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増大するウクライナからの避難民は右派ポピュリストの台頭を促すか?米中間選挙への影響は?

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授
2022年の保守政治行動会議(CPAC)で演説するトランプ元大統領(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ避難民の歓迎ムードはいつまで続くか?

ロシアによるウクライナへの侵攻を受けて、3月8日の時点でウクライナから200万人を超える避難民が国外に流出している。日本の岸田文雄首相も3月2日に受け入れを表明し、3月8日に松野博一官房長官は8人を受け入れたと明らかにした

この決定は、日本にとっては大きな変化だといえるだろう。今回ウクライナから流出した人々については避難民という表現が用いられており、難民とは区別されている。とはいえ、彼らが難民と似た困難を抱えていることは間違いない。そして難民の受け入れは、移民の受け入れとは本質的に異なる点がある。移民については(頭脳流出が想定される場合など一部の場合を除き)送出国が不快感を示すことはあまり多くない。だが、難民受け入れについては、送出国やきっかけを作った国に対する非難を暗に伴うため、送出国との関係を悪化させる可能性がある。天然資源に乏しい国が難民の受け入れを発表する場合、送出国からの輸入を断念せざるを得なくなるかもしれない。難民認定に消極的だった日本が今回の決断をしたことは、大いに注目すべきことだろう。

今回のウクライナ避難民については、日本だけでなく西欧諸国も一様に歓迎ムードになっている(今回の避難民がアフリカやアジア出身ではなく、白人だということも、その大きな要因になっているかもしれない)。だが、避難民の受け入れは短期で済むものではなく、彼らが長期的に定住する可能性を念頭に置く必要がある。十分な財産を持たずに移住した彼らの生活をどのように保障し、その費用をだれが負担するかという問題が発生するだろう。また、仮にウクライナが事実上他国の支配を受ける状態となってしまったりすれば、各地に分散したウクライナ出身のディアスポラが政治運動を展開する可能性もありうるだろう。

このような困難な問題が徐々に明らかになっていくと、各国の世論も変わる可能性がある。世論全体としては彼らの存在を容認するとしても、移民や難民を排斥する立場をとる右派ポピュリストが存在感を増す可能性は十分に考えられるだろう。

ドナルド・トランプが米大統領選挙に勝利し、イギリスのEUからの離脱が決まった2016年頃は、移民・難民排斥の動きと右派ポピュリストの台頭が世界的に広まった。今回も同様の動きが発生したりしないかと懸念するのは、筆者だけではあるまい。

プーチンを称賛するトランプの党となった共和党

3月1日にジョー・バイデン大統領が行った米国の一般教書演説は、ウクライナの話で始まった。二大政党の対立が激化している今日の米国では珍しく、二大政党の政治家がスタンディング・オーベーションでバイデンのロシア批判を受け入れた。今回のような明白な危機や人道上の問題が発生した際に二大政党が立場を同じくするのは理解できることだ。だが、米国には世界の警察官としての立場を維持しようとする意志はもはやない。一般教書演説でもウクライナの話が終わった後は国内向けのメッセージが続き、党派間での立場の相違が明白になっている。ウクライナ問題をきっかけとして、二大政党の協調ムードが生まれるわけでは決してない。

例えば、トランプ元大統領は、2月22日にラジオ番組で「プーチンは天才的だ。ウクライナの広い地域が独立したというなんて、なんて賢いんだ。平和維持部隊を送ると言っている。米国もメキシコ国境地帯で同じことができるはずだ」という趣旨の、プーチンを高く評価するコメントを出した。さすがにその発言はまずいと考えたのか、2月26日の保守政治行動会議(CPAC)総会での演説ではトーンを変化させてウクライナ侵攻を容認するわけではないとしたが、そこでもプーチンは賢い、問題は米国の指導者が愚かなことだ、私だったらこんな茶番は簡単に防ぐことができたという趣旨の発言をして、批判の矛先をバイデンに向けている。

かつてはソ連を「邪悪な帝国」と呼んだロナルド・レーガンの政党だった共和党は、今では、プーチンと習近平を時に絶賛するトランプの政党へと変質した。今日においても、共和党支持者の中でトランプを支持する声は依然として強い。

米国中間選挙への影響は?

2022年11月8日には米国では中間選挙が行われる。3月1日には、ウクライナ危機もありほとんど注目されなかったが、テキサス州で党の候補を決める予備選挙が実施された。米国での二大政党の候補については、党の指導部は公認権を持っておらず、選挙区の住民による予備選挙で決められる。以後予備選挙は、5月になってから多くの州で続々と実施されることになっている。

米国の連邦議会選挙では、現職候補の再選率は9割を超えるため、現職候補が再選を目指す場合には、有力な対立候補が立たないのが一般的である。だが、現在の米国では、二大政党の対立が激化しているだけでなく、二大政党内部で路線対立が顕在化するようになっている。そして共和党では、トランプに批判的な立場をとる現職候補を追い落とすため、トランプ派が対立候補を擁立する動きを見せている(なお、民主党でも同様に、バーニー・サンダースら左派が穏健派候補に対抗馬を擁立する動きを見せている)。

共和党に献金するビジネス関係者は極端な立場を嫌うことを考えると、この動きは自殺行為になりかねない。だが、トランプ支持者の情熱は、共和党指導部の思惑を超える。このような状態で、先ほど記したようなウクライナ問題に起因する右派ポピュリストの台頭が世界的に発生した場合、トランプ派が共和党を席巻する可能性もゼロではない。少なくとも、穏健派と目される人々も右派寄りにスタンスを変更する可能性があるだろう。

大統領が当選した2年後に迎える初の中間選挙では、政権党が敗北することが多い。このようなことを考えると、米国で再びトランプ的なものが大きな存在感を示すようになる可能性があるかもしれない。ウクライナ危機は、このような広がりを持つ可能性のある問題なのである。

成蹊大学法学部政治学科教授

専門は比較政治・アメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治―ニューヨーク市におけるアーバン・リベラリズムの展開』(東京大学出版会、2008年)などがある。

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