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安倍総理がハワイで献花した「えひめ丸」は、7ヶ月前に気象庁長官表彰を受けていた

饒村曜気象予報士
えひめ丸事故から10年 ハワイで追悼式典(写真:ロイター/アフロ)

安倍総理大臣は、オバマ米大統領と一緒にハワイの真珠湾を訪問予定ですが、それに先立ち、平成13年2月10日にハワイ沖で米の原子力潜水艦に衝突されて沈没した宇和島水産高校「えひめ丸」の慰霊碑に献花しています。

慰霊碑のある場所は、沈没現場が見渡せるホノルル市のカカアコ臨海公園です(タイトル画像は平成23年の追悼式典の時のものです)。

この「えひめ丸」は、沈没する7ヶ月前、日頃の観測や通報の励行に対して気象庁長官表彰を受けています。

海上気象観測の通報を励行している船舶に気象庁長官による表彰

船舶は、100年以上前から、観測した海上気象や海洋の観測結果を、気象庁(前身の中央気象台)に通報しています。

現在は逐一無線通報ですが、無線が普及する前は、船が港につくたびにまとめて郵送していました。

気象庁にとっては、日々の天気予報や警報などの情報提供に非常に役だつと同時に、観測結果の蓄積から、地球温暖化等、気候変動の監視・研究にも利用しています。

船舶にとって、気象庁が精度の高い海上予報・警報を発表することにより、より安全で経済的な航海をすることができるますので、船舶と気象庁はお互いにメリットがある互恵関係にあります。

とはいえ、船舶を運行しながらの観測・通報は労苦を伴いますので、毎年6月1日の気象記念日には、海上気象または海洋観測の通報を励行している船舶に対し、国土交通大臣あるいは気象庁長官による表彰が行われ、日頃の観測や通報の励行に敬意を表しています。

平成12年6月1日の気象記念日では、愛媛県立宇和島水産高等学校の4代目水産実習船「えひめ丸」が、日頃の観測や通報の励行に対して気象庁長官表彰を受けています。

「えひめ丸」と「グリーンビル」

表 「えひめ丸(4代目)」の諸元
表 「えひめ丸(4代目)」の諸元

気象庁長官表彰の7ヶ月後の平成13年2月10日、悲劇が「えひめ丸」を襲います。

遠洋航海実習中にハワイ沖で米海軍の原子力潜水艦「グリーンビル(6927トン、全長109.73m)]に衝突されて沈没し、乗船していた35名のうち、8名前死亡、1名が行方不明となりました。

宇和島水産高等学校では、事故の翌年から、このような痛ましい事故が二度と起きないように、また悲劇が風化しないよう、2月10日を「えひめ丸事故追想の日」としています。

今も天気図に残されている「えひめ丸」の海上気象観測

天気図に記入されている船舶からの観測は、重なって読めなくなることを避けて間引きしたものであるため、通報された観測が、いつも天気図に記入されているわけではありません。しかし、船舶から通報された観測結果は、全てが天気図解析担当者の前のモニター画面に表示され、それを使って天気図が作成されています。また、全ての観測データは蓄積され、研究等に使われています。

「えひめ丸」は、事故直前まで、これまでと同様に気象庁へ海上気象観測結果を通報していましたが、他の船舶があまり航行しない海域での貴重な観測であったため、気象庁が作成し、永久保存としているアジア太平洋天気図には、沈没した[えひめ丸]の観測結果がいくつも残されています。

つまり、宇和島水産高校の「えひめ丸」の海上気象観測が永遠に残っています。

図1 平成13年1月17日06UTC(日本時間15時)のアジア太平洋天気図の一部
図1 平成13年1月17日06UTC(日本時間15時)のアジア太平洋天気図の一部

図1は、平成13年1月17日06UTC(協定世界時:日本時間では15時)のアジア太平洋天気図ですが、北緯19度、東経172度付近に記入されている船舶の観測値が「えひめ丸」のものです。

船舶を識別するコールサインは隠してデータ交換

図1には、船舶の信号符号(コールサイン)が記人してありません。

船舶からの送られてくる最初の観測データには、信号符号があるのですが、即時利用につかうものについては、船が特定され、海賊等の攻撃を受けないよう、安全上の観点から信号符号を落としています。

ただ、後日刊行する天気図等の観測表には信号符号が載っています。

図2 平成13年1月17日06UTC(日本時間15時)の船舶からの観測表の一部
図2 平成13年1月17日06UTC(日本時間15時)の船舶からの観測表の一部

図2は、図1の時刻における船舶の観測表の一部ですが、この中に、JPQI(4代目「えひめ丸」)という船からの報告が記されています(図2では最下段)。

つまり、平成13年1月17日15時に、JPQI(えひめ丸)は、北緯19.4度、東経172.3度にあり、気圧は1014.0ヘクトパスカル、風向は90度の方向(東)、風速は14ノット(毎秒7.2メートル)、気温と露点温度は不明(報告なし)、視程は4キロメートル、現在の天気は視界内に降水現象があり海面に達しているが5キロメートル以上離れている、過去6時間前からの天気は雨、雲量は10分の9以上だが雲のない部分(隙間)があるという観測をしたということがこの天気図上に残されているのです。

この頃の「えひめ丸」はというと、1日に経度にして5度位の早さ(時速約20キロメートル)で東南東へ進んでおり、1月19日には日付け変更線を超えて西経に入って実習を続け、2月10日に運命のハワイ沖に達しています。

図表の出典:饒村曜(2008)、永遠に残る「えひめ丸」の海上気象観測、海の気象vol.54.No.2、海洋気象学会。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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