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中国が“人質”戦術の勝利にわいた日

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
帰還を歓迎する関係者に手を振って応える孟晩舟氏=中国中央テレビのウェブサイトより

 カナダで身柄を拘束されていた中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟(Meng Wanzhou)副会長が今月25日、中国政府のチャーター機で広東省の深圳宝安国際空港に到着した。中国で孟氏は“米国の嫌がらせに立ち向かった愛国的シンボル”として称賛されており、国営メディアはその帰還を生中継し、「中国の人々にとって大きな勝利」(国営新華社通信)と伝えた。今回の出来事を受け、国際社会には「中国が人質外交の有効性を強く認識した可能性がある」という懸念も広がる。

◇ヒロインの帰国

 広東省深圳では25日夜、ランドマークビルの壁面いっぱいに、赤地に白字で「歓迎孟晩舟回家」と電光掲示され、夜空に赤々と輝いた。300台のドローンも空中に舞い、同じ文字を描いた。空港はライトアップされ、赤いカーペットが敷かれた。孟氏の夫・劉暁棕(Liu Xiaozong)氏ら家族、外務省、広東省、深圳市の職員、ファーウェイの関係者ら100人以上が待ち構えた。

 孟氏を乗せた政府チャーター機が同日午後9時50分ごろ、到着した。防疫スタッフの機内点検後、赤いドレスに身を包んだ孟氏が姿を現すと、「歓迎回家(お帰り)」という歓声が上がり、孟氏もそれに応えて笑顔で右手を振った。

 真っ赤な薔薇の花束を受け取ると、孟氏はマイクに向かって「やっと帰ってきました」と到着のスピーチを始めた。

「偉大な祖国と国民、世話をしてくださった党と政府、そして私に注目して、世話をしてくださったすべての人々に感謝します。このような困難な状況で3年間、外国に取り残されたひとりの中国人として、私は党、祖国、人民の配慮と温かさを常に感じてきました」

 習近平(Xi Jinping)国家主席に対する感謝も忘れなかった。

「習主席が国民一人ひとりの安全と安心を考え、私を気遣ってくださったことに深く感動しました」

 そのうえで中国企業と国家がともに繁栄することの重要性に言及した。

「この3年間を振り返ってみると、個人のビジネスと国家の運命がリンクしているのだと、いっそう理解できました。祖国は私たちの強力な後ろ盾です。祖国の繁栄があってこそ、企業は安定的に発展し、人々は幸せに、安全に暮らせるのです」

 孟氏はこう述べた後、指定されたホテルに向かい、3週間の隔離措置に入った。孟氏を見送る際、集まった関係者は“第二の国歌”として知られる「歌唱祖国」を斉唱した。

 この様子を国営中国中央テレビは生中継し、ピーク時には1億人近くが視聴したそうだ。新華社は中国のネットユーザーの反応として「興奮し、涙が出た」「強い祖国を讃える」などのコメントを伝えた。

◇大胆な取引に慣れる?

 中国国営メディアは、孟氏拘束(2018年12月)の直後に中国で拘束され、孟氏釈放とほぼ同時に解放されたカナダ人実業家マイケル・スパバ氏と休職中の外交官マイケル・コブリグ氏の2人についてはほとんど触れていない。

 香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)などによると、2人は今年、スパイ容疑で裁判にかけられ、スパバ氏は遼寧省丹東の裁判所で懲役11年の判決を受け、国外追放を命じられた。審理は非公開で3時間もかからず終了し、外交官の傍聴も許されなかったという。コブリグ氏の裁判も北京で同月22日に開かれたが、結果は公表されなかったようだ。

 スパバ氏は北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記と関係のある人物として有名だ。複数回にわたって中国の軍用機器を撮影して、その画像をコブリグ氏らに違法に送信していた疑いがかけられ、中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」英字版は「スパバ氏がコブリグ氏の重要な情報提供者であった」と報じている。

 カナダメディアは「中国がカナダ政府関係者に対して、2人の裁判や、彼らに不利な証拠へのアクセスを拒否した」と報じ、カナダ当局も「2人の拘束は恣意的なものだ」「人質外交」「孟氏逮捕に対する報復措置」と繰り返し非難してきた。

 今回の双方の拘束・帰国に至る動きについて、米紙ニューヨーク・タイムズは「中国は孟氏を取り戻すため、外国人拘束という強硬戦術を用いている」と指摘。中国の対応の速さについて「この戦術に慣れているということを示しているかもしれない」と書いている。

 中国問題の専門家であるジョージ・ワシントン大のクラーク教授は同紙の取材に「迅速な対応は、中国政府が大胆な取引ができることを、他国の指導者に警告するものでもある」と述べている。

 孟氏はバンクーバーの7部屋もある豪邸に滞在し、左足首に追跡装置をつけながらも移動することはできた。一方、カナダ人2人は中国で収監されており、中国の司法に詳しいシートン・ホール大のルイス教授は「行動の制限という点では自由の剥奪といえるが、孟氏の経験とカナダ人2人の経験は真逆である。彼らの試練における最悪の事態は終わったが、その傷は続くだろう」と懸念している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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