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中国が「朝鮮半島の聖地」で仕掛ける“強気の上書き”に韓国が戦々恐々

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
白頭山(中国名・長白山)天池で写真撮影に臨む南北首脳ら=労働新聞よりキャプチャー

 朝鮮半島最高峰で中朝国境をまたぐ白頭山(ペクトゥサン)=中国名・長白山(Changbaishan)=に関連し、韓国側で「中国側が“自国の山”という認識を定着させようとしている」との懸念が浮き沈みしている。国際社会で強硬姿勢を取り続ける中国が、白頭山についても「その一帯はずっと中国王朝の行政管轄下にあった」などと畳み掛ける可能性があり、韓国側は神経を尖らせている。

◇神秘的な装い

 この山は、北朝鮮両江道(リャンガンド)三池淵(サムジヨン)と中国吉林(Jilin)省延辺(Yanbian)朝鮮族自治州にまたがる。標高約2750mで、山頂にあるカルデラ湖「天池」が神秘的な装いを見せることから、中朝国境をまたぐ朝鮮民族の信仰の対象となっている。

 白頭山信仰は北朝鮮で際立っている。抗日パルチザン闘争を繰り広げた建国の父、金日成(キム・イルソン)氏らが秘密拠点を構えた「革命の聖地」とし、その息子・金正日(キム・ジョンイル)氏もここで誕生したと宣伝している。北朝鮮では最高指導者の直系を「白頭血統」と呼び、山自体が金王朝の正統性を象徴する政治用語と化している。

 一方、中国側、特に同自治州には、朝鮮民族でありながら中国人として生きる「朝鮮族」が数多く住み、幼いころから「中国・延辺の名山=長白山」と親しんでいる。中国当局もこの山を、泰山(山東省)、黄山(安徽省)、華山(陜西省)などとともに、自国の「十大名山」としている。

 朝鮮民族を魅了してやまないこの「天池」は、中朝で分割され、面積の割合は北朝鮮54.5%、中国45.5%になっている。5対5ではなく中国側が譲歩した形になっているのは、境界が決まった1960年代、ソ連(当時)と激しく争っていた中国が、親中路線を取っていた北朝鮮に配慮したためといわれる。

 韓国側でも「この山は聖地であり霊山である」という思いが強い。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が2018年9月、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長(肩書は当時)と訪れた際には、韓国世論は興奮し、メディアは大々的に報じた。

◇「国際社会から『白頭山』の名が消える懸念」

 その韓国で最近、この「聖地」をめぐり、不安の声が持ち上がっている。

「中国は自国内で『白頭山』の商号を使用禁止にしている。地図からも『白頭山』の名前が消えている」

「『白頭山』の単語が使われていた学校はすべて改名させられている」

 こうした懸念を背景に、国立・韓京(ハンギョン)大は「白頭山を守るための方法を模索する」として、2020年12月、「白頭山研究センター」を設立した。

 先月28日開かれた設立記念の学術大会で、同センター所長を務める尹輝鐸(ユン・フィタク)韓京大教授は「中国が山を“自分たちのもの”であるとする主張を強化している」と警戒心をあらわにした。

 具体的には「中国はこの山の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界ジオパークへの単独登録を目指している。登録されれば、国際社会から『白頭山』の名が消滅する懸念がある」「中国が北京冬季五輪(2022年)の聖火を天池で点火すれば、世界中の人々が『あそこは中国の山』と認識してしまう」との見方を明らかにした。

 背景にあるのが、中国東北部(旧満州)の歴史研究を目的として1997年に始まった中国の国家プロジェクト「東北工程」。この中で中国側は高句麗や渤海などを「中国史における地方政権」として扱ったことから、韓国で「韓国古代史のわい曲」と批判が巻き起こり、2006年には外交問題に発展した経緯がある。

 白頭山問題も、これと同一線上にある。

 この年には中国側が▽冬季アジア大会の聖火を天池で点火▽中国社会科学院の学者が研究論文で「周や秦の時代からあと、長白山一帯はずっと中国王朝の行政管轄下にあった」と主張▽中国人民解放軍が長白山で軍事訓練を実施――などに打って出て、韓国側を不安に陥れていた。

 白頭山にかかわる当事者・北朝鮮にとっても、中国側の措置は言語道断だ。北朝鮮は現在、山麓に位置する三池淵での開発を進めるとともに、中国に対抗するかのように2020年5月、白頭山地域の世界ジオパーク登録に向けた取り組みを進めていると、公式報道を通じて明らかにしたこともある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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