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「習近平氏には時間がない」米外交誌の投稿が不安がる中国経済の危うさ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国の習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 米外交誌米外交誌「フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)」に今月5日付で「習(近平・中国国家主席)には時間がない――ハード・ランディング(地面に叩きつけられるような着陸)に向かう中国経済」という刺激的なタイトルの論文が掲載された。

 米国の独立系調査機関「ロジウム・グループ(Rhodium Group)」の創設者のひとりで中国経済に詳しいダニエル・ローゼン(Daniel H. Rosen)氏の寄稿。最近の中国情勢を整理したうえで「中国共産党の経済政策に対する信頼性は、相次ぐネガティブな経済ニュースの中で失われつつある」と警鐘を鳴らしている。

◇規制強化で莫大な損失

 中国のハイテク企業は、国家のバックアップを受けて成長が継続すると考えられてきたため、この分野は国内外の投資家にとって最も魅力的だった。だが論文は「ここでふたつの問題が起きた」と指摘している。

 第一に、ハイテク企業の市場支配力によって、富の偏在がもたらされ、格差が拡大した。鄧小平は1970年代後半に改革開放路線を打ち出した際、「先富論」を唱えて「先に豊かになる者は豊かになれ」と号令をかけた。だが、そこに格差拡大につながり、その大きさが社会の安定を脅かし始めている。

 第二に、ハイテク企業の影響力増大が「中国共産党や国家の力を弱めるのに効果があった」という点だ。当局は「庶民の繁栄のため」「国家の安全保障のため」として、こうした新興の巨大企業に対する規制を強化する必要があると主張するようになった。

 今年7月に入り、ハイテク企業に対する一連の締め付けを始める一方、米国での新規株式公開(IPO)には政治的承認を必要とし、営利目的の個別学習指導さえ禁止するようになった。

 論文は、中国共産党による規制強化の結果、電子商取引やライドシェアリング(相乗り)、ゲームなど他幅広い分野の企業の株式評価額が、総計1.5兆~3兆ドル(約169兆~約338兆円)失われた計算になる――と記している。

◇地方政府の債務不履行とエネルギー供給の問題

 論文は「8月には、さらに重要な中国経済の柱に亀裂が入り始めた」とみる。国内の不動産バブルへの中国政府の対応が、あまりにも遅かったためという。

 中国不動産開発大手、中国恒大集団が経営危機に陥り、抗議行動や社会的緊張につながった。9月の不動産販売額は、少なくとも2014年以降で史上最悪の数字になった。土地販売が落ち込み、主要な収入源を奪われた地方政府もまた、債務不履行に陥る危険に直面している。

 そして、深刻なのは9月に始まったエネルギー供給問題だ。その原因が国家発展改革委員会による二つの措置という。

 ひとつは、発電に必要な石炭の価格が変動しても電力会社には定額で販売するよう統制してきたこと。市場の現実を無視したこの措置のため、多くの電力会社は損失が拡大するのを恐れて生産を停止した。

 もう一つが9月に地方政府職員に出した「エネルギー消費目標を達成したかどうかで人事評価が大きく変わる」とした指針。エネルギー効率を高める方法が直ちに見つからなかったこともあり、職員らは電力需要を抑えるために企業に操業停止を命じた。

 エネルギー不足は、スマートフォンや自動車など、中国経済における花形産業の生産を低下させた。北京など、中国で最も裕福な地域の住民でさえ計画停電を経験した。これに伴い、2021年と2022年の経済成長率の推定値も引き下げられた。

◇「アナリストは恐ろしさのあまり調査を自粛」

 さらに、論文は「このような経済の混乱は、中国の先行きに対する警戒感を強めている」「アナリストたちは、たとえ真実であっても悲観的な話をすれば当局を怒らせることになり、それを恐れて調査を自粛している。これが市場での不信感と不確実性につながっている」と指摘する。

 中国の各家庭は、新型コロナウイルス感染症に伴う不確実性に加え、不動産価格の下落による資産目減りを恐れて、支出に慎重になっている。国慶節(建国記念日、10月1日)を祝う大型連休期間中の観光支出は、大きく落ち込んだ2020年をさらに下回った。論文は「2008年の世界金融危機以降で初めて、中国国外の中央銀行などの関係者が、中国政府の対処能力について懸念を示している」と記している。

 そのうえで「中国共産党の経済政策に対する信頼性は、相次ぐネガティブな経済ニュースの中で失われつつある」との認識を示している。

 論文は、中国には▽資本配分の効率化▽高い競争力の確保▽コーポレート・ガバナンス(企業経営が公正になされるよう統制する仕組み)の非政治化――を図るなど、改革に向けた困難な仕事を断行する時間が十分にあったはずだと指摘する。「だが、こうした改革の努力は、指導者たちがその潜在的な影響を知ることになり、行き詰った」とみている。

 論文は次のような文章で締められている。

「この数カ月の中国共産党の動きは、経済効率を回復させるための金融・技術改革を認めるものではなく、政治的なキャンペーンに終始している。構造的な問題をみれば、市場の改革を遅らせることがいかに誤りであるか明らかだ」

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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