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【岡部由起子・技術委員が語るルール改正(1)】大きく変わるジャンプの可能性

野口美恵スポーツライター
新時代を象徴するジャンパーのひとり、イリア・マリニン(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

国際スケート連盟(ISU)は北京五輪後となる2022年6月の総会で、大きなルール改正を採択した。フィギュアスケートはどんな未来を目指しているのか、ISUの技術委員に再任された岡部由起子さんにお聞きした。第1回目は「大きく変わるジャンプの可能性」

ジャンプシークエンスの基礎点が1.0倍に

羽生が初成功の「4T+3A」は基礎点がアップ

今回の改正のなかで、選手たちに最も影響があるのは「ジャンプシークエンスの基礎点」が0.8倍から1.0倍に引き上げられた変更だ。「これにより選手たちの戦略は大きく変わってくるでしょう」と岡部さんは指摘する。

まず、連続ジャンプの定義は「1つ目のジャンプの後、着氷した足で次のジャンプを跳ぶもの」とされている。一般的な左回りの選手の場合、ジャンプは右足で後ろ向きに着氷する。そのため、アクセルを2つ目に跳ぶためには「右足の後ろ向き」から「左足の前向き」に踏み変えてから跳ぶことになる。この跳び方を「ジャンプシークエンス」と呼び、「足を踏み変えるぶん簡単」という理由から、基礎点は0.8倍とされていた。

「これまでアクセルを2つ目に入れるのは簡単だとされていましたが、実際には『4回転トウループ(4T)+トリプルアクセル(3A)』や『トリプルアクセル(3A)+トリプルアクセル(3A)』のように、高難度のジャンプを続けて跳ぶのは非常に難しいことです。こういった価値あるジャンプは、基礎点を0.8倍にするのではなく、100%の基礎点を出していいのではないかという議論になりました」

実際のところ、『4T+3A』は2018年に羽生結弦さんが世界初で成功。しかし超高難度にもかかわらず基礎点は0.8倍になるため、「19.25点」の0.8倍である「15.4点」が配点された。あえてこのシークエンスを入れた理由を、羽生さんは当時こう語っていた。

「点数的なところではなく、自分が出来る最高の連続ジャンプは4回転からの(トリプル)アクセルかなあと。スコアとかは関係なく、自分がジャンプを楽しんでいる原点的なところ」

つまり羽生さんは、得点としては不利になることは承知の上で、自身の存在証明としてこのジャンプを披露していたのだ。

一方、早くもこのルール改正を活かし、2022年9月のUSインターナショナルクラシックでは、イリヤ・マリニン(米国)が、『3回転ルッツ+3A』を初成功。4回転アクセルに話題が集まりがちだが、実際にはこのシークエンスも世界初成功であり、ジャンプの組み合わせで基礎点を積み上げていく作戦をとっている。

2018年GPフィンランド大会で4T-3Aを世界初成功
2018年GPフィンランド大会で4T-3Aを世界初成功写真:なかしまだいすけ/アフロ

「4回転トウループ+3A+3A」は基礎点25.5点

新たに生まれる夢のジャンプは誰の手に!?

岡部さんはこう続ける。

「得点的に有利ではないので、ここ3シーズンの間、アクセルのシークエンスを取り入れる選手はほとんどいませんでした。今回、100%の基礎点になることで、多くの選手が挑んでくるでしょう。むしろ今度は『4T+3A+3A』や『3A+2A+2A』といった3連続も入れてよいルールになりますので、新たな挑戦が期待されます。どんな組み合わせが自分にとって最も得点が高くなるのか、それぞれの選手が計算しながら、新たな戦略を練ってくるでしょう。色々なバリエーションが増えるので、選手にとっても挑戦ですし、見る人にとってもワクワクが増えます」

この岡部さんが1つの例として挙げた『4T+3A+3A』は、基礎点合計が25.5点。もし試合で決まれば、世界初の組み合わせというだけでなく、世界最高点の究極の技になる。羽生はアイスショーのフィナーレで『4T+3A+3A』を披露したことがあるが、実戦で誰が最初にチャレンジするのか、期待が高まる。

また宇野昌磨は「新しくシークエンスのアクセルジャンプの練習を入れています。連続ジャンプで色々なバリエーションが出来ると思うので、どの選手もアクセルを取り入れてくるなかで、置いていかれないように練習したいです」と気を引き締める。日本女子で唯一4回転トウループを成功させている島田麻央(13)も、フリーで「3回転+ダブルアクセル」のシークエンスを入れるなど、果敢に攻める構成を模索中だ。

一方、この改正で新たな傾向も生まれるだろう、と岡部さんは予想する。

「これまで多くの女子選手が入れていた大技『2A+3T』は、『3T+2A』にすることで少し楽になる可能性があります。順序を逆転させる戦略にする選手が増えるかもしれません。また、これまで多くの選手が3連続ジャンプの2つ目に使っていた「オイラー」は、1回転ループの基礎点しかもらえないため、トップ選手はオイラーよりもアクセルをうまく取り込んでくると思います」

実際に、9月のロンバルディア杯で優勝を決めた渡辺倫果は、演技後半の『3回転ルッツ+2A』で11.42点を稼いで大きな得点源にしていた。トリプルアクセルの成功だけでなく、演技後半までしっかりと戦略が練られていることを伺わせた。

新たな自分の持ち味を探すきっかけにもなるこの改正。若手選手も含めて、どんなチャレンジを見せてくれるのか期待が広がる。

トリプルアクセルを身につけ躍進が期待される渡辺倫果
トリプルアクセルを身につけ躍進が期待される渡辺倫果写真:西村尚己/アフロスポーツ

ジャンプ間でのチェンジエッジが減点に

正しい連続ジャンプを、より推進

また、ジャンプに関する改正としては新たに、「連続ジャンプの間でのチェンジエッジ」が減点として明記された。これは1つ目のジャンプの着氷後に、『アウト→イン→アウト』とチェンジエッジを挟むことで加速させてから、2つ目のジャンプを跳ぶというものだ。この跳び方に対して、減点『-1〜-2』が明記された。岡部さんはこう説明する。

「本来の連続ジャンプは『着氷したエッジのままただちに踏み切る』という定義です。しかし着氷後に勢いをつけるためなのか、チェンジエッジを入れてから跳ぶ選手がいました。1つ目のジャンプで着氷に流れがなくても、チェンジエッジを入れると2つ目を跳べてしまうので、正しい跳び方ではありません。しかしGOEの減点項目として明記されていませんでしたので、ジャッジとしてはマイナスをつけにくい状況でした。そういった跳び方が気になりだしたのは、ここ2〜3シーズンほどでしたので、今回の改正で減点が明記されました」

特に女子選手の場合は、連続ジャンプの2つ目に3回転トウループを付けられるかどうかがトップ争いのカギ。そのためには1つ目の着氷でいかにスピードを殺さないかが重要な技術だが、このチェンジエッジを挟むとエッジの傾斜で加速させることができてしまうのだ。トップグループのなかにもチェンジエッジが目立つ選手が出てきており、注意を促されたかたちだ。日本選手には、チェンジエッジを入れる癖のある選手はほとんど見受けられないため、大きな影響はないだろう。いずれにしても、より質の高い連続ジャンプを跳ぶことが求められるようになる。

羽生は世界初の4回転ループを決めた
羽生は世界初の4回転ループを決めた写真:YUTAKA/アフロスポーツ

「4回転ループ・フリップ・ルッツ」の基礎点変更は!?

「技術委員として継続審議していく」

またジャンプの基礎点の変更については、継続的に審議していくという。実は今から2年前の20年5月〜7月にかけ、一度ルール変更が発表され、取り下げとなった案件があった。「3回転ルッツ」と「フリップ」が同じ5.3点に、「4回転ループ」「フリップ」「ルッツ」が同じ11.0点になる、というものだ。当時、国際スケート連盟はこう説明していた。

「調査の結果、3回転ルッツと3回転フリップの難度は同じであり、難しさはスケーターの体に依存する。また統計上、4回転ループ・フリップ・ルッツのなかではループが(成功者が少なく)最も難しい4回転である可能性が高いが、これもスケーターの体に依存するため、ループ・フリップ・ルッツに同じ基礎点を与える」

ところがこの発表のわずか2ヶ月後、「コロナ禍のなか、大きなルール変更に選手が対応することは負担が大きい」という理由から変更は撤回された。

4回転ループは、羽生が積極的に取り組んできた4回転でもあり、現在は、宇野昌磨や鍵山優真も取り入れる、日本男子の強さの象徴的なジャンプ。しかし海外勢はほとんど跳んでおらず、成功者数から考えれば4回転ループはルッツよりも難しいという印象がある。この改正は完全に消えてしまったのかについて、岡部さんはこう話す。

「今季は、PCSやジャンプシークエンスなど大きなルール改正がありましたので、ジャンプの基礎点の変更は来シーズン以降に再考、ということです。選手の負担を考え、まずは新ルールで様子を見てから、次のステップに進もうという判断です。基礎点については、2年に1度のルール変更ではなく、コミュニケーション(連絡事項)として毎年変えることが可能です。今回の総会では話題になりませんでしたが、今後も技術委員として検討していきたいと思います」

フィギュアスケートのルールは、よりよい未来へ選手達を導こうと、変わり続けていく。新たな基準のなかで、選手たちがさらなる飛躍を遂げることを期待したい。

(第2回へ続く)

ISUの技術委員として、選手の飛躍につながるルール改正を目指す岡部由起子さん
ISUの技術委員として、選手の飛躍につながるルール改正を目指す岡部由起子さん写真:アフロ

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スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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