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熊本地震から1ヶ月 土砂災害警戒情報は深層崩壊や地滑りを対象としていないことを意識した警戒が必要

饒村曜気象予報士
ガケ崩れ(提供:アフロ)

4月14日に発生した熊本地震の前震から1ヶ月が経過しました。熊本県では九州で初めて震度7を観測しましたが、熊本県以外では震度5強以上の震度は観測されませんでした。

しかし、16日の熊本地震の本震では、熊本県で震度7のほか、大分・福岡・佐賀・長崎・宮崎の各県でも震度5強以上を観測しています。

通常基準より引き下げた暫定基準

熊本地震で震度5強以上を観測した地域では、地盤が脆弱になっている可能性が高いため、雨による土砂災害の危険性が通常より高いと考えられます。

このため、気象庁ではの震度5強以上を観測した市町村については、当分の間、気象台が発表する大雨警報、大雨注意報、洪水警報、洪水注意報の発表基準を通常基準より引き下げた暫定基準で運用しています。

また、各県と気象台が共同で発表している土砂災害警戒情報の発表基準も通常基準より引き下げた暫定基準で運用しています(表)。

表 土砂災害警戒情報の暫定発表基準
表 土砂災害警戒情報の暫定発表基準

土砂災害警戒情報とは

土砂災害の発生件数は、昭和50年代前半には年間800回以下であったものが、平成10年以降は年間1100回以上と、近年増加傾向にあります。

この土砂災害被害を軽減するため、気象庁と都道府県とが共同で発表する防災情報が「土砂災害警戒情報」です。大雨警報発表中に、土石流や集中的に発生する急傾斜地崩壊の危険度が高まった市町村を特定(一部の市町村はさらに分割)して発表するものです。

市町村長が避難勧告を発令する判断につかったり、住民が自主避難の参考として使われます。

平成17年9月1日に鹿児島県から始まり、平成18年4月28日に沖縄県と順次拡大が図られ、全都道府県において発表されるようになったのは平成20年3月21日からです。

土砂災害警戒情報は、土壌雨量指数(水分が地中にどれだけ溜まっているかを示す指数で、この値が大きいと崩れやすくなる)と1時間雨量の実況値と予測値をもととして発表されます。

土壌雨量指数は、強い雨でも短時間で降りやむなら大きな値になりませんが、弱い雨が続いた場合には徐々に土壌雨量指数が上がります。上がったうえに強い雨が降ると、土壌雨量指数は急上昇して土砂災害の危険性が高まります。

また、雨がやんでも土壌雨量指数が大きな値である間は、土砂災害の危険性が高い状態です。

土砂災害警戒情報の限界

熊本地震により土砂災害警戒情報の発表基準も通常基準より引き下げた暫定基準で運用しているといっても、深層崩壊や山体の崩壊、地すべりといった土砂災害は、土砂災害警戒情報の対象外です。

過去に、地すべり災害によって大きな被害が発生したとき、土砂災害警戒情報を発表していなかったと批判されたことがありました。災害が発生してからでは、言い訳にしか聞こえませんでした。

土砂災害警戒情報が非常に有効な情報であることには間違いがないので、普段から限界についての積極的なPRが必要と思います。

気象庁HPには、土砂災害警戒情報の利用上の留意点ということで、このことの説明がありますが、わかりずらい位置にあります。

土砂災害警戒情報は、降雨から予測可能な土砂災害のうち、避難勧告等の災害応急対応が必要な土石流や集中的に発生する急傾斜地崩壊を対象としています。しかし、土砂災害は、それぞれの斜面における植生・地質・風化の程度、地下水の状況等に大きく影響されるため、個別の災害発生箇所・時間・規模等を詳細に特定することはできません。また、技術的に予測が困難である斜面の深層崩壊、山体の崩壊、地すべり等は、土砂災害警戒情報の発表対象とはしていません。

出典:気象庁HP

深層崩壊と表層崩壊

土砂災害は、災害の形態によって、山崩れ・かけ崩れ・地すべり・土石流などに分けられ、崩壊の形態により、表層崩壊と深層崩壊に分けられます(図)。

図 表層崩壊と深層崩壊
図 表層崩壊と深層崩壊

深層崩壊は、大雨、融雪、地震などが原因で発生します。深層崩壊がではまれにしか起こらないのですが、ひとたび発生すると大災害に結びつく可能性があります。

深層崩壊は、地下水圧の上昇によって発生するので、大雨の数日後に発生することもあります。強い雨のピークと深層崩壊のタイミングが大きくずれることがあるのです。

土砂災害警戒情報は、強い雨に起因する土石流や集中的に発生するがけ崩れを対象としていますので、対象のほとんどは表層崩壊です。

地すべり

地すべりは斜面の一部、あるいは全部が重力によって斜面を下方に滑り落ちる現象です。降雨や融雪による地下水の上昇や、地震や火山の活動による斜面の形状の変化などで発生します。

つまり、熊本地震後は、深層崩壊も地すべりも発生の可能性があるのです。

斜面の状況には常に注意を

土砂災害警戒情報は、土砂災害の全てに対応しているものではありませんが非常に有効な情報です。

しかし、万能ではありません。土砂災害警戒情報等が発表されていなくても土砂災害は発生することがありますので、斜面の状況には常に注意を払う必要があります。

そして、土砂災害の前兆現象に気がついた場合には、直ちに周りの人と安全な場所に避難するとともに、市町村役場等に連絡して下さい。

土砂災害の前兆現象には、地鳴り、落石、小さな崖崩れ、擁壁のひび割れ、地下水の濁り、橋などのゆがみなどいろいろとりますが、要するに、普段とは異なる状況のことです。

普段と異なっていたら、自分の身を守るために早めの避難行動が大切です。

図の出典:饒村曜(2014)、天気と気象100、オーム社。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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