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王毅・中国外相が「ニーハオ」ではなく「アンニョンハシムニカ」――上機嫌に米韓の引き離し図る

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
身振り手振りで朴振氏を歓迎する王毅氏(右)=KBSのYouTubeキャプチャー

 中国の王毅(Wang Yi)国務委員兼外相が韓国の朴振(パク・ジン)外相と会談(今月9日)した際のもてなしが話題になっている。会談場所は朴振氏と縁の深い山東省の著名ホテル。中国側は韓国側のために240室を準備したという。王毅氏は韓国記者団に韓国語で話しかけたり、外相会談ではジャージャー麵に言及したりして、親しみやすさを前面に押し出していた。両外相は会談・夕食会で計5時間をともにしたそうだ。

◇穏やかな表情

 朴振氏は王毅氏の招きで8~10日に訪中し、外相会談は9日にセットされた。

 韓国メディアの情報を総合すると、朴振氏は2012~17年、山東大学で名誉教授として籍を置いたことがあり、中国側がそれを踏まえて山東省青島に韓国側を招請したという。

 また、会談場となった「即墨古城君凜度假酒店」は隋代に建てられた即墨城の跡地にある中国の著名ホテル。韓国メディアは「星を与えない特殊なホテル」と表現している。240室を韓国代表団が使用できるように取り計らったそうだ。

 両外相はまず9日午後4時5分から少人数会合を持った。先に到着した王毅氏は韓国記者団に向けて、韓国語で「アンニョンハシムニカ(こんにちは)」とあいさつした。また「ハンシク チョアヨ(韓国料理、好きです)」という韓国語を知っている、とも語り、韓国側を喜ばせた。

 会合に先立ち、王毅氏は朴外相を迎え入れ、肘を突き合わせたあと、しばらく言葉を交わしながら、時折、大きなジェスチャーで歓迎してみせた。少人数会合は5時45分までの100分間、開かれた。

 続いて、6時5分から拡大会議に移り、冒頭のやり取りが公開された。

 韓国KBSテレビの映像をみると、王毅氏は終始穏やかな表情で、身振り手振りで発言している。朴振氏が「都合の良い時期の習近平主席の韓国訪問を期待します。年内に王毅委員の訪韓を希望します」と語りかけると、王毅氏はマイクを通さずに「ジャージャー麺を食べに行きます」と語り、周囲の笑いを誘った。

 拡大会議も7時45分まで、100分間だった。さらに8時~9時40分には夕食会があり、両外相がともにした時間は合わせて5時間に及んだ。

中韓外相会談が開かれた「即墨古城君凜度假酒店」=KBSのYouTubeキャプチャー
中韓外相会談が開かれた「即墨古城君凜度假酒店」=KBSのYouTubeキャプチャー

◇「日本とは対照的」

 なぜ、王毅氏は機嫌が良かったのか。中国ネット大手テンセントのメディア「騰訊(Teng Xun)網」や中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」などが、その背景を整理している。やはり、中国が評価しているのは、ペロシ米下院議長に対する“冷遇”だ。

 ペロシ氏は3日午後、台湾訪問を終え、韓国の烏山(オサン)米空軍基地に到着した。ところが米国の序列3位であるペロシ氏の訪韓を出迎えたのは米国側だけで、韓国政府・国会の要人は姿を見せず、ペロシ氏が不愉快な思いをしたと報じられている。

 当時、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は休暇中で、ソウルの自宅にいて面会せず、電話で会話するにとどめた。ただ、尹大統領夫妻はペロシ氏が到着した夜、観劇に出かけており、役者と写真を撮り、一緒に夕食を取っていた。環球時報は9日付で「ペロシが訪韓しても、尹大統領も朴外相も会わず、韓国政府関係者が意図的にペロシ氏や台湾問題を避けている」と記している。

 騰訊はこの状況を「韓国がペロシ氏訪韓をまず、鼻であしらった」と高く評価している。さらに韓国側は、ペロシ氏が韓国を離れた翌日に、朴振氏の訪中を発表している。騰訊は「韓国がサプライズな行動」を取ったと、これも好意的に受け止めている。

 環球時報は「(岸田文雄首相や細田博之衆院議長がペロシ氏との会談に応じた)日本とは対照的に、韓国の自主外交は中国社会から支持され、尊敬されている。このことが、朴振外相の訪中において、建設的で、前向きな雰囲気をつくり出したのは確かだ」と持ち上げている。

◇「必ず守るべき5点」

 親しみを演出しつつも、王毅氏は言うべきことは伝えているようだ。中でも強調したのは、中韓両国が必ず守るべき5点だ。

・独立し、自主的であり、外部からの干渉を受けるべきではない

・善隣友好を堅持し、互いの主要な関心事を受け入れるべきだ

・開放とウィンウィンの関係を堅持し、産業チェーン・サプライチェーン(供給網)の安定を維持すべきだ

・平等と尊重、互いの内政への不干渉を堅持すべきだ

・多国間主義を堅持し、国連憲章の原則に従うべきだ

 中国側は米韓間にくさびを打ち込み、米国から韓国を露骨に引き離そうとしている。

少人数会合に臨む朴振氏(左)と王毅氏=中国外務省ホームページより
少人数会合に臨む朴振氏(左)と王毅氏=中国外務省ホームページより

◇半導体とTHAADでくさび

 外相会談では、中国側の問題意識が明確に伝えられた。

 一つは、半導体サプライチェーンの問題。中国は、米国主導の4カ国・地域(米国、韓国、日本、台湾)による半導体サプライチェーン強化の枠組み「チップ4」構想に強い警戒感を抱いている。このチップ4を「中国を排除する反中連合体」と考える視点があるうえ、「チップ4」の予備会談に韓国が参加を表明していることから、中国は韓国の動きに細心の注意を払っている。環球時報はチップ4に入る場合の韓国に役割として「チップ4が中国排除に進まないようバランスを取る役割を果たす必要がある」と注文をつけている。

 もう一つが韓国に配備されている米国の最新鋭迎撃システム「終末高高度防衛(THAAD)ミサイル」だ。王毅氏は、文在寅(ムン・ジェイン)前政権が掲げた「3不政策」(THAADの追加配備をしない/米国のミサイル防衛システムに参加しない/日米韓の安全保障協力は軍事同盟に発展しない)を韓国側に要求し、「適切に処理」するよう求めたようだ。

 環球時報は、専門家の見解としたうえ「韓国が自国の安全を守るために必要な措置を取ることに反対はしない。だが、その措置は、韓国の友好的隣国である中国の安全保障上の利益を損なうことを前提にしてはならない」と釘を刺している。

 尹政権は、文在寅前政権が弱体化させた米韓同盟を強化し、日本との関係改善に向けて動き出そうとしている。日米韓の3カ国協力の復元にも取り組もうとしているだけに、中国とどこまで関係を深めるべきか、難しい判断を迫られている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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