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チェコ議長“私も台湾のように中国に対抗する”スピーチ――中国の報復はビールか、それとも車か

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
台湾を訪問し、記者会見に応じるチェコのビストルチル上院議長=9月3日(写真:ロイター/アフロ)

 東欧チェコのビストルチル上院議長が代表団を率いて台湾を訪問し、9月1日には台北の立法院(国会)で演説し、「民主主義国家の一致団結」を訴えた。締めくくりの言葉は、故ケネディ元米大統領の歴史的演説の「私はベルリン市民だ」をなぞらえて「私は台湾人だ」。その意味するところは“私も台湾と同様、中国に対抗する”であり、中国側は報復の構えを見せている。

◇ケネディ氏にあやかり「私は台湾人だ」

 チェコは中国と国交を結び、台湾との外交関係はない。そんな国の国会議長が台湾の立法院で演説するのは初めてだ。

 ビストルチル氏は演説で、チェコと台湾の共通点として「革命や市民運動を経て独裁から脱し、民主化を実現した」ことを挙げ、民主主義を守るために協力するよう呼び掛けた。

 そのうえで、ケネディ氏による西ベルリンでの演説(1963年6月)に言及し、次のように述べた。

「台湾と、自由というものの究極的な価値に対し、支持を表明したい。おそらく、より控えめであるが、同じぐらい力強い言葉で、きょうの演説を締めくくりたい。『私は台湾人だ』」

 議場は総立ちになり、拍手が巻き起こった。

 この「私は台湾人」という言葉にビストルチル氏が込めたメッセージとは――。

 西ベルリン演説当時は冷戦の真っただ中で、ドイツは東西に分裂していた。東側陣営の東ドイツの域内にあったベルリンも東西に割れていて、その西半分は西ドイツの「離れ小島」のような状態になっていた。

 米大統領だったケネディ氏は西ベルリンを訪問した際、過酷な孤立状態に長期間おかれてきた西ベルリン市民に対し、共感や連帯を示しながら“自分もその一員である”という意味を込めて「私はベルリン市民だ」と宣言した。

 ビストルチル氏はこの演説に触発され、中国に抗う台湾と連帯するとエールを送ったわけだ。

 米紙ニューヨーク・タイムズによると、ビストルチル氏は今回の訪台によって、共産主義政権を倒した故ハベル元チェコ大統領の「価値観外交」を前面に押し出しているという。ハベル氏は冷戦終結の立役者の一人であり、中国政府が敵視するチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の友人だった。

 ビストルチル氏は3日には蔡英文総統と総統府で会談し、基本的価値観を共有し、守っていくことを強調した。また蔡総統から、前任議長で訪台を計画しながらも死去した故クベラ氏への勲章も代わりに受け取った。(参考資料:「中国は信頼できないパートナー」――大国を敵に回すチェコ議長とプラハ市長の度胸)

◇「重い代償を払わせる」

 ビストルチル氏訪台に、中国側は激しく反応している。

 そもそも「中国の一部」と主張する台湾に、国交のあるチェコの要人が訪問すること自体に強い不快感がある。

 チェコ代表団が台湾に着いたのが8月30日。中国の秦剛外務次官は翌31日、駐中国チェコ大使に抗議し、報復を示唆した。

「(訪台は)『台湾独立』の分裂勢力とその活動を公然と支持している。中国への内政干渉であり、主権を甚だしく侵害している。中国は必ず反応し、自らの正当な利益を守るだろう」

 さらに王毅外相が「『一つの中国』原則への挑戦」「越えてはならない一線を越えた」「重い代償を払わせる」と威嚇すると、華春瑩・外務省報道局長も「14億の中国人民による『自らの主権と安全を守る』という断固たる意志を、見くびらないように求める」と続いた。

 これに対し、国際社会にはビストルチル氏訪台を支持する声があがっている。

 英経済紙フィナンシャル・タイムズによると、欧州、米国、カナダの政治家計70人が、ビストルチル氏訪台を妨害しようとした中国の「戦狼外交」を批判する書簡に署名した。

 中国が報復をほのめかしたことに対し、9月1日には▽フランス外務省報道官が「欧州連合(EU)加盟国への脅しは認められない。チェコとの結束を表明する」▽ドイツのマース外相が王外相との会談後の記者会見で「脅しは適切でない」▽スロバキアのチャプトバ大統領が「中国の威嚇は受け入れられない」――などと戒める発言が相次いだ。

◇ノルウェーのように?

 中国は今後、どのような対応を取るのか。

 人民大国際関係学院の時殷弘教授は、香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)の取材に「ビストルチル氏はチェコの右派野党・市民民主党所属だ。米国や台湾からほめられるかもしれないが、彼の見解がチェコや東欧で強力な支持を受けているわけではない」とみる。そのうえで「野党政治家の行動であり、中国政府がチェコ政府に対して何らかの行動を取るとは思わない」と、中国の報復には否定的な見方を示した。

 一方、欧州のシンクタンク専門家は、チェコに対する中国の反応が、かつて北欧ノルウェーに向けられたものに似ていると指摘する。

 ノルウェーのノーベル委員会が2010年、中国共産党を批判した人権活動家、劉暁波氏にノーベル平和賞を贈った際、中国は厳しい言動で批判し、交流を凍結し、事実上の経済制裁を科した。

 専門家は「ノルウェーの場合、サーモンが狙い撃ちにされた。今回はチェコのビール、あるいは自動車メーカー『シュコダ』や消費者金融『ホーム・クレジット』のような中国で事業展開しているチェコ企業がターゲットになる可能性がある」と警告している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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