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伊勢志摩サミット 地球温暖化対策で海洋観測網「新アルゴ計画」

饒村曜気象予報士
モルディブ(写真:アフロ)

5月26~27日に伊勢志摩サミットが開催され、昨年12月に採択された地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」については、年内の発効をめざすことで一致しました。

これに先立って5月17日に茨城県つくば市で行われたG7科学技術担当大臣会合では、地球温暖化対策の技術的な裏付けとなる海洋観測網強化をうたった共同声明が採択されました。

科学技術担当大臣会合の共同声明

主要7カ国科学技術担当大臣会合では、地球温暖化予測や海洋生態系の保護に役立てるため、国際的に海洋観測網を強化することなどのを共同声明「つくばコミュニケ」を採択しています。

「海洋環境は破壊や酸性化によって急激に変化しているが、海洋内部の大部分は十分に観測されていない」として、現在行われている国際プロジェクト「アルゴ計画」などの観測網を強化し、酸性化や深海域の温暖化の解明に乗り出す方針が盛り込まれています。

声明を受け、今後、海水の酸性度や二酸化炭素濃度、魚の増減に影響する葉緑素「クロロフィル」を加えることなどを観測する「生物地球化学アルゴ計画」や、深海域が蓄積する熱量の実態を解明するため6000メートルまで深く潜れる「深海アルゴ計画」が検討されます。

地球温暖化対策をたてる基礎である海洋観測を行う「アルゴ計画」は、海中を海流に流されながら上下する無人観測機を使い、海面上に浮かび上がった時に観測データを送信するものです。

海面を漂流するブイ

海に目印になる漂流物を流し、流した地点と見つかった地点を特定することでその間の海流を知ろうということは、昔から考えられ、実行されてきました。

その漂流物に観測機器を積めば、漂流しながら観測してくれることになりますが、このアイデアは、その観測が海のどこであるのかがわからないことから、使いものになりませんでした。船による観測では、乗組員が船の位置を絶えず把握しているのでこのような問題は生じませんが、無人の漂流物では致命的な欠陥でした。

しかし、近年の人工衛星利用技術の進歩はめざましく、海の上であってもGPS衛星でその位置を特定でき、観測結果は直ちに通信衛星によって自動的に必要な場所に届けることが可能となりました。

このため、気象庁では、平成12年度から漂流型海洋気象ブイ(直径64cm、高さ66cmの円筒形で重量は約60kg)の運用を開始しています。

このブイは、気象庁の観測船から投入されると、自分の位置をGPS衛星で把握し、波の高さや波の周期、気圧、海面水温を観測し、観測データは通信衛星を経由してただちに気象庁に送っています。

また、漂流型海洋気象ブイは、海中に没している部分が大きく、風による影響は小さいことから、正確な位置の移り変わりから海面付近の海流も計算できます。

漂流型ですので、行先は海流まけせですが、ブイの正確な位置を定期的に報じてくれることから、観測船などでの回収も比較的容易です。このため、観測に不適切な場所に流れていっても、回収して、再度、適切な場所での再投入しています。

海中を漂流するブイ(中層フロート)

海の中の観測となると、海上の観測のように容易ではありません。おもりを調節して,海中を漂うようにした漂流物をつくっても、海中では電磁波が通過しないので、簡単に正確な位置の把握も、観測データを集めることができないからです。

そこで、注目されたのが「中層フロート」です。

これは、長さ110cm、直径20cmくらいの細長い円柱で、水温と塩分濃度の観測機器を積んでいます。

図1 アルゴフロートの仕組み
図1 アルゴフロートの仕組み

「中層フロート」を投入すると、設定した深さまで潜り、

そこで流され、一定期間毎に海面付近に浮上して人工衛星にデータを送り、

再び設定した深さまで潜ります。

これを4~5年にわたって繰り返します(図1)。

例えば、2000mで10日間と設定すると、前回浮上した位置と今回浮上した位置との距離から2000mの深さでの海流が、浮上するときに観測した2000mの深さから海面付近までの水温と塩分濃度などがわかるというのが、その仕組みです。

アルゴとジェイソンの協力で海の天気図

「中層フロート」を大規模に投入し、海洋観測に大きな成果をもたらした計画の一つが「アルゴ計画」です。

これは、世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の国際機関と各国の関係諸機関の協力のもと、全世界の海洋に約3000個の中層フロートを投入し(図2)、海の状況をリアルタイムで監視・把握するシステムを構築する国際科学プロジェクトです。

図2 アルゴフロートの展開
図2 アルゴフロートの展開

最初に設定された目標である、全世界で3000個は、10万平方キロメートルに1個の割合の観測です。少ないようですが、海の変化は大気の変化よりゆるやかですので、3000個の海の中の観測を一ヶ月、二ヶ月と積み重ねることで、かなりのことがわかります。

日本では、外務省、文部科学省(実施機関:海洋研究開発機構)、水産庁、国土交通省、気象庁、海上保安庁が協力して推進しています。

そして、日本のアルゴ計画におけるデータ提供は、アルゴフロートデータを即時的に公開する目的で気象庁が運用するリアルタイムデータベースと、高度な品質管理を施したデータを公開する目的で海洋研究開発機構/地球環境観測研究センターが運用する高品質データベースによって行われています。

天気図を作って大気の様子を把握し、数値予報という手法を用いた大型計算機で将来の大気の様子を予測するように、海水中の水温や塩分の観測データをリアルタイムで入手できれば、海の中の天気図が作成でき、計算機を使って海洋の立体的な動きを予測することができ、エルニーニョ現象の予測や気候変動の解明に役立つことが期待されています。

アルゴ計画では、アルゴブイによって全球にわたる海洋表層から中層(0~200メ-トル)の水温・塩分をリアルタイム監視するだけでなく、海面の凸凹を観測することができる海面高度衛星ジェイソン(米国と仏国の共同運用)の観測データなどを併せて解析しています。

分割された星座「アルゴ座」

「アルゴ(ARGO)計画」という名前は、ギリシャ神話に由来します。

英雄ジェイソン(Jason)がその仲間とともに、黄金の羊毛を捜し求めるためにアルゴ船(Argo)に乗ったというギリシャ神話です。

つまり、米国と仏国の共同運用の海面高度衛星Jasonと、世界各国が協力して海の中を観測するフロートArgoが力をあわせて、海洋の真実を探し出すという願いがこめられています。

さらに言えば、アルゴ船は女神アテナによって南半球にある星座になったとされています。このアルゴ座(図3)は、長いこと人々に親しまれてきましたが、星座の中でとびぬけて大きく、進歩してきた天文学にとって、扱いにくくなってきました。

図3 アルゴ座(現在は羅針盤座、帆座、艫座、竜骨座に分割)
図3 アルゴ座(現在は羅針盤座、帆座、艫座、竜骨座に分割)

このため、18世紀には、羅針盤座、帆座、艫(とも)座、竜骨座の4つの星座に分割され現在に至っています。

天文学の進歩と共に、大きく変わったアルゴ座のように、アルゴ計画によって、私たちの海に関する知識が大幅に変わり、生活自体も大きく変わるかも知れません。

ミレニアムプロジェクト

アルゴのためのフロートの放流が始まったのは平成12年です。

日本国政府は、新しいミレニアム(千年紀)の始まりを目前に控え、人類の直面する課題に応え、新しい産業を生み出す大胆な技術革新に取り組む「ミレニアム・プロジェクト」を推進しています。この中の地球温暖化防止のための次世代技術開発の一つとして「高度海洋監視システム(ARGO計画)の構築」が入っています。

アルゴ計画は、平成19年11月に、当初目標であった全世界で運用数が3000個の目標に達しています。寿命等ですでに運用を終えたものがありますので、実際の投入数は3000個より多いのですが、日本のアルゴフロート運用数はアメリカに次いで世界で2番目です(表)。

表 最初に目標の3000個に達した2007年11月の国別アルゴフロート数
表 最初に目標の3000個に達した2007年11月の国別アルゴフロート数

アルゴフロートの設計寿命は約5年ですから、観測が停止したフロートの補充を年800本行えば、十分3000個の観測網を維持することができるとされています。

アルゴフロートが全世界の海洋で運用されるようになったことから、これまで観測が少なかったインド洋や冬季の高緯度海域などでも常時データが入手できるようにな展させようというのが、今回のサミットのテーマの一つです。

新アルゴ計画

南極海には、化学生物指標を監視する改良フロートを約200個投入して、2014年から6年間の「南大洋炭素気候観測モデル化プロジェクト」が実施されています。

このフロートを1000個以上全球に展開するのが、伊勢志摩サミットで決まった「生物地球化学アルゴ計画」です。

また、1250個のフロートで6000メートルまで観測し、世界の海の99%からデータを得ることが計画されています。これが「深海アルゴ計画」で、日米欧でフロートの試験が実施されています。

世界各国が協力して海の中をくまなく観測し、海の様子を正確に観測する時代になってきました。

図の出典:饒村曜(2010)、海洋気象台と神戸コレクション、成山堂書店。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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