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黒潮大蛇行 今年の冬は東京の雪と日本海側の豪雪に注目

饒村曜気象予報士
海流予想図(12月20日の予想、気象庁ホームページより)

 気象庁と海上保安庁は9月29日に、暮らしを直撃する黒潮大蛇行が12年ぶりに発生したと発表しました。8月下旬から黒潮が紀伊半島から東海沖で大きく離岸し、東海沖で北緯32 度より南まで大きく離岸して流れる状態が続いているので、平成17 年(2005 年)8 月以来12 年ぶりに大蛇行になったという内容です。

 また、海上保安庁は11月8日に測量船の観測などから黒潮の大蛇行がさらに拡大していると発表しました。

黒潮の蛇行

 南からの暖かい海の水の流れである黒潮は、幅が100キロメートルもあり、透明度が高いために深いところまで見えることから、青黒く見えます。黒潮という名前の由来で、英語でもKuroshio(又はBlack Stream)です。

 黒潮は、世界有数の強い海の流れで、早いところでは秒速2.5メートル(時速9キロメートル)もあります。そして、黒潮により毎秒2000万トンから5000万トンという多量の暖かい水が南から北へ流れることにより、多量の熱が日本付近に運ばれ、日本は温暖な気候になっています。

 黒潮は、気象庁の分類では、非蛇行期間(接岸、図の1)、非蛇行期間(離岸、図の2)、大蛇行期間(図の3)という3つの流れ方があります。

図 黒潮の代表的な流路 
図 黒潮の代表的な流路 

 そして、非蛇行期間(接岸・離岸)と大蛇行期間を定期的に繰り返しています。

 黒潮の大蛇行が最初に発見されたのは昭和8年(1933年)ですが、詳細にわかるようになったのは昭和50年(1975年)8月の大蛇行からです。

 大蛇行の原因については、今でもはっきりしたことはわかっていませんが、大蛇行が頻繁に発生する年代と、あまり発生しない年代があります。そして、はっきりとした周期ではありませんが、ほぼ10年に一度くらい発生し、一年以上続いています(表)

表 黒潮の大蛇行期間
表 黒潮の大蛇行期間

 黒潮大蛇行が起きると、黒潮に乗って日本近海にやってくるイワシやカツオなどの回遊魚が沿岸から遠く離れてしまうため、例年の漁場ではとれなくなりますし、遠くなった漁場に向かうには時間と漁船の燃料がかかります。 

 このため、黒潮大蛇行になると漁獲量が減り、価格が高騰して家計を直撃します。

昭和8年(1933年)に黒潮大蛇行の発見

 日本で本格的な海洋調査が始まったのは、大正9年(1920年)からです。

 昭和2年(1927年)に建造された神戸にあった海洋気象台(現在の神戸地方気象台)の春風丸を用いて、精力的な観測が行われ、昭和初期には、日本周辺の海流の様子が分かり始め、その成果である「海流図」を日本の南海上を定期的に航行する船舶が使い始めました。

 船が東進するときは黒潮の本流に乗り、西進するときには黒潮の本流を避けて航行することにより、時間と燃料を節約するためです。

 しかし、海流図を実際に使い始めると、昭和8年からは海流図通りではない事例が相次いでいます。

 また、海軍でも黒潮の異常については早い段階でつかんでいたと考えられます。昭和12年(1937年)の水路要報に、昭和8年(1933年)1月から3月の土佐沖の海流について、巡洋艦「鳥海」による観測が掲載されていますが、この中で、黒潮が予期した事実と違っているという次の記載があります。

 「前回の経験に微して北緯33度26.5分、東経134度36分以後平均70度2ノット位の海流を予期したが事実は之に反した」

 さらに、昭和10年夏に行われた四国沖の潜水艦ランデブー訓練(別々の場所から出発した複数の潜水艦が潜ったまま航行し、目的地で浮上して落ち合う)では、潜水艦が目的地で落ち合えないケースが続出したことから海の流れが想定とは違っていることがわかっています。船舶からの海流の観測は、海のごく表面の流れであり、風の影響を受けています。このため、海流の観測といっても、同時に行った風の観測も用いた推定の海流です。これに対して、潜水艦による海流の観測は、風の影響を受けない真の海流観測で、精度が良いものです。 

 こうして、海流を調査したときに比べ、黒潮の流れが大きく変わった(大蛇行が発生した)ということがわかったのです。

東京の雪日数の増加

 北半球では地球の自転の影響で、大気も海流も渦をまくことがあります。低気圧は大気が渦ですが、海も黒潮の大蛇行が起き、黒潮の一部が分離して、関東から東海の沿岸を東から西へ流れ込むようになって渦をまきます。

 この渦は、低気圧が中心部で気圧が低く周囲で気圧が高くなるように、中心部で海面が低く、周辺で海面が高くなります。このため、沿岸潮位が10~20センチ上昇し、低地は浸水の可能性が高まります。また、低気圧が中心部で上昇量があるように、海の渦の中心部には下層から上層に向かって海水が動いています。海は、下層ほど温度が低いので、冷たい水があがってきて冷水塊となります。

 黒潮は多量の熱を運んでくれますが、この冷水魂によって気温が下がるため局地的な気候変化が考えられます。

 大蛇行の年は東京の雪日数が増えたという調査もあります。

 例えば、鹿児島大学の中村啓彦准教授等は、昭和44年(1969年)11月から平成19年(2007年)3月の冬のデータを分析しています。これによると、大蛇行期間中に南岸低気圧が58回あらわれ、このうち東京で雪が降ったのは12回、直進期間中に南岸低気圧が25回あらわれ、東京で雪が降ったのは0回となっています。これだけの極端な差は、「大蛇行の年は東京の雪日数が増える」といって良いと思います。

 

黒潮大蛇行と豪雪

 海と大気は相互作用をしており、その関係は解明されたわけではありませんが、黒潮大蛇行がおきているとき、黒潮だけでなく、地球の海洋全体、地球の大気全体も通常とは違っていると考えられます。

 過去の記録的な「豪雪」は、ほとんどが黒潮大蛇行の期間と重なるか、その前後です。

 つまり、直近の大蛇行 5回のうち4回は、黒潮本流とは関係がない日本海側で豪雪が発生しています。

昭和38年豪雪  1962年12月から1963年2月の豪雪で通称「三八豪雪」(気象庁命名) 大蛇行の最中(大蛇行期間1969~1963)

昭和52年豪雪  1976年12月から1977年2月の豪雪 大蛇行の最中(大蛇行期間1975.8~1980.3)

昭和56年豪雪  1980年12月から1981年3月の豪雪 大蛇行が始まる(1981年11月)8ヶ月前

昭和59年豪雪  1983年12月から1984年3月の豪雪 大蛇行の最中(大蛇行期間1981.11~1984.5)

豪雪なし      (大蛇行期間1986.12~1988.7)

平成18年豪雪(気象庁命名) 2005年12月から2006年3月の豪雪 大蛇行が終わった(2005年8月)4ヶ月後(大蛇行期間2004.7~2005.8)

 黒潮大蛇行は海の異変だけでなく、気象にも影響をあたえますので、その動向には注意が必要です。

 

図の出典:饒村曜(2010)、海洋気象台と神戸コレクション、成山堂書店。

表の出典:饒村曜(2010)、海洋気象台と神戸コレクション、成山堂書店に加筆。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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