台風19号北上 過去には10月に東京湾高潮大災害
台風19号の北上
大型で猛烈な台風19号「ハギビス(意味はフィリピン語で「すばやい」という意味)」が小笠原近海を北上中です(図1)。
気象衛星「ひまわり8号」は、世界で初めてリアルカラー画像(人間が見たままの画像彩)で観測ができますが、これによると、台風19号の中心付近に真ん丸な目が見えます(図2)。
これは、台風が猛烈に発達していることの反映です。
台風の強さは最大風速によって決められ、33メートル以上~44メートル未満が「強い台風」、44メートル以上~54メートル未満が「非常に強い台風」、54メートル以上が「猛烈な台風」です。
台風19号が接近・上陸するときは、現在の「猛烈な台風」から「非常に強い台風」へ若干ランクを落としますが、それでも平均風速45メートル、最大瞬間風速60メートルの風が吹く台風です。
北上する台風19号の影響で、10日(木)の小笠原諸島では猛烈なしけとなり、大東島地方でも大しけとなる見込みです。高波に厳重に警戒してください。
また、台風はその後も北上を続け、非常に強い勢力を保ったまま、12日(土)から13日(日)にかけて西日本から東日本にかなり接近し、上陸するおそれがあります。
台風の接近に伴って、12日から13日頃にかけて西日本から北日本では大荒れの天気となる見込みです。
また、11日の午後からは、台風の接近に伴って南から暖かくて湿った空気が流れ込むため、西日本の太平洋側と東日本では大雨となるところがあるでしょう。
風と雨の警戒に加えて、台風19号は大潮の日の襲来ですので、高潮にも警戒が必要です。
大潮と高潮
海面の水位(潮位)は、太陽と月の影響を受け、約半日の周期でゆっくりと上下運動をしており、潮位が上がり切った状態が満潮、反対に下がり切った状態が干潮です。
地球に対して月と太陽が一直線上に並ぶとき(新月か満月のとき)は、1日の満潮と干潮の差が大きくなる大潮となり、月と太陽がお互いに直角方向にずれているときは満潮と干潮の差が小さい小潮となります(図3)。
令和元年(2019年)10月の満月は14日ですので、台風19号が東日本に接近・上陸する可能性が高い12日は、大潮の2日前で、ほぼ大潮の日の潮位と同じ潮位となります(図4)。
大潮の満潮という潮位が高くなっている所に高潮が発生すると、普段より高い大潮の満潮となります。
海面はより高くなり、堤防を越えて大きな高潮被害をもたらすことがあります。
ただ、大潮の干潮のときに高潮がおきたときは、普段より潮が引いていますので、大きな高潮災害が起きにくくなります。
それだけ、台風の接近時刻というのが大切になります。
高潮は、気圧が低い台風が襲来すると、「吸い上げ効果」で高潮が発生しますが、950ヘクトパスカルの発達した台風が襲来したとしても、「吸い上げ効果」だけでは50センチ程度の高潮にしかなりません。
1メートル、2メートルといった大きな高潮は、湾の奥に向かって風が吹きこむことによる「吹き寄せ効果」によります。
つまり、東京湾など、南に開いている湾では、湾のすぐ西側を台風が通過したときに湾の奥に向かう風となり、大きな高潮が発生します。
台風の接近時刻が満潮時刻に重なり、そのときの風向が湾の奥に向かう風の時には、潮位が非常に高くなり、大きな高潮災害が発生します。
かろうじて逃げることできた高潮の高さ
建築学会が組織した「伊勢湾台風災害調査特別委員会」の報告書には、平均風速約20メートル前後の暴風雨時に、浸水地域内で危険を冒して逃げ切った人々から、当時の浸水の高さを調査した結果が載せてあります(図5)。
これによれば、大人の男性で約70センチ以下、女性で50センチ以下です。
子供(小学校5~6年生)では30センチ以下です。
このことを逆にいえば、これ以上の水かさがあった場所では、全員が避難して助かることができなかったことを示していますし、この高さでも逃げ切れなかった人がいる可能性があります。
つまり、夜間の暴風雨の中の避難は、わずか30センチの浸水でも非常に困難であり、子供にとっては非常に危険な行動であることを示しています。
子供の手を放した場合は、ほとんどの人が子供を見失っています。
地震による津波と違って、高潮の場合は事前に警報が発表されます。
避難をするのに十分な時間がありますので、風雨が強まる前に、高いところにある丈夫な建物に避難です。
高潮の中を逃げるのは自殺行為です。
東京湾の10月の高潮
東京湾では、10月に高潮により大災害が発生したことがあります。
今から102年前の話です。
大正6年(1917年)9月25日にフィリピン諸島の東海上で発生した台風は、ゆっくり北上を続け、28日に沖縄本島の南海上に達したころから向きを北東に変え、加速しながら9月30日から10月1日にかけて、東京湾のすぐ西を通っています(図6)。
10月1日は満月の日という大潮の日であり、満潮時刻が5時21分と、台風の最接近が重なり、大きな高潮が発生しています(図7)。
東京で最低気圧953ヘクトパスカルを観測した3時40分頃から水位がさらに上昇し、5時頃に最高水位に達しています。
東京での最低気圧の観測から、台風の中心気圧は、940~950ヘクトパスカルではなかったかと考えられます(図8)。
高潮は、沿岸から内陸へ、走っては逃げきれない速度、時速13~20キロで侵入しています。
そして、沿岸部の広い範囲で大きな被害が発生しました(図9)。
なお、図9は、当時の海岸線で、現在はもっと沖合まで埋め立てが進んでいます。
高潮大災害後
台風襲来前の9月30日は、午後から雨が降っていたものの、蒸し暑さもないなど、台風襲来の前兆らしきものは感じられず、中央気象台(現在の気象庁)から警報が発表になっても、まさかと思った人が多かったといわれています。
岡田武松・中央気象台長が、新聞記者を集めて「今晩夜半過ぎから大台風の襲来があるから」と申し渡しても、星空がみえるときであったために、記者は半信半疑で社に帰ったという記録もあります。
その気象台であっても、東京湾の高潮や大阪・淀川の大洪水など全国で死者・行方不明者1324名以上、全壊・流失3万9000棟という大災害は予測できませんでした。
この高潮大災害で、東京湾の風景が一変しています。
東京都に隣接する千葉県の行徳・谷津・津田沼は、江戸時代は、千葉県行徳から隅田川まで、塩の路として小名木川が開削されるなど製塩業が盛んでした。
大正時代になって他の地方からの安い塩の流入で衰退気味ではありましたが、塩が作られていました。
湾の奥にある遠浅の海岸という立地条件は、製塩には都合の良い条件であると同時に、高潮により大きな被害がでる条件でもあります。
大正6年(1917年)10月の台風による高潮は、東京湾沿岸の製塩業に壊滅的な打撃を与え、以後、東京湾から塩田が姿を消しています。
危険な台風
台風の危険要素として、「勢力が強い」「規模が大きい」「速度が遅い」の3つがあり、この危険三要素のうち、一つでもあればより一層の警戒が必要な台風ということができます。
台風19号の強風域(最大風速が毎秒15メートル以上の領域)の範囲は、10月9日18時現在で、650キロあります。
強風域の範囲が500キロ以上800キロ未満の台風が「大型の台風」、800キロ以上の台風が「超大型の台風」ですから、「台風19号は大型の台風」です。
つまり、台風19号は、「勢力が強い」ということに加え、「規模が大きい」という2つの危険要素を持っています。
また、予報より偏西風に乗って加速するのが遅れると、「速度が遅い」という危険要素も持つことになります。
台風19号に伴う直接的な雨の範囲は、おおむね東日本から近畿地方を覆うくらいの大きさですので、強い雨が長時間続きます。(図10)。
台風19号により、関東の北部や西部の山地では、台風からの南よりの風が長時間吹き付けることで、地形性の雨の量が非常に多くなります。
このため、72時間降水量が関東北部や関東西部、紀伊半島や四国東部の72時間降水量が500ミリを超えるという試算もあります(図11)。
河川の氾濫や土砂災害などに厳重な警戒が必要です。
また、山地に多く雨が降りますので、台風通過後で雨が止んでも、山地に降った雨が流下してきますので、下流の平野部では、引き続き河川の氾濫に警戒が必要です。
タイトル画像、図1、図2、図10、図11の出典:ウェザーマップ提供。
図3の出典:気象庁ホームページ。
図4の出典:気象庁ホームページの図に著者加筆
図5、図6、図7、図8、図9の出典:饒村曜(平成5年(1993年))、続・台風物語、日本気象協会。