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ロシアのウクライナ侵攻は「3つの重大な点で北朝鮮の核の脅威を高めている」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮の金正恩総書記(提供:KRT TV/ロイター/アフロ)

 ここ数カ月、ロシアによるウクライナ侵攻に世界の目が集中している間、北朝鮮はこれを「好機」とみて、弾道ミサイルの発射実験を繰り返している。北朝鮮は「米国のミサイル防衛システムを圧倒できる兵器の開発」という目標を鮮明にしており、ウクライナ情勢を「隠れ蓑」に今後も兵器開発を加速させるとみられる。

◇韓国で間もなく保守政権誕生、南北関係は緊張必至

 北朝鮮は4日正午ごろ、日本海に向けて弾道ミサイルを発射した。今回も含め、北朝鮮は今年に入ってから極超音速ミサイル、中距離弾道ミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)など計14回、軍事デモンストレーションに打って出ている。

 このミサイル実験の激増は、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が2021年1月の朝鮮労働党大会で詳細に指示した兵器開発が、急ピッチで進められていることの証左といえる。その視線の先には、米国の各都市を核兵器で威嚇できるようになる、という達成目標がある。

 金総書記は先月25日の朝鮮人民革命軍創建90周年記念軍事パレードの際、「いかなる勢力であれ、わが国家の根本的利益を侵奪しようとするならば、われわれの核戦力は第二の使命を果たさざるを得ない」「共和国(北朝鮮)の核戦力は、いつでもその責任ある使命と特有の抑止力を稼動できるように徹底的に準備できていなければならない」と表明している。

 この「第二の使命」について特定しているわけではないが、自国の「根本的利益」が侵害された場合の「核兵器の先制使用」も視野に入れている。加えて、軍事的に対峙するいかなる勢力も全滅させられるよう、質と規模の両面で強化されなければならないという指示も込められているようだ。今回のミサイル発射は、こう公言して以来、初めての軍事デモンストレーションとなった。

 この動きは今後、さらに活発になるとみられる。

 韓国で今月10日、保守派の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足する。南北融和を目指した文在寅(ムン・ジェイン)政権から一転、圧力路線への転換となる。尹錫悦氏は北朝鮮に対する「先制攻撃」など過激な発言や、北朝鮮側が拒否する「非核化」を南北対話の前提に掲げており、南北関係の緊張は必至だ。

 加えて今月下旬にはバイデン大統領の日韓両国訪問も控えている。北朝鮮はこれを口実に、核・弾道ミサイル実験を繰り返して性能向上を図ることが予想される。

◇今後数週間以内にミサイル実験が繰り返す可能性

 バイデン米大統領は、北朝鮮の核・ミサイル技術は急速な進展に危機感を強めている。核弾頭を搭載した北朝鮮のミサイルが米本土を攻撃できるようになれば、米国を危険にさらすだけではなく、米国による「拡大抑止」に対する信頼性を傷つけかねないからだ。

 米国は、北朝鮮の核・弾道ミサイル計画を封じ込める措置を取る必要に迫られているはずだが、現状では、深刻さを増すロシアのウクライナ侵攻や、台湾ににらみをきかせる中国への対応に全力を傾けざるを得ない。

 北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議で米次席代表を務めたビクター・チャ氏と米国家安全保障会議(NSC)元ディレクター、カトリン・フレーザー・カッツ氏は、共同で著した米外交誌フォーリン・アフェアーズでの論文(4月29日付)で、ロシアによるウクライナ侵攻は「3つの重大な点で北朝鮮の核の脅威を高めている」と指摘する。

 第一に、核を放棄したウクライナをロシアが攻撃したことにより、北朝鮮は侵略抑止のための核兵器の必要性を実感した。

 第二に、「核の先制使用の権利」を留保することが、南北で武力衝突が起きた場合、米国の介入を抑止できると北朝鮮に考えさせる可能性。

 第三に、もしロシアがウクライナ侵攻における優位性を引きだすため戦術核兵器を使用すれば、北朝鮮の「大型核兵器よりも柔軟性があり、通常兵器より破壊力のある核兵器を開発したい」という欲求を高めるだろう。

 今後数週間のうちに、北朝鮮でミサイル実験が繰り返され、核実験も起こると予想される。「国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画」を掲げ、ICBMの命中率向上▽多弾頭個別誘導技術▽核兵器の小型軽量化▽超大型核弾頭生産継続▽軍事偵察衛星を運用――などを進める。

 弾道ミサイル実験を繰り返しても、国連安全保障理事会で中国やロシアが米国に賛同して北朝鮮を非難する可能性は低く、北朝鮮の核・ミサイル開発を抑え込むための国際社会の一致した行動は望めない。この状況が、北朝鮮にとって都合の良い「隠れ蓑」というわけだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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