネのコストは高い」とか、「再エネは安いんじゃなかったのか」という印象を持つだろうが、これは再エネのコストではなく制度上決められた賦課金であって、現在の再エネによる発電コストを直接反映したものではない。そのほとんどは、2012年から認定が始まった極めて高い買取り価格の初期のメガソーラーのために支払われているもので、これからの再エネコストがどれだけ安くなっても、再エネ賦課金は上がり続けていく。つまり、過去の料金の再エネ賦課金の増分が大きいからといって、もっと再エネを増やすべきではないという理屈は全く成り立たない。

4社の中で最も料金の変化が小さかったのは関西電力だが、グラフを見ると他の3社にはないタイミングで料金値下げが行われていることがわかる。これは原発再稼働により電気料金そのものを値下げしているためである。動いていない設備を動かしたのだから、安くなるのは当然だが、ここでも単純に「だから原発を動かせ」とか、「原発は本当は高いはずだ」などと言っても意味はないのである。

もう少し、料金変化を詳しく見るために、試しにこの期間に最も電力料金の変化が大きかった(15.8%の上昇)中部電力を例にとって簡単に分析してみた。

中部電力ミライズプレスリリースの燃料費調整情報より筆者作成
中部電力ミライズプレスリリースの燃料費調整情報より筆者作成

この図は、2016年10月の電気料金からの増分の内訳を示したものである。中部電力の場合、2021年9月との比較の増分では、再エネ賦課金の寄与度は約31%となっているが、それだけLNG火力の比率が他の電力より高いということを示唆している。

また、図からわかるように、変化分のほとんどは火力発電によるもので、その意味において「火力依存」という指摘は十分に正しい。しかし、燃料費の影響は上がることもあれば下がることもあるため、どのタイミングで評価するかで話は変わって来てしまう。例えば、一番高かった2019年3月を基準に考えれば、「火力依存のおかげで今は随分安い」ということさえできてしまう。市況の変化を企業の努力の結果であるかのように語ること自体にそもそも無理がある。

記事で、「大手電力の料金が自由化で下がるどころか上がっているのは」とあるように、基本的に「自由化による競争で大手の電力料金が下がり、再エネの導入が進んで火力の依存度が下がる」というよくあるストーリーが記事の背後にあるようだが、そもそも現行制度下において小売りの自由化と発電コストの低下、再エネ導入拡大には直接の関係はほぼないので、このストーリーに沿って分析することが一種の神話のようなものだ。

それでは、自由化の文脈で、この5年間の電気料金分析から言えることは何か。それは、料金変化のほとんどが「燃料費調整」によるものであるということである。現行の燃料費調整制度は、原油価格の乱高下を踏まえて、小売り自由化がなされる前の2009年度から導入されている。燃料価格の変化が見やすいために、消費者にもメリットがあるように見えるが、燃料費の価格転嫁が約束されているので、発電事業者が燃料費リスクを自動的に消費者に転嫁できる仕組みという意味で、毎月問答無用に電気料金改定を可能とするある種の既得権のようなものとも言える。また、多くの新電力も同様のやり方を踏襲している。そのため、なかなか廃止という話にはならない。

現在、電力システムは自由化され、発電事業者と小売り事業者が自由に市場で競争し、需給バランスによって電力料金が構成されていくということが概ねの建前であるが、最大の価格変動要因である燃料費の変動については市場の外に出されているため、火力発電のコストリスクは卸売電力市場にほとんど反映されていない。一方で自由化は重要と言いながら、一方で燃料費の変動の大きさから火力発電比率の大きさを批判するというのは、こうした制度上の矛盾点を無視して、「脱炭素化の時代、火力発電を減らすべきという趣旨の記事は善」というためにする議論に過ぎない。

しかし、「燃料費調整制度と自由化の矛盾」という問題は、一般にはわかりにくい上に、市場参加者が日々困っているわけではないので、争点になりにくく、現実的に廃止になるとは思えないが、わざわざ5年も振り返って電気料金の分析記事を出すのであれば、それくらいは指摘して頂きたかったものだ。

エネルギーアナリスト/ポスト石油戦略研究所 代表

大場紀章 (おおば・のりあき) – 1979年生まれ。京都大学理学研究科修士課程修了。同博士課程退学。民間シンクタンク勤務を歴て現職。株式会社JDSCフェロー。専門は、化石燃料供給、エネルギー安全保障、次世代自動車技術、物性物理学。著書に『シェール革命―経済動向から開発・生産・石油化学』(共著、エヌ・ティー・エス)、『コロナ後を襲う世界7大危機 石油・メタル・食糧・気候の危機が世界経済と人類を脅かす』(共著、NextPublishing Authors Press)等

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