北朝鮮で最近、金正恩(キム・ジョンウン)総書記や実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏ら特別な4人だけが着用していた「黒光りの高級黒革コート」に似せたファッションが、住民の一部で流行しているそうだ。「権力のある人物の象徴」という強い印象を与えるというのが理由だ。ただ、黒革コート着用は、北朝鮮の独特の解釈によって「権威に挑戦する動き」とみなされ、当局の取り締まりの対象になっているともいわれる。

◇韓国俳優の革ジャンから金総書記のコートへ

 平安南道平城在住のある住民は今月21日、米政府系放送局の自由アジア放送(RFA)の取材に、次のように答えた。

「最近、地元では若い男性の中で革コートの着用がはやっている。この流行は2019年、最高尊厳(金総書記)が革コートを着て朝鮮中央テレビの放送に出てから始まった」

 この住民によると、今年1月の朝鮮労働党大会を機に実施された軍事パレードの際、金総書記や金与正氏、総書記最側近の趙甬元(チョ・ヨンウォン)書記、秘書役で元歌手の玄松月(ヒョン・ソンウォル)副部長の4人が着用している様子が朝鮮中央テレビで放映されたことを契機に「男性だけでなく、力のある女性の象徴となった」というのだ。

 こうした認識が広まると、衣類を手掛ける個人業者が今年9月ごろから、海上での密貿易を手掛ける貿易会社に、合成皮革の生地の輸入を依頼。生地を確保した個人業者は、金総書記らが着ていたのと同じスタイルに仕立てて、市場で販売したという。

 ところが最近になって、平城の駅前や広場周辺で、この革コートを着ている人々の取り締まりが始まった。金総書記と同じスタイルの革コートを着用する行為を、党が「最高尊厳の権威に就こうとする不純な動き」と判断し、これに基づいて当局が着用者の統制と革コートの回収に乗り出しているという。

韓国の映画俳優チャン・ドンゴンさん
韓国の映画俳優チャン・ドンゴンさん写真:ロイター/アフロ

 北朝鮮の地方都市では2000年代から韓国映画の視聴が広がるようになり、RFAの取材に応じた平安北道の住民は「韓国映画俳優チャン・ドンゴンさんが着ていた革ジャンが今も流行している」と話しているという。革ジャンの需要は高まり、地元の市場では、中国から輸入されたものと、北朝鮮の個人業者が作ったものが出回っているという。だが、その革ジャンから、今年になって「総書記の革コート」に流行が移ったそうだ。

◇反社会主義的な思想を徹底排除

 北朝鮮では最近、思想的な引き締めが強化されている。

 今月18~22日には平壌で、模範的な労働者を集めた「第5回三大革命先駆者大会」が開かれた。

 三大革命とは――思想・技術・文化の三分野に一大革命を成し遂げ、新世代に引き継ぐというもの。1973年2月、この実現を目指す運動が金正日(キム・ジョンイル)書記(当時)=金総書記の父=の提唱で始まった。

 大学卒業を控えた学生ら数人~数十人からなる「三大革命小組」が組織され、調査・監督などの大きな権限を得て各地の機関や企業所などに派遣され、運動の浸透を図った。金正日書記の威勢を借りた若者らが現場の幹部らとの摩擦を引き起こすなどの副作用はあったものの、この運動によって金正日書記の統制力が強化され、金日成(キム・イルソン)国家主席=金総書記の祖父=の後継者としての権力の掌握につながったという経緯がある。

 この運動や学生らはそれぞれ「北朝鮮版文化大革命」「北朝鮮版紅衛兵」などと呼ばれている。

 今回の大会に際し、金総書記は書簡を送り、「経済的困難という目の前の難関に萎縮し、この運動に対する確信を持っていないため、少なからぬ機関が運動において前進がない」と批判し、改善を指示している。

 この大会は1986年、1995年、2006年、2015年と、ほぼ10年間隔で開かれてきた。今大会が6年という短い期間での開催となった背景には、金総書記による指導体制が始まってから12月で10年になるのを前に、反社会主義的な思想を徹底排除して国内の引き締めを図りたいという思惑が隠されているようだ。

◇「敬愛なる」から「偉大なる」へ

 朝鮮中央通信は「第5回三大革命先駆者大会」閉幕とともに、全国の三大革命の担い手に送るアピール文が採択されたと伝えた。

 その際、金総書記の名前を記す際、以前から使われていた「敬愛する~~」ではなく、より格の高い「偉大なる~~」という表現が使われていた。

「偉大なる金正恩同志の領導にしたがって三大革命の旗印をより高く掲げ」

「偉大なる金正恩同志を三大革命の最盛期、社会主義建設の全面的な発展期に輝かせよう」

「偉大なる金正恩同志の周りに千万が固く団結して」

 最近、金総書記を表現する際、金日成、金正日の両氏の枕詞として用いられてきたこの「偉大なる」という言葉が使われ始めている。

 最高指導者になって10年を迎える金総書記が、祖父や父の占めていた地位を確保したということを誇示するとともに、金総書記を中心とした思想統制をより強固なものとして国内の危機的状況からの脱却を図りたいという考えが込められているようだ。