昔は大雪で列車に長時間閉じ込められていた

雪が降る東京都内の駅に到着する電車(ペイレスイメージズ/アフロ)

 強い寒気が南下した1月12日、新潟県三条市で信越線の列車が大雪のため動けなくなり、乗客が約15時間も閉じ込められています。

 列車が出発した時点では、運行中に除雪(排雪)が間に合うという見込みだったと思われますが、予想以上に短期間に強い雪が降ったためと思われます。

 除雪(排雪)体制が整備されていない昭和時代の前半は、昔は大雪で列車に閉じ込められることが多々ありました。新潟で育ちましたが、子供の頃、冬場は多くのおにぎりを持ち、お土産は食べ物(イザという時の食料)にして旅をしていたということを聞いたことがあります。

鉄道の不通が問題になってきた大正時代

 気象災害とは、大気の様々な現象によって人が亡くなったり、家財や構造物が喪失したり、人間活動が普段通りにできない現象です。

 従って、生活様式が変われば、災害も変わります。

 昔から同じように雪は降っていますが、崖下などの雪崩の起きやすい場所や、窪地などの融雪洪水が起きやすい場所などを避けて住み、秋口に冬を越すための燃料と食糧を備蓄し、雪の季節はじっと家に閉じこもっているという生活をしている江戸時代までは、雪は災害であるという強い認識はありませんでした。

 明治、大正と文明開化が進み、経済発展をするうちに、雪崩が起きやすい場所にも人が住むようになり、鉄道が敷かれ、電信線や電話線がはりめぐらされると、雪崩による災害が増え、その影響は雪崩の起きた場所にとどまらず、広範囲に及ぶようになってきました。

 最初の雪による大規模な鉄道被害は、大正5年(1916年)年末から大正6年(1917年)年始にかけて、発達した低気圧の通過とその後の冬型の気圧配置が繰り返されたことによる北陸から北日本の暴風雪です。金沢では積雪が60センチを超えて、明治24年(1891年)以来の大雪となっています。

 同じ大雪でも、鉄道網が完成していない明治24年(1891年)の大雪は、大きな鉄道被害をもたらしていませんが、大正6年(1917年)の大雪では、北陸線などが不通となり、大きな鉄道被害がでています。

 中央気象台(現在の気象庁)が毎月刊行していた「気象要覧」には、次の記述があります。

為メニ北陸,奥羽方面ニテハ鉄道線路ノ故障ヲ生ジ交通途絶スルニ至レリ.

出典:中央気象台(大正6年、1917年):気象要覧、大正6年(1917年)1月号。

大正天皇の大喪参列者が列車に閉じ込められる

 大正15年(1926年)12月25日に大正天皇が崩御され、即日、昭和元年(1926年)がスタートします。冬型の気圧配置が強まり、北陸地方では大雪となっています。

 新潟県小出では、数日前からの降雪で昭和がスタートした日、12月26日の朝の積雪は7尺(約2.1メートル)となり、信越線などの列車が立ち往生し、電信線や電話線も切断される被害が発生しました。

 昭和元年は、1週間をたたないうちに昭和2年(1927年)となります。

 昭和2年(1927年)1月は、冬型の気圧配置が続き、日本海側の地方では、1月7日には秋田から新潟で大雪となり、列車が埋没して交通機関が途絶するなど、時々風雪により交通が途絶しました。

 また、1月中旬から下旬も、より月末までは連日の降雪で、特に23日から24日にかけては、北陸から信越地方で著しい吹雪があり、新潟県関山付近では積雪が1丈(約3メートル)を超え、28日には北陸本線で列車が吹雪の中で脱線・転覆するなど、鉄道被害が多く発生しました。

 雪の多い地方から大正天皇の大喪儀(2月7日から8日)に多くの人が参列しましたが、その帰りの列車は大雪で立ち往生し、参列者は列車に長時間閉じ込められています。

図1 昭和2年の豪雪を伝える新聞記事(昭和2年2月10日の朝日新聞)
図1 昭和2年の豪雪を伝える新聞記事(昭和2年2月10日の朝日新聞)

 大正から昭和初期にかけては、重要性を増してきた鉄道網の冬期間における定時運行が問題となってきました。

 昭和2年の豪雪の時、長野県と新潟県の県境付近では、ラッセル排雪車が出動しました。ラッセル排雪車は、車両の前方に排雪板(ブレード)を装着し、進行方向の片側、もしくは両側に雪を掻き分ける車両です。しかし、雪が少ない地域や豪雪地域の初期除雪に活躍したものの、北陸地方の豪雪時には、すぐに雪を排雪するスペースが無くなって運用できなくなっています。

 そこで、結局は作業員を大量動員して手作業で雪を掻き分けて排雪するという、人海戦術による鉄道網の維持が主流のままでした。

三八豪雪

 昭和38年(1963年)1月には、北陸地方を中心に記録的な大雪が降っています。昭和38年1月豪雨(通称は三八豪雪)です。

 新潟県では北陸地方建設局、県職員や消防団などの動員に加え、自衛隊員5200名や地方からの国鉄(現在のJR)職員の応援などで、国鉄や主要道路の除雪に全力を注いでいます。

 しかし、国鉄の長距離列車は1月23日から北陸線の列車ダイヤは完全にマヒし、新潟鉄道管理局管内では、合計で約1万人の乗客を乗せた26本の列車が駅で立ち往生しています。北陸線、信越線、上越線では約半月にわたって不通区間が生じ、幹線の長距離列車が全休するという異常事態となりました。

 列車ダイヤは雪が小康状態になった2月8日から回復に向かい、2月18日にはほぼ平常に戻りましたが、その間1万1000本以上の列車(旅客・貨物)が運休しました。

 昭和2年(1927年)の大雪当時とは、桁違いに鉄道輸送の重要性が増しているため、雪の量以上に雪による鉄道被害が拡大しました。

 国鉄では三八豪雪の経験から、除雪車を雪を掻き分けて進む方式のラッセル車から、雪を回転した羽で遠くに飛ばすロータリー車に切り替えるなど、除雪対策を見直しました。

 ロータリー車は、昭和2年(1927年)には輸入しており、日本の雪質に合わせて改良が進められていましたが、三八豪雪までは、少数の台数しか配置していませんでした。

 というのは、短時間に大雪が降る期間は短く、その短い期間のためにロータリー車を大量に配置しておくのは効率が悪かったからです。ラッセル車なら、車両に取り付ける排雪板を数多く用意しておくだけで、既存の列車から簡単に変身させられます。

 今週は、日本海の低気圧が発達しながら東進し、その後、西高東低の冬型の気圧配置となり、再び、強い寒気が南下してきます(図2)。

図2 予想天気図(平成30年1月17日9時の予想と18日9時の予想)
図2 予想天気図(平成30年1月17日9時の予想と18日9時の予想)

 1月19日(木)の予想天気図は、東側で気圧が低く、西側で気圧が高い西高東低の冬型の気圧配置ですが、日本海の気圧が低く、上空に強い寒気が入っていることを示している天気図です。平野部でも大雪の可能性を示していますので、週末の旅行を計画している場合は、特に気象情報に注意が必要です。

図1の出典:饒村曜(2015年)、昭和2年豪雪、気象災害の事典、朝倉書店。

図2の出典:気象庁ホームページより(ホームページにある2つの図を並列表示)。