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【羽生結弦4回転アクセルの扉】白井健三さんからのメッセージ(1) 「ひねり」からみた成功への新発想

野口美恵スポーツライター
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

羽生結弦が、史上初の4回転半の扉へ手を掛けた。2021年全日本選手権で、試合で初めて挑戦。回転不足の判定となったものの、“回転の真実”へと肉薄しつつあることを示した。そしてもう1人、この「4回半」の世界に挑んだ人物がいる。「ひねり」の第一人者で、練習で「4回半ひねり」を成功した体操の白井健三さんだ。「回転」の視点から、白井さんが4回転アクセルについて語った。

空中姿勢で、ブレない回転軸

「羽生選手は、肘でバランスをとり顔を動かさない」

――羽生選手がいま「4回転半」という世界に挑戦しています。「回転」という視点から、4回転アクセルの可能性をお聞きできればと思います。

羽生選手の4回転アクセルへの挑戦は、本当にかたずを飲んで見守らせていただいています。体操もフィギュアスケートも、ひねり(横回転)をどう生み出し、どうコントロールするかが共通するものがありますし、体操の視点から色々なことを考えながら見ています。

――白井さんは現役時代に、自らの名「シライ」がつく新技を6種類もしました。3回半ひねり、4回ひねりなど、当時の常識をくつがえす高速回転の技です。体操界では、横回転のことを「ひねり」といいますから、フィギュアスケートでの4回転ジャンプとの共通点はあるでしょうか?

体操の場合は、縦回転とひねり(横回転)の両方をしていますが、軸足があり、軸手があり、回転をコントロールするということは同じです。また回転が多くなるほど「どうやって回転を起こすか」を考えていくところも似ていると思います。僕のひねりは右回転で、右が軸手。羽生選手のジャンプとはちょうど反対回りです。体操もフィギュアスケートも、回転の理論は共通すると思います。

――空中姿勢も、白井さんは脚を組むタイプで、スケートとほとんど同じですね。空中姿勢は、技にどんな影響があるのでしょう。

空中姿勢や腕の位置というのは、選手によって違います。脚は組まずに揃える選手もいます。腕も、軸を細くしようとして肘を畳む選手も、肘を張ってバランスを取る選手もいます。フィギュアスケートも空中姿勢の手や顔の位置は、選手によって違いますよね。羽生選手は肘が出ているので、回転軸のバランスをとるタイプでしょう。腕を畳めば回転軸は細くなりますが、軸はブレやすくなります。回転(速度)をとるか軸をとるかで、選手によってバランスが異なるでしょう。

――羽生選手は、とにかく回転そのものが美しく、回転軸がブレることもありません。それは空中姿勢でも分かるんですね。

羽生選手は、アクセルの前にかなり顔を止めてから跳ぶ、というイメージがあります。体操でも、技が連続するときに頭が動いてしまうと、理想通りの回転に入れなかったりしますし、頭の位置は大切でしょう。僕も、技の開始から終わりまで、頭の位置がズレないのを強みにしていました。ただ、4回転までは「顔を動かさない」がセオリーですが、4回半ひねりに挑戦するときは、顔を動かすんですよ。

白井氏の空中姿勢は、右回りのため、右足を前に掛ける
白井氏の空中姿勢は、右回りのため、右足を前に掛ける写真:西村尚己/アフロスポーツ

白井氏が成功した「4回半ひねり」

肩と顔を止めておく、というセオリーを捨てた

――実は、白井さんは練習で「4回半ひねり」を成功させているそうですね。「4回ひねりと」「4回半ひねり」は、どんな技術の違いありましたか?

4回ひねり(4回転)までは、僕は軸を大切にするので、顔や、先行する右肩は動かさないようにしていました。着地するためには回転軸が大事だから、幼少期からそう習ってきました。でも4回半になったときに、軸を大事にしている暇がなかったんですよ。自分の耐空時間のなかに4.5回を入れるのに、その密度を考えると、どうしても時間が足りない。4回ひねりまでは、跳んだあとまず軸を作って、それからひねりはじめる時間があるのですが、4.5回となると軸を作る時間も潰さないと間に合わない。それでどうやったかというと、跳んだ瞬間から、先行しているほうの右肩で思い切りひねりをかけて、顔も(回転方向に)動かしちゃったんです。

――幼少期から習ってきた方法を変えるのは、発想の転換でもあり、勇気も必要ですね。

もちろんそうです。僕は「4回半ひねり」に挑戦して、いろんなやり方で失敗しました。最初は「4回まわった最後にプラス半回転する」というやり方で、良い軸に入れたときに4回半ひねろうとするんですが、どうしても回転が間に合わなくて着地で横に転がっていました。フィギュアスケートでいうステップアウトをしてしまうんです。それで、踏み切りと同時にまわり始めるという回転のかけ方に変えてみたときに、初めて立ったんです。今まで染みついてきた感覚どおりに、めちゃくちゃ良い蹴りが入ったとか、良い軸が取れた、と感じるときほど、新たな技はできません。ちょっと自分のなかで「ヤバイ」と思うくらい変な感覚のときに、新しい技が成功するんです。

――「4回半」は「ヤバイ」感覚だったのですか(笑)。

しかも4回半ひねりを成功したのは、まだ高校生で筋力がなく、宙返りの高さがない時期でした。ですから、高さとか耐空時間を増やしたのではなく、どこまで回転の密度を濃くしていくか、という考え方で成功しました。もちろん高さを出していかないと成功しない技もあるとは思いますが、高さや耐空時間で「4回半」を求めなくても、やり方があるなと思いました。

白井氏が4回半ひねりを成功したときの踏み切り。右肩を引いている。
白井氏が4回半ひねりを成功したときの踏み切り。右肩を引いている。

「4回転アクセルなら左肩を開いて回転力を生む」

左手に右手が追い付いて、回転軸に入るイメージ

――「4回半ひねり」の世界と「4回転アクセル」が繋がる可能性についてお聞きしたいです。まず羽生選手の4回転アクセルの場合は反対回りなので、左肩を開くということですね。

体操とフィギュアは前提が違うので、あくまでも素人の目線からの話になってしまいますが、羽生選手であれば、左肩を開いておいて、右手で回転を思い切りかけるイメージです。トリプルアクセルは、踏み切るときに左肩は開かず、前方に振り上げた右手に向かって跳んでいますよね。右足を振り上げた瞬間に、左肩を開かないようにすることで回転軸を右側に保っているんです。これだと右手だけで回転を起こしていますが、でもそこで左肩を開いておいて、そこから回転を生むことで、通常以上の回転力が得られます。

――左肩から回転を起こしたら、右側の回転軸に移れないイメージですが、いかがでしょう?

左肩は最初だけ使えばいいと思います。最初に開いておいて、回転の強さを生ませておいて、跳びあがってから開いている時間をきわめて短くなるように、すぐに右肩が左肩に追い付くという感じ。最初から右に軸を作るんじゃなくて、左肩で回転を起こした、そこの回転軸に右肩が入って行くというやり方です。

――強い回転が生まれるイメージは分かりました。軸の作り方がかなり変わりますね。

僕の場合は、「4回半」のときは「軸を作りにいく」という考え方ではなく、「そのとき作った軸を、着地で直す」という感じでした。空中に出たあとはもう諦めちゃう。空中で「軸がこっちに曲がってる」と感じ取っておけば、着地のときにどの脚をどっちに出すか決めて、対応できるんです。空中で軸を作ったり、直したりすると、4回半まわる回転速度を担保できませんでした。

――体操は両足着地ですが、スケートは片足着氷なので、着氷で直す難しさもあります。

羽生選手の場合は、股関節の使い方がとても上手いですよね。平昌五輪のフリー、最後の3回転ルッツを、かなり頭が下がっている状態でも片足で着氷していました。あんなとっさの対応は、他の選手にできない、羽生選手の強みです。ですから「着氷した瞬間にあれくらい幅広い降り方で、瞬時に対応できるんだ」ということを羽生選手自身が分かっていれば、軸にこだわる割合を少し減らせると思うんです。「軸を作らなきゃ」とばかり思っていると、回転をかけるのが遅くなったり、踏み切りで力を入れられなかったり、さまざまな影響が出てくる。やはり思い切り跳んで、思い切り回しておいて、着氷の瞬間のどれだけ軸を戻せるか、と考えたら、違うバランスが見つかるんじゃないかな、と。彼ならば、その対応能力がありますから。

着氷の対応力をみせた平昌五輪
着氷の対応力をみせた平昌五輪写真:青木紘二/アフロスポーツ

まったく新しいブランド、セオリーを確立する

「羽生選手が跳んだ4回転半が、正しい4回転半になる」

――理論的には可能な気がしてきました。でもアクセルのセオリーと違いすぎて、驚きのアイデアです。

アクセルで左肩を開いてはいけないのと同じで、体操のひねりも、子供に教えるなら「肩は開かない」と教えます。でも、それは一般的にやっちゃいけないことであって、やろうとしているのは普通ではないこと。普通ではない技術を使わないと、4回転アクセルはおそらくできません。教科書通りの跳び方だから、みなさんがトリプルアクセルをできている。でも4回転アクセルは、羽生選手は新たな教科書を書かなければならないし、書けると思います。

――普通ではない技術。羽生選手なら“普通”の概念をうちやぶる力があると思います。

まだ誰もやったことのない技なので、どんなやりかたも正解です。だからモノゴトはもっと簡単なこと。すでに皆がやっている技は、審判の先生方も分かっているので、ある程度「好まれる実施」というのがあります。でも新しい技は、やった本人が正解です。だから羽生選手のやった実施が、4回転アクセルの正解、となりますよね。誰も到達したことのない世界への挑戦です。応援しています!

■白井さんが4回半ひねりを成功した動画は、Instagram内にアップロードされています

https://www.instagram.com/p/CY1PZovPBzK/?utm_medium=copy_link

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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