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北朝鮮・軍事パレードで際立ったふたりの軍要人――ひとりは「金正恩氏の義父」説もささやかれるが……

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金委員長の両脇を固める朴正天氏(左)と李炳哲氏=労働新聞より筆者キャプチャー

 北朝鮮が10日実施した朝鮮労働党創建75周年の軍事パレードで、金正恩朝鮮労働党委員長に次いで注目を集めたのが、李炳哲・党中央軍事委員会副委員長と朴正天・朝鮮人民軍総参謀長の2人だった。特に“高速昇進”を続ける李炳哲氏に関し「金委員長の義父の可能性が高い」と報じる韓国メディアもあり、金委員長に「密着」する2人への関心が高まっている。

◇金委員長に「密着」

 朝鮮中央テレビが10日伝えた映像によると、金委員長が金日成広場に登場する際、すぐ後ろに李炳哲氏と朴正天氏が歩き、そのあとに崔竜海・最高人民会議常任委員長、金徳訓首相らが続いた。主席壇のバルコニーでも金委員長の両脇に李炳哲氏と朴正天氏が立った。

 朴正天氏が、無数の勲章を前面に付けた元帥礼服を着用する一方、李炳哲氏は真っ白な元帥服というシンプルな装いだった。

 軍事パレードの主役もこの2人が務めた。朴正天氏が李炳哲氏に「閲兵部隊が準備の検閲を受けるために整列した」と伝える。李炳哲氏が閲兵部隊を点検したあと、李炳哲氏が金委員長に「準備ができた」と報告すると、朴正天氏の号令にしたがって軍事パレードが始まった。

 パレードの間、金委員長が時折、李炳哲氏と笑いながら会話を交わす様子が朝鮮中央テレビの映像に収められている。

 今回のパレードは軍の行事であるため、軍元帥である李炳哲氏と朴正天氏が主導的役割を果たす。2人は、序列2位とされる崔竜海氏や金委員長の実妹である金与正・党第1副部長よりも、はるかに金委員長に近い位置にいた。

 党機関紙・労働新聞(10日付)でも金委員長と李炳哲氏、朴正天氏のスリーショット写真が大きく掲載されていた。

◇北朝鮮軍の「助さん、格さん」

 李炳哲氏は1948年生まれ。万景台革命学院や金日成軍事総合大学を卒業した。金正恩体制になってから頭角をあらわし、2014年12月に核・ミサイル開発を統括する党軍需工業部の第1副部長、19年12月には党政治局員、党副委員長、党軍需工業部長。今年4月には国務委員、5月にはそれまで空席だった党中央軍事委員会副委員長に抜擢され、金正恩氏に次ぐ軍事委のナンバー2になった。(参考資料:北朝鮮・軍事ナンバー2をまさかの「制裁解除」――なのに対象リストに名前が残った不思議な出来事)

 さらに今月5日の党政治局会議では、朝鮮人民軍の将軍階級で最も高い階級である「軍元帥」の称号が授与されている。李炳哲氏は次帥を経ずに元帥に昇進したことから異例の抜擢と言われている。

 李炳哲氏と金委員長の関係で頻繁に言及されるのが、北朝鮮が2016年8月に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星」を試射した際、金委員長とともにタバコを吸っている場面が報じられ、その関係が特別視されている点だ。韓国YTNテレビは今回の軍事パレードに関する報道の中で「李炳哲氏は金委員長の(妻の)李雪主氏の父親という説が相当に高くなっている」と伝えている。

 李雪主氏に関しては、韓国の研究者が同国メディアに語った「清津市水南区域の出身で、父は清津市大学教員、母は水南区域の病院産婦人科長を務めている」が定説になっている。

 朴正天氏は2012年に中将、13年に上将、14年7月に軍副総参謀長・火力指揮局長に昇格した。だが15年2月、少将に降格され、副総参謀長も解任されている。

 その後、16年11月には総参謀部砲兵局長に抜擢され、17年に上将、昨年4月に大将に昇進。砲兵局長として新型ミサイル試射を成功させた功績により同年9月に総参謀長に任命された。今年5月には金秀吉・軍総政治局長を抜いて次帥に昇進。今月、李炳哲氏とともに元帥となった。

 金委員長が2人の軍要人を重視する背景には、新型コロナウイルス防疫や水害・台風被害からの早期復旧を果たすには軍部隊に頼る以外に方法がないという事情がある。

 もちろん11月の米大統領選や来年1月予定の党大会に際して、対米交渉力を高めるためにも軍事力強化は不可欠であり、今後もこの2人を重視する姿勢は続くとみられる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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