Yahoo!ニュース

台風13号「ハト」が誕生 前の名「ワシ」はフィリピンの被害で引退

饒村曜気象予報士
台風13号発生時の専門家向け地上天気図(平成29年8月20日15時)

台風13号の発生

 台風13号が8月20日15時にフィリピンの東海上で発生し、西へ進んでいます。台風が発生すると、その年の発生順に台風番号がつけられますので、今年13番目に発生した台風です。

 台風には、台風番号と同時に名前も付けられます。アジア等の14ヵ国が10個ずつ名前を提案したリストから順に名付けられ、台風13号は「ハト(HATO)」です。図1は、気象庁ホームページにある台風情報ですが、右上に「台風第13号(ハト)」とあります。

図1 台風13号の進路予報(8月20日21時)
図1 台風13号の進路予報(8月20日21時)

 順番から言えば、「ワシ」と名付けられるはずでしたが、「ワシ」が引退したので、新しい名前である「ハト」になっています。

台風の名前

 何時から台風に名前をつけたのかということははっきりしていませんが、アメリカ軍が戦闘作戦中に台風に巻き込まれて多くの被害を出し、飛行機による台風観測を始めた昭和20年(1945年)からと思います。

 サイパンを基地に、日本各地を爆撃していたB-29戦略爆撃機の部隊の隊員が、戦後、「台風の名前は、遠く離れた故郷の妻や娘の名前を付けた」と話していたという随筆を読んだことがあります。

 ただ、アメリカが台風に名前を正式につけたのははっきりしています。昭和22年からです。

 戦後、日本に進駐したアメリカ空軍は、昭和22年からはアルファベット順の女性名の表を作り、中央気象台(現在の気象庁)に対して協議をして台風予報を行うように要請しています(事実上は命令)。このため、日本でも昭和22年から女性名が使われ、この年のカスリーン台風(Kathleen)の大災害で国民に浸透しました。

 日本が独立した昭和28年からは主に台風番号が使われ、船舶向けの情報など、一部の情報以外では台風の名前(アメリカが命名した女性名)が使われなくなります。

 しかし、米施政下にあった沖縄では、昭和47年の返還まで女性名で台風を呼んでいました。

男女平等とアジア名

 多くの日本人に戦後女性が強くなったと感じさせた台風の女性名ですが、ウーマンリブ運動が盛んになると、災害というマイナスイメージに女性名のみを使うのは不公平ということになりました。このため、アメリカでは世界中の熱帯低気圧の名前については、昭和54年以降は男女名交互の表に変えています。

 連動して、台風名も男女交互の表に変わりました。

 そして、平成12年(2000年)からは、台風名は、アメリカの表からアジア各国が作った表に変わります。

 これは、アジア各国から「なじみの深いアジアの言葉のほうが防災意識も向上する」という意見が出たためです。国連アジア太平洋経済社会委員会と世界気象機関で組織する「台風委員会」の加盟14か国・領域(アルファベット順に、カンボジア・中国・北朝鮮人民共和国・香港・日本・ラオス・マカオ・マレーシア・ミクロネシア・フィリピン・韓国・タイ・アメリカ・ベトナム)は、他の国にとって不愉快な意味となる言葉や、発音しにくい名前を避けたうえで、おのおの10個、合計140個の名前からなる表を作りました。

 台風委員会にアメリカが入っているのは、グアム・サイパンがアメリカ領であるからです。また、香港とマカオが入っているには、中国返還前から台風委員会に加盟していた名残です。

 日本は船乗りが昔から関心を持つ星座名を提案しました(表)。

表 台風のアジア名
表 台風のアジア名

 140個の名前の表に従い、1番のカンボジアが提案した「ダムレイ」から順々に名前が付けられ、140番目のベトナムが提案した「サオラー」が名つけられると、次の台風は1番の「ダムレイ」に戻ります。

 発達した熱帯低気圧(北太平洋中部の名前付き)が日付変更線を越えて北太平洋西部に入ったことによって、台風が発生することがあります。この場合は、すでに付いている名前をそのまま使いますので、台風番号と名前の表がずれますが、それがないと、台風22号が「サオラー」、台風23号が「ダムレイ」です。

台風のアジア名の引退

 アジア名のうち、日本が提案した「ワシ」が平成25年1月に香港で開催された台風委員会で引退と決まりました。これは、「ワシ(平成23年の台風21号:図1)」が、フィリピンに大きな被害をもたらしたためです。

図1 平成23年の台風21号の経路(気象庁ホームページより)
図1 平成23年の台風21号の経路(気象庁ホームページより)

 気象衛星写真(図2)は、フィリピンのミンダナオ島に上陸しようとしている台風21号です。左上にフィリピンのルソン島、左下にインドネシアのセレベス島が識別できます。

 台風21号の中心気圧は992ヘクトパスカル、最大風速が毎秒25メートルと、それほど発達していません。しかし、大雨が降り続き、鉄砲水や土砂崩れ、洪水が相次いだために、死者・行方不明者約1600人という大惨事になりました。

図2 平成23年12月16日12時の気象衛星可視画像(「デジタル台風」より)
図2 平成23年12月16日12時の気象衛星可視画像(「デジタル台風」より)

 「ワシ」の後任は「ハト」です。ハト座は、南半球にある小さな星座で、ノアの箱舟で活躍したハトに因るとされています。

 台風の名前の「引退」は、その台風が人命や経済に甚大な影響を与え、将来に記憶を伝えたい場合に、加盟国からの申請(加盟国の国内事情)で決まります。背番号の「永久欠番」と同じで、以後、台風にはこの名前がつきません。

 引退するアジア名は、ほぼ1年に1個の割合で、多くは、中国やフィリピンでの大災害によってです。

 「ワシ」に続いて、「コップ」も引退が決まり、後任はコグマ座の「コグマ」となっています。「コップ(2015年の台風24号)」が、10月18日に非常に強い勢力でフィリピンのルソン島に上陸し、死者・行方不明者52人、住宅被害14万棟、被災者312万人という大きな被害をもたらしたからです。

 日本では台風の人的被害が減っていますが、東アジアでは相変わらず惨事が続いています。日本の国際貢献として、日本が克服した災害のノウハウが求められています。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

饒村曜の最近の記事