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世界初の「4回転アクセル」挑戦、羽生結弦が語った北京五輪での成功にために必要な「計画」とは

野口美恵スポーツライター
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

人類未到の「4回転半」の世界にむけて、羽生結弦が大きな一歩を記した。全日本選手権のフリーで、初めて4回転アクセルを入れたプログラムに挑戦。回転不足となったものの転倒はせず、残るジャンプを完ぺきに決めると、壮絶なフリーを滑り切った。この全日本選手権で見せた4回転アクセルを分析し、これまでの到達度、戦略、そして成功への道を探った。

12月23日、クワドアクセルに繋がる

「トリプルアクセル+3回転ループ」

「4回転アクセル込みでフリーやるつもりです。4回転アクセルこみでプログラムの練習もだいぶできてきたので。降りてはいないですけれど、形として『4回転アクセルだね』という形にはなってきているので」

全日本選手権に向けて、そう発言した羽生結弦。ショートの前日となる23日、1回目の公式練習に挑んだ。練習のセオリーからすれば、ショート当日の公式練習では、ショートの曲かけをする。そうなるとこの23日は、4回転アクセルの練習をメインにすることが予想された。

羽生はいつも通り白いジャージ姿で現れると、非常にゆっくりとリンク内を周遊。そして、今まで見せたことのない練習に取り組み初めた。それは「トリプルアクセル+3回転ループ」という練習だった。羽生はこのジャンプを試合で入れたことはない。また、このジャンプを試合で成功させた選手も、いまだにいない。それくらい難度が高く、トリプルアクセルに200%の自信と完成度がないと出来ないジャンプである。そしてこれこそが、4回転アクセルの成功に一歩近づいていることを示す証拠だった。

まずは、「トリプルアクセル+1回転ループ」から始まり、「トリプルアクセル+1回転ループ+3回転ループ」や「トリプルアクセル+ツイズル」という練習も何度も行った。これらはすべて「回転軸を作る」ための練習だ。

多くの子供達も、ダブルアクセルやトリプルアクセルを習得するときに、必ず取り組むのがこの「うしろにループをつける」練習と、「着氷後にツイズルする」練習だ。連続ジャンプのうしろに付けるループは、着氷のときに回転軸がまっすぐのまま降りてこないと、跳ぶことができない。特に1回転ループなら出来ても、3回転ループは不可能。つまり「トリプルアクセル+3回転ループ」は、トリプルアクセルを着氷した時に「まだ回転軸をキープをしたままでいる」という練習になる。また、ツイズルは氷上でクルクルと回る動作で、これも着氷後に、回転軸の感覚を確かめるために行う。

「トリプルアクセル+1回転ループ」と「トリプルアクセル+ツイズル」を入念に確認したあと、羽生は、「トリプルアクセル+3回転ループ」に挑戦。転倒もあったが、練習開始20分過ぎにクリーンに成功した。すると今度は、「手を勢いよく締める」という動作を何度かおこない、上半身を締めるタイミングの確認を行った。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

「今日は、回転軸が上手くいったパターン

もう1つは11割の力で回すもの。両立は難しい」

ここまでがウォーミングアップ。残り時間10分となると、いよいよ4回転アクセルへの挑戦がはじまった。最初はタイミングが合わずに1回転半になったが、3度目で、4回転ほどまわって転倒。その後は、4回転よりも回り、「足を組んだ姿勢のまま着氷し、転倒せずに立つ」というジャンプが3度あった。そのジャンプは、助走のスピードは極力ゆっくりで、そのぶん高さがあり、そして回転の最高速度がかつてない速さだった。会場からは拍手がわき起こる。練習初日でここまでの完成度を見せたことが、驚きだった。

練習後、羽生はすっきりとした笑顔で現れた。

「いやあ。今日は自分のなかで軸作りが一番大事だと思っていたので、回転はそんなにかけていないです。今日やるべきことはやれたかな」

今日やるべきこととは何か。羽生は、成功に向けて2つのアプローチを練習しており、それを合体させることが最終目標であることを解説した。

「今日の4回転アクセルは、回転は感触的に足りていないですし、両足でしっかり軸を作りながら降りてきているという感じではあります。あれは回転軸が上手くいったパターンです。もう1つは、回転を10割、11割くらいの力で回して、アンダーローテーション(90度以上、180度以内の回転不足)か、ギリギリ4分の1足りないでか、でコケるというものです。今の段階では、両方とも両立したものは難しいです」

またスピードを落としていたことについては、こう話した。

「結局、軸がとれないと回転も早くなりません。ただがむしゃらにぶんまわして跳べるのであれば、たぶん去年のうちに降りれているので。意図としては『まずちゃんと軸を作る』『軸がちゃんと作れれば回転もはやく回る』ということでスピードを落としています」

そして羽生は12月21日に仙台で行った練習を振り返り、こう宣言した。

「最後の練習のとき、ギリギリまで踏ん張って1時間半くらいずっと4回転アクセルを跳んで、跳べなかったときに、『せっかくここまで来たのにな』という思いと『疲れたな』という思いと色々グチャグチャになりながら、でも『やっぱり僕だけのジャンプじゃない、皆さんが僕だけにしか出来ないと言って下さるなら、まっとうするのが僕の使命』と思いました」

回転速度と高さのあるトリプルアクセル

「ここの回転軸に入れる事が正解」と意識

24日は、公式練習で初めてショートプログラムの練習を披露。試合でも4回転サルコウと4回転トウループを含む圧巻の演技で、111.31点をマークし、首位となった。なかでもトリプルアクセルは、高さと回転速度があり、4回転半の練習の影響を感じさせるジャンプだった。

「やはり4回転半は軸のとり方が非常に難しくて、『このように跳びたい』『ここ(の回転軸)に入れることが正解なんだ』という意識が重なりあって、上手くなってこれたなと思います」

4回転半の強い遠心力に耐えるには、回転軸は完ぺきなまでに身体の中央に固める必要がある。他のジャンプなら空中で回転軸を修正する能力がある羽生だが、4回転アクセルともなると、厳密に「身体のここ」という回転軸に瞬時に入らなければならない、ということだ。そしてフリーにむけてこう宣言した。

「フリーは4回転半に挑戦するつもりでいるので、まずは公式練習で、最後まで怪我をしないよう、プラン通りいけるよう、頑張りたいと思います」

写真:長田洋平/アフロスポーツ

プログラムのなかで4回転半を入れ

転倒せずに耐え、勝ちに行く

ショートからフリーは、なか1日空くため、24日と25日の2度、公式練習が行われた。ここでは、羽生の言う「プラン通り」が、どんな練習なのかが注目された。「回転軸を作る」と「全力で回転をかける」の2つのアプローチを練習していることから考えると、「全力で回転をかける」パターンが見られる可能性もあった。しかし実際には「プログラムの中で4回転アクセルを入れて、残りのジャンプをまとめる」という練習を行った。

よくよく考えれば、「全力で回転をかける」という練習をすると、「4回転と4分の1」を回って、着氷で「グリッ」という捻りが右足首と膝に加わり、転倒することになる。これこそが、最も怪我をしやすいパターン。試合直前ということを考えれば、足首を捻ってまで片足で着氷する練習を避けたのは、当然のことだった。

25日、試合当日の曲かけ練習では、「4回転ちょっと回って、両足で着氷」という4回転アクセルを、転倒せずに耐える。そのあとはすべてのジャンプを成功させ、プログラム全体の完成度を確認した。プラン通りの練習に手応えを感じたのか、自分自身に拍手を送っていた。

この2日間で、羽生が念入りに行っていた新しい動きは、「着氷後に180度のターンをする」という練習だ。本来の羽生であれば、こんな練習はやらない。しかし「まだ回転が足りていないジャンプ」を試合で入れながら、演技全体の完成度を高め、勝ちに行く、というためには「転倒せずに降りる」ことが何より重要だった。これは今のルールでは転倒すると「重大なエラーがあった」とみなされ、演技構成点5項目とも下がってしまうからだ。イチかバチかでがむしゃらに跳ぶのではなく、確実に勝ちに行く。そこが27歳となった羽生結弦の真骨頂でもあった。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

人生初の4回転アクセルで勝つ、

新たな羽生結弦の誕生

そして迎えた運命のフリー。人生で初めて、4回転アクセルを試合で跳ぶ瞬間が来た。名前がコールされたあと、ツイズルをして回転軸を確認する。意を決し、スタートポーズを取った。

曲は『天と地と』。その冒頭で4回転アクセルに挑んだ。回転は2分の1足りず、両足のまま着氷。練習していたとおり、180度のターンをはさむと、ジャンプを成功した時のチェックポーズを取った。そこからは4回転サルコウ、4回転トウループ2本を含め、音楽に溶け込むように全てのジャンプを決めた。

結果として、4回転アクセルは、回転不足で両足着氷のため、基礎点も出来映え点(GOE)も減点に。しかし転倒なくプログラムを演じきったことで、「演技」「構成」「音楽解釈」では10点満点を出すジャッジがいた。フリーは211.05点、総合322.36点で優勝。4回転アクセルを装備した、新たな羽生結弦の誕生だった。

インタビューに現れた羽生は、普段の優勝したときとちょっと表情が違った。自信に溢れた笑顔ではなく、力の抜けたほっとした様子だった。

「疲れました。4回転ループとは比べものにならない位の体力の消耗がありました。それに今朝の練習で、あまりに跳べなさすぎて、かなり精神がグジャグジャになっていたんですけど、そういう所も含めて、自分が成功しきれていないジャンプを本番で使用するというのは、難しいんだなと感じました」

それは、4回転アクセルを入れたプログラムが、心も身体のすべてを使い果たしたことを物語っていた。

そして、試合での4回転アクセルをこう評価する。

「頑張ったなという感じです。練習初日の4回転アクセルを見て『羽生、めちゃめちゃアクセル上手になったじゃん』と思われたと思いますが、あれが出来るようになったのが、ここ2週間なんです。それまでは、ぶっ飛ばして跳んで、軸が作れなくて、回転ももっと足り無くて、身体を打ちつけていました。『軸を作りきれる』自信ができて、そこから『100%の力で回り切る』ということをやっていかないとダメなので、試合の中であれだけできたら、今の自分にとっては妥協できるところにいるんじゃないかと思います」

まずは回転軸を作りきれるところまで来た。その感触を手に、自身を納得させるように語った。

写真:森田直樹/アフロスポーツ

北京五輪「武器として4回転アクセルをたずさえて

出るからには、勝ちをつかみとる」

試合翌日、改めて羽生は4回転アクセルと向き合った。

「正直、平昌五輪の次のシーズンには降りられると思っていました。それくらいアクセルには自信がありましたし、4回転半がそんなに大変だと自覚していなかったです。集中してやればやるほど4回転以降を回るのがどれだけ大変かを痛感した4年でした」

そして成功に向けてのプランを語り始めた。

「無邪気にガムシャラにやって跳べるジャンプじゃない。どれだけ緻密に戦略をたてて、計算をして、4回転半という成功をつかみとれるかが大事だと思っています」

羽生が「戦略」と言うとおり、完全なる成功のためには、いくつかの条件が必要になってくる。全日本選手権の2週間前に「回転軸を見つけ」、そして全日本選手権では「4回転アクセルを入れたプログラムを作品として滑り通す」という経験をした。北京五輪まであと1か月。いよいよ「全力で回転させる」練習に本格的に着手する。

「北京五輪。出るからには勝ちをしっかりと掴み取ってこれるように。ちゃんと武器として4回転アクセルをたずさえて行けるように精一杯頑張ってきます」

自分自身だけのためではない、みんなの夢のために。その回転を1度ずつ1度ずつ、増やしていく。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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