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オーストラリア女性キャスターは中国の安全を危険にさらした??――中国がまたも仕掛ける“人質外交”

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
拘束された成蕾氏=ABC NEWSのウェブサイトより筆者キャプチャー

 新型コロナウイルスの感染拡大をめぐって中国とオーストラリアの間が険悪化するなか、中国当局は、同国在住で国営テレビ局に勤める豪州人のテレビ司会者を拘束した。中国は過去にも、関係がこじれた相手国の国民を拘束して自国の言い分を飲ませる“人質外交”を繰り返してきた。中国の強硬姿勢はエスカレートする一方で、国際社会の一致した対応が求められる。

▽「軟禁状態」

 拘束されたのは中国CGTNの司会者、成蕾(チェン・レイ)氏。CGTNは国営中国中央テレビ(CCTV)所有の海外向け英語ニュースの放送チャンネルで、共産党管理のもとで、外国の視聴者向けに放送している。

 オーストラリアのペイン外相が8月31日、外務省の公式ウェブサイト上で短い声明を発表したことで騒ぎとなった。

「中国当局から8月14日、豪州国民である成蕾氏を拘束したという通知が届いた。豪州当局者は27日、テレビ会議システムを通して、拘束施設にいる成蕾氏と最初の領事面会を済ませた。彼女と、彼女の家族を引き続き支援していく。秘密保持のため、これ以上のコメントはできない」

 豪ABCニュースによると、成蕾氏は起訴されていないが「指定された住宅で軟禁状態」に置かれているという。中国当局は起訴せずに最長6カ月間、成蕾氏をこう留できるという。

 中国政府は成蕾氏の状況を明らかにしていない。外務省の華春瑩報道局長は9月1日の定例記者会見でこの問題について問われたものの「提供できる具体的な情報はない。中国は法治国家であり、関連部門は法に従って行動する」と答えるにとどめた。ただ拘束されて以降、CGTNのウェブサイトから成蕾氏のプロフィールや記事は削除されている。

▽経済専門キャスター

 中国メディアによると、成蕾氏は1975年、中国湖南省岳陽市生まれ。10歳で両親とともに豪州に移住した。94年にクイーンズランド大で学んだあと、英菓子メーカー・キャドバリーや米石油メジャーのエクソンモービルで計6年間、公認会計士として働いた。2000年末に豪最大の国際物流企業トールグループに転じたあと、中国生活を再開させ、トールの中豪合弁会社で財務業務を担った。

 02年にはCCTVに入り、「FINANCIAL REVIEW」「BIZ CHINA」などの番組を担当。03年にはシンガポールに移り、同国に本部を置く米放送局CNBCアジアで働いたこともある。8年前からCGTNの国際ビジネス番組でキャスター・レポーターを務めてきた。

 全国人民代表大会(全人代)を含む中国の政治的に敏感な行事の報道を任されるほど、共産党から信頼されていたようだ。豪州の駐中国大使館や豪州関連企業のイベントを主催することもあったといい、北京の豪州社会では目立った存在だったという。

 成蕾氏には豪メルボルンに10歳と8歳の子供がいる。ABCによると、家族はここ数週間、成蕾氏と連絡が取れていないという。

 家族は「外務貿易省の助言を受け、成蕾の最近の状況を認識している。同省と緊密に協議し、成蕾を支えるため、できる限りのことをしている。中国で適正手続きが取られ、満足のいく素早い結論を得られるよう期待している」とする慎重なコメントを発表した。

▽「拘束」は警告されていた

 オーストラリアは4月の段階で中国に対し、新型コロナウイルスの発生源と事後対応、世界保健機関(WHO)とのやり取りなど、中国にとって敏感な情報の提供を正面から求めた。

 中国は強く反発し、豪州産牛肉の一部輸入停止や豪州産大麦に対する高率の追加関税適用を発表し、事実上の経済制裁をかけた。

 両国はその後も応酬を繰り返している。

 6月には中国の文化観光省や教育省が豪州への渡航や留学を慎重に検討するよう通知。中国の裁判所は麻薬密輸の罪に問われた豪国籍の被告に死刑判決を言い渡した。

 豪州側は、香港での国家安全維持法の施行を受け、香港との犯罪人引渡条約を停止すると発表。豪州滞在中の香港市民についてビザを5年間延長し、その後永住権を申請できるようにする方針も明らかにした。

 この状況のなかで、米国メディアが「中国当局が中国駐在のオーストラリア人を“中国の国家安全を危険にさらした”などの口実で拘束する可能性がある」と報じたため、豪政府は7月の段階で警戒を呼びかけていた。

▽「人質」取られたカナダの例

 中国が現在“人質外交”を仕掛けるもう一つの国がカナダだ。

 18年12月、カナダ当局が米国の要請を受け、通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長を逮捕した。これに対抗する形で、中国はカナダ人2人を拘束し、スパイ容疑で訴追した。

 カナダで懸念が強まり、閣僚経験者や外交官ら19人が今年6月、トルドー首相に書簡を送り、孟氏の身柄引き渡し手続きを停止するよう要請し、事実上、中国に拘束された2人と孟氏の交換取引を求めた。だがトルドー首相は「(中国による)政治的圧力や無差別なカナダ国民の逮捕が、われわれの司法制度機能に影響を与えることは認められない」と拒否した。

 この事態について、ボルトン元米大統領補佐官は米紙ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿(7月8日付)でこう警告している。

「カナダが孟氏を中国に送還すれば、それは公正な判断とは言えない。孟氏と中国が人質にとっている無実のカナダ人を道徳的に同等に扱うことはできない。……中国の好戦的な行動に異議を唱えなければ、中国が遠くない将来、どんな行動を取るか想像してほしい」

 中国は8月になって、2日連続で、薬物関連の罪に問われたカナダ国籍の被告2人に死刑を言い渡し、カナダ側をさらに圧迫している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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