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14億人でCIAスパイを監視すれば米国は絶対に勝てない――中国軍機関紙「人民戦争」呼びかけ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
新型コロナ対策でも「人民戦争」が呼びかけられた(写真:ロイター/アフロ)

 米中央情報局(CIA)が今月、中国に特化した組織を新設したことを受け、中国の人民解放軍機関紙「解放軍報」が米国のスパイに対抗するため、人民に対して「人民戦争」を呼びかけた。CIAが中国語を話す工作員の採用を検討しているという情報に対抗するもので、同紙は「狡猾なキツネも優秀なハンターには勝てない」と、中国人民にスパイ監視への協力を求めている。

◇毛沢東思想の中核

 CIAは10月7日、「中国がもたらす世界的な課題に対応するため」として、中国問題に特化した組織「中国ミッションセンター」を新設したと発表した。バーンズ長官は声明で、中国を「21世紀に直面する最も重大な地政学的脅威」との認識を示しつつ「敵対姿勢を強める中国への取り組みをさらに強化する」とし、中国問題の専門家を一元化して情報分析を進める意向を表明していた。

 バイデン政権が進める「対中国シフト」の一環とされる。

 この発表が中国で話題になり、インターネット上に「CIAが中国語を話す工作員を募集している。北京語のほか、広東語、客家語、上海語も理解できる人たち」という書き込みが出回った。

 この状況を受け、人民解放軍機関紙「解放軍報」は今月17日、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」アカウント上で、CIAを「外国の敵対勢力」と規定したうえ「国家の安全保障における仕事に甘さは許されない」と表明した。

 さらにCIAに関する書き込みについて「これほど露骨に工作員を募集している米諜報機関は、舞台裏ではもっと邪悪で不愉快な手段を取っているに違いない」との認識を示したうえ、こう締めくくった。

「いかに狡猾なキツネといえども、優秀なハンターには勝てない。国家の安全保障を維持するためには、人民を信頼し、人民に頼るしかない。スパイ活動を困難にするためには、スパイ活動に対して人民戦争を展開するしかない」

 ここで使われた「人民戦争」とは――。

 中国で「建国の父」とされる毛沢東(Mao Zedong、1893〜1976)の指導思想(毛沢東思想)には中核となる考え方が三つあり、「人民戦争理論」はその一つ。全人民の力で侵略者と戦い、打撃を与えるよう求めるという内容だ。つまり14億人に「侵略者」の監視を求めているわけだ。

◇「中国は、浸透するのが困難な標的」

 バイデン政権の中国専門部署の設置の動きについて、香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)は「米国ではバイデン政権の外交課題を反映した“遅ればせながらの措置”とみられている」と解説する。

 一方で、中国について「いまだに、30年前にソ連が突然崩壊した件を引きずっている」状態であり、CIAに焦点を当てられたことに神経を尖らせていることが「『カラー革命』(2000年ごろから旧ソ連の国や中東諸国で起きた民主化運動)への中国の恐怖を裏付けるものとなった」と解説している。

 米国の部署新設の発表は、中国外交トップである楊潔篪(Yang Jiechi)共産党政治局員がスイスで今月6日、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と約6時間にわたって会談し、米中関係に改善の兆しがみられた、その翌日だったという事情もある。

 中国の国家安全当局は長年にわたって外国スパイの中国での活動を警戒し、国の安全を脅かすと疑われるような事例があれば通報するよう人民に呼びかけている。SCMPによると、国家安全当局は今年4月に詳細なガイドラインを策定し、同8月には昨年の経済・金融スパイの件数が5年前に比べて7倍に増加していると発表した。

 米国側でも自国内で中国のスパイによる活動が激しくなっているという懸念があり、これが今回のセンター新設の動機になったとされる。米紙ニューヨーク・タイムズは2017年、中国国内のCIAスパイ活動が2010~12年に壊滅的な打撃を受け、少なくとも12人のCIA情報源が殺害されたり、行方不明になったりしたと報じている。

 SCMPによると、元CIA諜報員のロバート・ベア氏は、10年前には北京を拠点とする工作員の多数が中国語を話せなかったことを認めた。またオバマ政権時代にCIA長官を務めたレオン・パネッタ氏は米紙に対し、「中国は依然、浸透するのが非常に困難な標的だ。その理由から、中国に本格的に焦点を当てたセンターの設立は理にかなっている」と語っている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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