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ウクライナ情勢が台湾に連動するこれだけの理由

野嶋剛ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授
台湾で行われたロシアに抗議するデモ(写真:ロイター/アフロ)

「今日のウクライナは明日の台湾」

ここ数日、こんな見出しが台湾メディアのヘッドラインを飾っている。昨年までは「今日の香港は明日の台湾」だったのが、今回のロシアによる侵攻を受けて、ウクライナが香港に取って代わったことは、台湾海峡を挟んだ中国と台湾の対立関係に、新しいファクターが加わったことを予感させる。

地理的にも異なる条件にある台湾とウクライナを完全に同一視する必要はない。すぐに中国の台湾侵攻が起きる可能性は低いかもしれない。

だが、それだけでウクライナ情勢が台湾に波及しないと言い切ってしまうことも、いささか時期尚早な議論のように思える。

反西欧・反米的スタンス、民主主義への警戒、大国の復活に対する希求、力への信奉、言論統制と独裁体制の護持ーー

ロシア・プーチン政権と中国・習近平政権の共通項は著しく多い。そんな両国が固執するウクライナと台湾は、今後、何らかの形で連動していくと考える方が合理的ではないだろうか。

曖昧な中国の立ち回り

ウクライナ問題における中国の「立ち回り」は曖昧だ。「話し合いによる解決」を求めながら、ウクライナへの攻撃に対する評価は留保している。国連安全保障理事会で、ロシアに対する非難決議が常任理事国ロシアの拒否権で廃案になったが、中国は賛成でも反対でもない棄権に回った。

中国は台湾が自国の領土だと自認し、常日頃から「内政不干渉」を盾に米国など外国が台湾問題に関与することを厳しく批判している。

その「内政不干渉」の論理でいえば、ウクライナへのロシアの実力行使は、中国にとって本来まったく容認できないものだ。

仮に中国がロシアのウクライナ攻撃を支持すれば、台湾問題でブーメラン状態に陥ってしまう。経済的にはロシアの孤立を助ける姿勢を見せながら、ウクライナ攻撃が侵略だとは明言しないのはそのためである。

ただ、台湾というキーワードを当てはめてみれば中国の行動がクリアに見える部分が出てくる。

北京五輪で会談する習近平・国家主席とプーチン大統領
北京五輪で会談する習近平・国家主席とプーチン大統領写真:ロイター/アフロ

北京五輪開催にあたって、プーチン大統領と習近平国家主席は会談した。2人はAUKUSなど米国が構築した対中包囲網を厳しく批判し、台湾問題についてプーチンは明確に独立反対で歩調を合わせている。

そこからは、米国など各国による対中包囲網と台湾支援の動きを、このウクライナ危機のなかであわよくば弱体化させたい、との中国の思惑が透けて見える。

プーチンによる習近平へのリップサービスであり、ロシアは中国に「貸し」を作った形だった。一方、対中包囲網に対する批判は、ロシアのNATO東方拡大への批判にも通じる。プーチンにも習近平に同調するメリットはあった。

「台湾海峡があってよかった」

NATOなどから救いの手がなかなか届かず、ロシアの侵略に全土を蹂躙されかけたウクライナの悲劇的状況に、台湾の人々は言い知れない恐怖を感じた。

「台湾海峡があってよかった」。そんな感想を漏らす台湾の知人もいた。

国境の北、東、南から地上軍の侵入を招いたウクライナに比べて、台湾と中国との間には幅130キロの天然の盾・台湾海峡があるので、仮に中国が侵攻しようとしても、その作戦難度ははるかに高いことは言うまでもない。

しかし、サイバー戦やミサイル攻撃などで軍事施設や政府機能を瞬時に麻痺させ、それから正規軍が侵攻した今回の展開は、現在、各方面で論じられている中国人民解放軍による台湾侵攻シナリオとも、基本的に大差ないものだ。

ウクライナの人口は約4000万人。台湾は約2300万人。国土面積こそウクライナがはるかに大きいが、一定の人口と軍備を有する攻撃対象を短時間で無力化する大規模軍事作戦という意味では、ロシアのウクライナ侵攻は、今後確実に中国による台湾侵攻のモデルケースとして研究材料にされるだろう。

中ロとも強調する「歴史的一体性」

次のポイントは、攻撃を正当化する中ロのロジックが似ていることだ。

プーチンの演説や発言を聞く限り、ロシアとウクライナには歴史的な一体性があり、ロシア人とウクライナ人は特殊な関係にあると考えている。

そのため、東方拡大したNATOにウクライナが取り込まれ、ウクライナがロシアと対立側に立つことは容認できないというものだ。

これは、台湾が古くから中国の神聖な領土であると憲法に定め、台湾統一を国家目標に掲げ、台湾の人々は血の繋がった同胞であり、「両岸一家親(中台は一つの家族)」だという習近平の主張と本質的に変わらない。

重要なのは、中ロとも「歴史的に特殊な関係にある」という、客観的には立証不可能な主観的見解を、相手への武力行使を正当化する論拠にしているところにある。

そして、その見解に対して、当事者のウクライナや台湾の人々が同意するかどうかは、基本的にお構いなしなのである。

同盟国なき脆弱性でも共通

ウクライナはNATOの集団安全保障のチームに入っていないことがロシアの攻撃を受けても独力で対応しなければならない最大の原因となったが、台湾の場合も、同盟関係にある友好国を持たない点では、同じ脆弱性を抱えている。

米国には台湾関係法があるが、台湾への武器供与は定めていても、台湾有事において米軍が介入するかどうか明言しない形にしている。

1996年の台湾海峡危機のときは米軍は空母二隻を派遣して中国を沈黙させたが、いまや中国の海軍やミサイルは米空母の接近を許さないほど充実しており、戦略環境は1996年と比べて大きく変貌した。米軍介入の不確定性は高まっている。

アフガンの米軍撤退でも「台湾見捨てられ論」が一時広がったが、米国の弱体化が顕在化するほど台湾の安定が揺らぐ構図にある。今回のウクライナ問題で米国の実力が疑問視されることは台湾のメリットにはならない。

軍の視察を行う台湾の蔡英文総統
軍の視察を行う台湾の蔡英文総統写真:ロイター/アフロ

蔡英文政権の積極行動の裏にあるもの

そのため、ウクライナへの攻撃開始の前から、蔡英文総統は台湾周辺の軍事動向の監視と警戒を強化する指示を出し、政権内部にタクスフォースを立ち上げた。ロシアを「ウクライナの主権を侵害している」と厳しく批判し、この問題における台湾の立ち位置を世界に向けて説明しようと積極的に試みている。

ウクライナは台湾にとって利害があまりない国ではあるが、今回の事態については、中国からの圧力に日々さらされる身として、西側(特に日米)と足並みをそろえ、「大が小を力で蹂躙する」ことに明確にノーを表明したいとの考えだ。

「今日のウクライナは明日の台湾」という記事が目立つ台湾のメディア(著者撮影)
「今日のウクライナは明日の台湾」という記事が目立つ台湾のメディア(著者撮影)

ウクライナへの経済制裁でも台湾は米国と足並みを揃えた素早さを見せた。台湾には強力な半導体製造能力があり、輸出規制には一定のインパクトがある。

この制裁について、台湾外交部は声明で「台湾は国際社会の民主陣営の一員として、民主自由や法治、人権などの普遍的価値観を守り抜く。ロシアが外交的、平和的方法をとらずに強きをもって弱きをくじく武力の手段を使ったことは極めて遺憾だ」と述べている。

これは、ロシアを中国と言い換えて、中国には「平和的方法」以外の手法で台湾への圧力をかけないよう求めていると読み解くことができる。

つまり、台湾はロシアを批判しながら、中国を牽制しているのである。

「米国はあてにならない」との認知戦

当然、中国は面白くない。ただ、台湾へのあからさまな反撃や圧力は、いまの国際世論上、不利な反応を招く恐れがあり、しばらくは自制するだろう。

だが、米軍のアフガン撤退の時、「米国という後ろ盾はあてにならない。いつか台湾はアフガンのように見捨てられる」という情報が、台湾の親中国系メディアから活発に発信されて蔡英文政権に揺さぶりをかけた。

今回のウクライナ問題に借りて、「米国や西側はいざという時に助けてくれない」という論調を広げ、2022年11月の統一地方選や、2024年1月の台湾総統選に向けて、世論工作と国民党支援のための「認知戦」を仕掛けていくとみられる。

「今日のウクライナは明日の台湾」になるかどうか、あり得ないと言い切れないのは、中台関係がこのようにロシア・ウクライナ関係に通じるものが多いからだ。台湾問題とウクライナ情勢は深く連動し、今後さらに影響を広げる可能性がある。

ジャーナリスト/作家/大東文化大学教授

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。朝日新聞入社後、政治部、シンガポール支局長、台北支局長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港や東南アジアの問題を中心に、各メディアで活発な執筆、言論活動を行っている。著書に『ふたつの故宮博物院』『台湾とは何か』『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』。最新刊は12月13日発売の『台湾の本音 台湾を”基礎”から理解する』(平凡社新書)』。

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