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出勤時にわかる帰宅時の詳しい雨分布予報が始まる

饒村曜気象予報士
スコール 雨宿り(ペイレスイメージズ/アフロ)

「短時間」という短所が名称

 気象庁では、平成30年(2018年)6月20日11時から1キロ四方ごとの詳しい降水(雨や雪)の分布予報を、これまでの6時間先までを15時間先までに延長しました。

 この詳しい降水の分布予報には、「降水短時間予報」という名前がついています。

 防災活動に資する防災情報には、できるだけ正確に、できるだけ細かく、そして、できるだけ長時間先までということが求められますが、詳しい降水分布予報には「短時間しか予報できない」という短所が名称に使われています。

 開発が進められていた昭和50年代後半(1980年代)に使われていた言葉が、そのまま使われていたのですが、当時の技術では、5キロ四方ごとの詳しい降水予報を行った場合、実用的なのは3時間先くらいまででした。(その後、予報技術が向上して1キロ四方ごとに6時間先までになっています。)

 気象庁予報課で勤務していたとき、防災活動には役立つ情報であるので、短所である「短時間」を使った名称ではなく、長所である「きめ細かい」とか「詳しい」を使った名称のほうが良いのではという意見があったと記憶しています。ただ、降水短時間予報に変わる、適当な名称が見当たらないことから、その名称が使われ、定着して現在に至っています。

 しかし、技術革新が進み、詳しい予報でも15時間先まで予報できるようになったことから、6月20日の気象庁のホームページのリニューアルでは、雨量分布を表示するページの名称が「今後の雨(降水短時間予報)」となっています(図1)。

図1 気象庁の「今後の雨」ページ
図1 気象庁の「今後の雨」ページ

 

 つまり、「降水短時間予報」という看板が少し下ろされています。

 そして、朝出かける前に夜までの予報を確認する、夜寝る前に翌日午前中の雨の予報を確認するという、これまでにない利用ができるようになりました。

 人間活動からみて、6時間の予報と15時間の予報では利用価値か格段に違います。

15時間先まで行われる降水短時間予報の例

 降水短時間予報が15時間先まで延長になった6月20日は、梅雨前線が活発になって西日本で強い雨が降っています。

 6月21日に日付けが変わる頃、強い雨の中心は静岡県で、大雨警報が発表となっています(図2)。

図2 静岡市南部の大雨警報(6月20日23時55分発表)
図2 静岡市南部の大雨警報(6月20日23時55分発表)

 「今後の雨(降水短時間予報)」では、西日本から静岡県まで移動してきた雨域は南下し、関東地方には入ってきません(図3)。

図3 初期値から15時間後の雨量予想
図3 初期値から15時間後の雨量予想

 夜中に、明日の関東地方は雨の心配がないと判断できます。

 このような15時間予報が、毎日、1時間ごとに発表となります。

 

降水短時間予報の歴史

 降水短時間予報が始まったのは、レーダー観測において、自動的に地形等が除去される技術(レーダーのデジタル化技術)が開発されてからです。

 レーダーのデジタル化技術によって、レーダー観測値をアメダス等で観測した雨量で補正し、正確で詳しい降水量の分布(解析雨量)が求められるようになると、これを使って、詳しい降水量予測の研究が始まりました。

 解析雨量から降水域のパターンの移動と地形効果を加味して降水量の分布を予測するという手法で降水短時間予報が始まったのは、昭和57年(1982)年7月の東京地方からです。  

 ただ、当時は、図情報を手軽に伝える手段がなく、「〇〇時に多摩東部で〇〇ミリの雨が降る見込み」のように、5キロ四方ごとに計算した降水短時間予報をもとにした文章形式での提供でした。

 降水短時間予報を図情報で提供するようになったのは、気象資料総合処理システムというスーパーコンピューターを導入した昭和63年(1988年)4月からです。

週間天気予報が毎日聞けます 気象庁、10月から切り換え 降水短時間予報も

 気象庁は10日、スーパーコンピューターを使った「気象資料総合処理システム(COSMETS)」が今月17日に本格稼働することから、5キロ四方の区域ごとに1時間ごとの予想雨量を3時間先まで図に表す「降水短時間予報」を4月1日からスタートさせるほか、10月1日からは、週2回発表の「週間天気予報」を中国地方以東で毎日発表に切り替えることを決めた。

 四月から始まる「降水短時間予報」は、レーダーとアメダスから雨域を調べ、地形の影響やコンピューターのデータによる数値予報の結果を加味して、その雨域の移動を予測するもの。発表は「降水三時間予想図」として五キロ四方ごとに予想雨量を記号で図示する。今回の実施は東京、大阪、福岡の各管区気象台の管内。このほかは東北では六十三年度中、北海道では六十四年度中の実施を目指している。

出典:読売新聞夕刊(昭和63年(1988年)2月10日)

降水短時間予報の精度

 気象庁では、防災上の見地から、降水短時間予報の予測精度を、主に「やや強い雨(1時間10ミリ)」を超える降水に対して行っています。

 具体的には、降水短時間予報が2時間後から3時間後までの1時間に降ると予測した「予測値」と、実際に降った降水量である「実況値」を求め、予測値と実況値の合計が20ミリ以上の場合に、予測値と実況値のうち大きな方を分母として比を計算します。この平均が降水短時間予報のスコアです。こうして求められたスコアは 0~1 の値をとり、値が大きいほど予測精度が良いことを意味します。

 予測値と実況値の合計が20ミリ未満の場合は計算に使用しないことで、弱い雨の影響がスコアには現れません。

 気象庁の評価によると、降水短時間予報の精度は年々向上しています。平成27年(2015年)のスコアは約0.5なので、「実況値は少ない場合で予測値の半分、多い場合で予測値の2倍の範囲におおむね納まっている」と言うことができます(図4)。

図4 降水短時間予報の精度
図4 降水短時間予報の精度

 降水短時間予報は、その後も技術開発が進められていますので、現時点においては、もう少し精度が良くなっていると思われます。

 そして、詳しい降水量予測が、あたりまえのように使われるようになれば、予報から「短時間」という言葉が消えてゆくと思います。

図1、図2、図3、図4の出典:気象庁ホームページ。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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