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大分県で土砂災害 強雨と関係がない土砂災害は「土砂災害警戒情報」の対象外

饒村曜気象予報士
伊豆大島 平成25年10月16日台風26号の豪雨による土砂崩れの跡(写真:アフロ)

雨が降っていないのに土砂災害

 大分県中津市耶馬溪で、4月11日未明に発生した山崩れで死者・行方不明者6名という、強雨と関係しない土砂災害が発生しました。

 耶馬溪町付近でまとまった雨が降ったのが5日前の4月6日で、約1週間にわたって雨が降っていないなかでの土砂災害です(表)。その4月6日の日雨量も4.5ミリと、土砂災害を引き起こす様な強い雨ではありませんし、その前もしばらく雨は降っていません。強い雨どころか、雨が降っていないのに発生した土砂災害です。

表 大分県耶馬溪の3月下旬以降の日雨量
表 大分県耶馬溪の3月下旬以降の日雨量

 土砂災害は、土石流、急傾斜地崩壊(がけ崩れ)、地滑りなどがありますが、大きく分けると、強い雨によって発生する土砂災害と、強い雨とは直接の関係がない土砂災害の2つになります。

 都道府県と気象台等で共同で発表している「土砂災害警戒情報」は、土砂災害の全てを対象とする情報ではなく、強い雨によって発生する土砂災害を対象とする情報です。

 つまり、土砂災害のうち、土石流と急傾斜地崩壊のうち主として表層崩壊を対象とする情報です。急傾斜地崩壊のうちの深層崩壊と地滑りは、技術的に予測が難しい土砂災害であるため、最初から「土砂災害警戒情報」の対象外です。

 大分県中津市耶馬溪の土砂災害について、これから詳しい原因調査が行われると思いますが、地滑りか深層崩壊か、いずれにしても強い雨と関係しない、予測が難しい土砂災害です。

表層崩壊と深層崩壊

 急傾斜地崩壊は、大きく分けて深層崩壊と表層崩壊があります(図1)。

図1 深層崩壊と表層崩壊
図1 深層崩壊と表層崩壊

 深層崩壊は、大雨、融雪、地震などが原因で発生します。まれにしか起こらないのですが、ひとたび発生すると山肌が大きくえぐられ、大災害に結びつく可能性があります。深層崩壊は、地下水圧の上昇によって発生するので、大雨の数日後に発生することもありますが、大雨以外の原因で発生することも少なくありません。

 これに対して、大雨や強い雨で発生するのが表層崩壊で、山の表層だけが崩壊するものです。気象庁と都道府県などが共同で発表する土砂災害警戒情報は、強い雨に起因して集中的に発生するがけ崩れを対象としていますので、対象のほとんどは表層崩壊です。

強雨と関係しない土砂災害が最初に問題となった沖縄県本島

 土砂災害警戒情報の業務が全国で最初に始まったのは、平成17年(2005年)9月1日です。鹿児島県に対し、鹿児島県と鹿児島地方気象台が共同発表の業務を開始しました。その後、準備の整った都道府県から土砂災害警戒情報の共同発表業務を開始しています。

 平成18年(2006年)4月28日、沖縄県と沖縄気象台は、沖縄県本島地方に対する、土砂災害警戒情報の共同発表の業務を開始しました。その年の梅雨は、梅雨前線の位置がほとんど沖縄本島上から動かず、5月23日から、ほぼ連日にわたって大雨が続き、地盤がゆるんでいるところに、6月10日から12日の雨で、各地で土砂崩れや地滑りが発生しました。

 沖縄気象台では、6月10日16時頃に中城村で大規模な村道の陥没と県道35号線の土砂崩れが発生した頃は、大雨・洪水注意報等での呼びかけであり、その後も、各地で地盤陥没などの土砂災害が発生していますが、大雨・洪水警報や土砂災害警戒情報が発表されることはありませんでした(図2)。これは、当時の大雨警報基準の1時間60ミリ、24時間200ミリからみると、この半分程度の雨であったからです。

図2 平成18年(2006年)6月10日9時の地上天気図
図2 平成18年(2006年)6月10日9時の地上天気図

 運用を始めたばかりの「土砂災害警戒情報」は、一度も発令することなく、中城村や那覇市で地滑りが相次いでいることから、約1000万円かけて整備したシステムが効果を出していないと批判が集中しました。

 土砂災害警戒情報が運用開始となったことから、「土砂災害警戒情報がまだ発表されていない」という油断があり、避難指示や避難勧告が地滑りの予兆に気がついてから何時間も遅れたという批判もありました。

 気象庁や地方自治体が作成した当時のパンフレットやホームページでは、「土砂災害警戒情報は、土石流と集中して発生するがけ崩れを対象としています」としか記載がありませんでした。

 担当者にしてみたら、こう記載すれば「それ以外の土砂災害は対象外」ということになるので、「地滑りなどは対象外」と言わなくて済むという考えがあったのではないかと思われますが、一般住民にとってみれば、「土砂災害を防ぐために土砂災害警戒情報があるので、当然、地滑りも対象である」と誤解をもって受け取られるという、心理学上の落とし穴でした。

 気象庁予報部では、沖縄気象台に対し、災害直後の6月中旬に、他県に先駆けて広報活動の重要性を指摘し、「できない災害」をパンフレットに追加する検討をするよう指導しています。そして、その内容を他県の担当者にも送付しています。

土砂災害警戒情報は、降雨の状況等から予測可能な土砂災害(土石流や集中的に発生する急傾斜地崩壊)を対象としています。しかし、土砂災害は、それぞれの斜面における植生・地質・風化の程度、地下水の状況等に大きく左右されるため、個別の災害発生箇所・時間・規模等を詳細に特定することはできません。また、技術的に予測が困難である斜面の深層崩壊、山体の崩壊、地すべり等は、土砂災害警戒情報の発表対象とはしていません。

出典:平成18年(2006年)9月1日の沖縄気象台のホームページの「沖縄県と気象台が共同で発表する土砂災害警戒情報」での説明

 土砂災害警戒情報が運用を開始してから10年以上経過し、強雨と関係した土砂災害については、防災活動に役立っています。しかし、深層崩壊や地滑り等の強雨と関係しない土砂災害については、土砂災害警戒情報が発表されないことを認識しておく必要があります。

 土砂災害はわからないことが多く、油断できません。

図1の出典:饒村曜(平成26年(2014年))、天気と気象100、オーム社。

図2の出典:気象庁ホームページ。

表の出典:気象庁ホームページの資料をもとに著者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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